第二百四十三話 ライラ先生はとっても優秀

 それから数週間が過ぎた。アランはあれからあのハンカチと小枝の分析を黙々と調べてくれている。その合間に校外学習までの間に済ませておかなければならないフラグを回収していくが、これが中々骨が折れた。


「はぁ……何でこんな分岐多いの」


 今日も放課後、アリスとカインのルートフラグをへし折っていたリアンが、台本を見ながらため息を落とした。後ろではユーゴもうんざりしたように頷いている。


「それが! 乙女ゲームの醍醐味だからです! はぁぁ……疲れたよぉ」

「アリス、頑張るのよ。何だかどんどんお芝居も上手くなっているのではなくて?」

「ほんとですか⁉ 頑張ります!」


 何とかの一声でビシリとキャロラインに向かって敬礼をするアリスに、キャロラインは頷いた。


「俺も疲れたよ。ていうか、何か俺、相当軽いキャラ設定になってない?」

「なってるわよ。すっごい軽い。これが未来の宰相だと思うと、少し怖いぐらいよ」

「だよね。俺も思う。でも、過去の俺はこんなだったんでしょ?」

「ええ」


 真顔で頷いたキャロラインに、カインは何も言えなかった。記憶が無いとは言え、宝珠を見なければ、あの時ノアにハッキリと自分で人生を選べと言われなかったら、きっとこの台本通りの人間になっていたのだろうと思うと、心底ゾッとする。例えメインストーリーを無事にクリア出来たとしても、きっとその後の未来は明るいものではなかったのではだろうか。


「ルイス、頑張ろうな。未来のルーデリアの為にも」


「ああ、もちろんだ。出来るだけ誰も悲しまない国にするつもりだ。その為にも、今、手を抜く訳にはいかない」


 真顔で言ったルイスに、キリは感心したように頷いた。


「何だかルイス様、ここに来て急にA級おが屑に進化しつつありますね。驚きです」


 手放しにキリに褒められたルイスは、その途端顔を輝かせた。


「そ、そうか⁉ そうか! 聞いたか? キャロ!」

「ええ、聞いたわ。頑張りましょうね」

「ああ! 任せておけ! お前は絶対に死ぬまで幸せにするからな! 来世でもまた俺と一緒になりたいと思えるように!」

「ふふ、楽しみにしてるわ」


 キリに褒められて嬉しすぎて抱き着いてきたルイスを抱きしめ返したキャロラインは、何気ないルイスの言葉に思わず笑みが零れる。


「あのさぁ、そういうの、本気で後でこっそり二人でやってくんない? 俺さ、独り身なんだけど」


 ポツリと言ったカインの膝を慰めるようにドンが叩く。そんな光景がとても悲しい。


「まぁ盛り上がってる二人は放っておいて、キャロラインとメイン外組は冬休みはバーリーだけど、準備大丈夫だよね?」

「それなんですが、俺とユーゴもご一緒します」

「え⁉ そ、そうなの?」


 アリスはルーイの言葉に驚いた。ルイスの騎士団なのに、ルイスについていなくていいのか。そう思ったのだが、ルーイは無言で頷く。


「ルイス様から直接キャロライン様を守れと言われているので。そうですよね?」

「ああ。学園にはそれこそ教師陣も居るし、学園の護衛も居る。だが、キャロの方はそうではない。ノアとリー君とオリバーだけでは、少し不安が残るからな」

「それはありがたいよ、本当に。出来るならアランを連れて行きたい所だけど、厳しいからね」

「ああ。アランはメインキャラクターだしな……そうだ! トーマス、お前も行ってやってくれないか? お前の魔法でノアとキャロの魔法を助けてやってほしい」


 トーマスの『増幅』の凄さは前回の戦いでよく分かっている。ルイスが言うと、トーマスは一瞬心配そうな顔をしたが、すぐに頷いた。確かにルイスの言う通り、どう考えても学園外に出るグループの方が危ない。


