第二百四十話 フラグ回収
「で、リー君話したい事って?」
「うん。グランに行った時に気付いたんだけど、恋愛要素が強くなってない? 皆の」
「と、言うと?」
「ダニエルとエマがさ、人前でも平気でイチャついてたの。キリとミアさんも。やっぱりこれってゲーム軸が始まったからなのかな?」
腕を組んだリアンにノアが頷く。
「そうかもしれないね。アリスはどうだった?」
「あ、あいつは通常運転だったよ」
「なら別に問題ないない! ルイスとキャロラインが仲良いのは良い事だし、ダニエルとエマも問題無し。キリとミアさんだって、誰にも迷惑かからないし、何よりもお似合いだから良い」
アリスがいつもするように親指を立てたノアに、リアンとルーイとユーゴが呆れた視線をノアに送る。
「あんたはアリスに手を出されなきゃどうだっていいだけでしょ?」
「まぁそれもあるけど、でもこれは恋愛ゲームだったらしいから。ノーマルエンドに進めるなら他のどこがくっつこうが何も問題ないよ」
「ですが明日のフラグは確かに気になりますね。アリス様はちゃんとノーマルエンドに向かえるんでしょうか?」
ルーイの言葉にノアが首を傾げた。
「俺達も俺達で色々と調べてみたんです、あの宝珠を見てから。すると、アラン様は口が勝手に話すと表現したんです。もしも、偽シャルルが何かを仕掛けてきていて、アリス様ですら勝手に話してしまったとしたら、無事にノーマルエンドに辿り着けるのでしょうか……」
「俺もそれが不安でしょうがないんだよねぇ」
ゲームの強制力というやつは、一体どこまでキャラクターを支配してくるのか。それが何も分からない。そういう意味では、明日のそのフラグで全てが分かるとも言える。
二人の言葉に神妙な顔をしたノアとリアンは、顔を見合わせて頷いた。
「僕達も明日、一緒に見張ろう」
「そだね。それがいいかも」
四人は頷き合ってその日は別れた。
そして翌日、結局皆がじっと校舎の影に隠れてアリスとルイスの行動を見守っていた。
「……お嬢様、本気で猿芝居ですね。見てください、ルイス様の肩が震えてますよ」
「アリスはさ、嘘つけないからお芝居も下手だよね」
「ひっどいね、あれ」
右手と右足を同時に出しながら歩くアリスがルイスの前を通り過ぎようとした時、アリスが何もしていないのにどこからともなくハンカチが落ちた。すると、それまで肩を震わせていたルイスの表情がガラリと変わる。
「ね、ねぇ! み、見た?」
リアンはノアの肩を掴んで揺さぶった。ハンカチがどこからともなく落ちて来た。これが強制力か! 皆が顔を見合わせたその時、アリスの表情も変わった。
「おい、お前、落としたぞ」
「え?」
ルイスの冷たい声にキャロラインが口元を抑える。アランも見覚えがあるのか、息を飲んだ。
振り返ったアリスは、今までの猿アリスじゃない。ちゃんとヒロインの顔だ。
「ああしてたら普通に可愛いのにねぇ」
ユーゴの声にリアンとカインは頷いたが、ノアとキリは首を振る。
「あんなのアリスじゃない。アリスはもっと可愛い!」
「可愛いかは置いておいて、背筋が凍りますね、あんな顔されたら……」
破天荒がアリスの売りなのに、あんなしおらしいアリスはアリスじゃない。認めない。
ノアの言葉に周りは黙り込んだ。やっぱりノアが一番変だ。
「お前のだろう?」
そう言ってルイスはアリスにハンカチを差し出した。アリスはそれを受け取ってにっこりと微笑む。
「え? あ、ありがとうございます……あの、あなたは――もしかしてルイス様?」
「そうだが……お前は? 見た事ない顔だな」
淡々とストーリーが進んでいく。それをゴクリと見守る一同。
異変に一番に気付いたのはアランだった。
「おかしいです。アリスさんもゲームに引っ張られてます。この会話の内容、多分、ルイスルートに入ろうとしてます」
「そうなの?」