「畏まりました。キャロライン様、ノア様、よろしくお願いします」

「こちらこそ。ありがとう、トーマス」

「ありがとう、トーマスさん。僕からもお礼を言うよ。でもそれだとあまりにも学園組が手薄かな?」


 考え込むノアに、アリスが胸を叩いた。


「大丈夫だよ! いざとなればイーサン先生にお願いして空気抜いてもらお! もしくはぺっちゃんこにしてもらお!」

「相変わらず顔色一つ変えずにおっそろしい事言うっすね。まぁでも、あの魔法は強いっすよね」


 そして翌週、キャロライン率いる聖女組はダム建設の為にバーリーに旅立ち、学園に残った組は、連日連夜アリスの勉強に付き合わされていた。


「だから! ここはこうです!」

「何故です⁉ 先ほどと同じならばこうのはずでは⁉」

「応用というものが出来ないのですか、あなたは!」

「応用など、基本も出来ていない私には無用の長物ですぞ!」


 机を叩き合うアリスとキリにルイスとカインはため息を落とした。


「とうとう自分で言いきっちゃった。はぁ、アリスちゃんに勉強教えてると、マジで自信なくすわ」


 先日、イーサンが言っていた。アリスに物を教えるのは、それ相応の覚悟がいる、と。折れない心と強靭なメンタルが必要不可欠なのだ、と。


「アリス、良く見てちょうだい。ほら、全く同じじゃないでしょ? この問題とこの問題では、こことここが違う。だから、この問題はこうなるの。つまりね、数学というのは間違い探しなの。違う所を探して、その問題に当てはまる公式を当てはめるだけの、パズルなのよ。一つで二つもゲームが出来るの。お得でしょ?」


 ライラの言葉にアリスは眼鏡をクイっと上げて目を輝かせた。


「パズル! 某、パズルは得意ですぞ! おまけに間違い探しもあるとは……数学を少々侮っていましたな! はは!」


 そう言ってアリスはすぐさま問題を解き出した。お得なゲームだと聞けば、途端に楽しいもののような気がしてくるから不思議だ。


「うわぁ……俺、ライラちゃんの事はこれから師匠って呼ぶわ」

「俺も、今物凄く納得してしまった。ライラは誰かに教えるのが本当に得意なのだな」

「そ、そんな事!」

「いえ。ライラ様、自信を持ってください。お嬢様に勉強を教えるという事がどれほど難しいか。それはもう、生まれたばかりの赤子に立って走れというようなものなのです」

「酷い言われ様だな」

「まぁ、でもそれぐらい大変だよ、これは」


 どうしてライラ印の教科書があんなにも分かりやすいのかがよく分かった。勉強が出来るのと人に教えるのが上手いのは、また別次元の話だ。


 こうして今回もギリギリ赤点を逃れたアリスは、次々にフラグ攻略を進めていた。


「お前、また会ったな。これで二度目だ。何か縁でもあるのか。名前を聞いておこう」

「ア、アリス――」

「お嬢様、早くしなければ期間限定の色どり野菜のパスタが売り切れてしまいますよ」

「! ごめんなさい、ルイス様! 私、急いでいますので!」


 カチリ。


 もうすっかり聞きなれた音を聞いてルイスを見上げると、ルイスもふぅ、とため息を落とした。


「キリ、ありがとう」


 アリスの言葉にキリはチラリとアリスを見て淡々と言う。


「いえ。本当に売り切れそうだったので、お嬢様、急いだ方がいいですよ」

「うん! 行ってくる! 皆も一緒でいい⁉」

「ああ、頼む」

「お願いね~」

「ありがとう、アリス」

「よろしくお願いします、お嬢様」


 ちゃっかり自分の分も頼むキリを横目にルイスはその場にしゃがみ込んだ。


「はぁ、キャロに会いたい」


 まだキャロライン達が出発して二日も経っていないが、こうやってフラグ回収していると、無性にキャロラインに会いたくなってくる。

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