キャロラインの問いにアランは頷く。
「はい。ハンカチをルイスが拾い、アリスさんは自分のでは無いと言わなければならなかったはずです」
「!」
飛び出そうとしたノアをキャロラインが止めた。その目は真剣だ。
「任せてちょうだい。台本を見せてくれる?」
「どうぞ」
スッと隣から差し出したキリの手から台本を受け取り、キャロラインはゆっくりと二人の前に姿を現した。
「悪役令嬢降臨」
ポツリと言ったリアンの太ももを、ライラが抓る。
キャロラインは、ルイスがアリスに返そうとしたハンカチを横からスッと取り上げると、アリスとルイスに、にっこりと笑いかけた。
「ルイス、あなたが拾ってくれたのね! アリスに貸していたのよ、私のハンカチ」
「……キャロ、の……?」
ここでアリスがハッとした。
「そ、そうです! 私のハンカチじゃありません! キャロライン様のです!」
カチリ。
その途端、頭の中であの音が鳴る。アリスが思わずルイスの顔を見ると、どうやらルイスも同じだったようだ。
「そ、そうか。えっとー……続きは……」
もたもたとポケットの中から台本を取り出すルイスを見て、皆は安心したようにホッと胸を撫でおろし、校舎の影から姿を現した。
「もういいよ、ルイス。アリス、どうだった?」
ノアが言うと、アリスは強張った顔で首を振り、真っすぐにノアに抱き着いた。
「あの、あの音がしたの! ルイス様がハンカチ拾った途端、カチって! こ、怖かった! 何かね、分かってるのに言葉が出ないんだよ!」
ノアの胸にグリグリとおでこを擦り付けるアリスを抱きしめて頭を撫でながらルイスを見ると、ルイスもキャロラインを抱きしめて、アリスと全く同じ事を言っている。
「ああ、キャロ! 来てくれて助かった! く、口、口が勝手にだな!」
ギュウギュウキャロラインを抱きしめてそんな事を言うルイスに、キャロラインもまた慰めるように背中を撫でてやっている。やっぱり、アリスとルイスは同じ属性である。
「これは……思ってた以上に大変かもしれない……」
ポツリと言ったカインに、ノアは真顔で頷いた。
「作戦練り直さないと。選択肢には必ず誰かついてないとダメだね。でも一つだけ朗報もあるよ。キャロラインが動けたって事。選択肢の束縛は、その二人だけに起こるみたいだ」
ノアの言葉に皆は無言で頷いた。
「もう一個。どこからともなく現れたハンカチ! これ、どういう事?」
リアンが指さした先にはキャロラインが持つハンカチだ。白地に繊細なレースがついていて、ハンカチの隅にはご丁寧に『花咲く聖女の花冠』と刺繍されている。
「スイッチ、なんだろうね。これを見たらルイスもアリスも急にお芝居上手くなったし」
「な、そ、それは!」
「ひ、酷い! 頑張ったもん! それまでも頑張ってた!」
「二人とも、そこじゃないんだよ、突っ込むとこ。もう全員の好感度スイッチはオフにしてるよね? でも、フラグが立つときは強制的にスイッチが入っちゃうって事なんだと思う。なるほど、だから過去アリスは何も出来なかったのか」
「どういう事です?」
「つまり、過去のアリスちゃんには味方が誰も居なかった。だから今みたいに逃れられなかったって事でしょ?」
「そう。でもキャロラインは何度か自力でスイッチをオフにしてるよね。どうやってたんだろう?」
「過去の私よね? 多分、強く思ったんだと思うわ。また取られるのか、って」
「なるほど。つまり、強い意志って事か。魔法と同じだな」
カインは納得したように頷いた。言われてみれば、あの黒い本を読む限りキャロラインが自分で動いたのは、どれもアリスがルイスルートを選んだ時だけだ。それ以外のルートではキャロラインの話は一切出て来なかった。
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