第二百三十七話 バーリーでの水質調査

 グランのビール工場の視察が終わってチャップマン商会と別れ学園に戻って来た一同は、あの覆面との闘いに備えてまた放課後に訓練を始めた。訓練を再開して三日後、ふとキャロラインが自分の二の腕を触りながら言う。


「最近少し筋肉がついてきた気がするの」


 そう言って力こぶを作って見せたキャロラインに、ミアが頷く。


「お嬢様はコルセットを新調した方がいいかもしれません。多分、2サイズほど細く出来ると思います」

「そんなに⁉ 私、痩せたのかしら⁉」

「痩せたというよりも、締まったんじゃないの? ライラはこの間そう言ってたよ」

「そ、そんなお話をしているのですか? ライラ様と⁉」


 驚いたミアにリアンは恥ずかし気もなく頷いた。元は幼馴染である。今更そんな事でお互い恥ずかしがったりはしない。


 でもそれは一般的ではないようで、それ以上はリアンは口を噤んでいたが、キャロラインはミアの言葉にまだ喜んでいる。


「私もいつか腹筋割れるかしら?」

「いや、それは止めた方がいいんじゃないの? あいつみたいになるよ」


 そう言ってリアンは木から吊るされた鉄の板を鉄剣でどつき回しているアリスを指さした。


「そ、そうね。止めておくわ。多分、私がああなったらルイスが悲しむわ」

「そうです。止めておいてください。ミアさんも俺が悲しむので止めてくださいね。あんなカチカチで喜ぶのはノア様ぐらいです」

「アリスにはちゃんとフワフワな所もあるよ」


 突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこにはいつも通りの笑顔のノアと、顔を真っ赤にして俯くルイスとそれをからかうカインが居た。


「お帰りなさいませ、ノア様」

「はい、ただいま。お土産買って来たよ。そっちはどうだった?」

「乾麺工場を視察して、また覆面に襲われて、お嬢様が天才から天災だという認識がグランに行き渡りました」

「……要は順調だってこと?」

「はい」

「そっか。お疲れ様。アリスー、お土産買ってきたから中入るよー」

「ん? あー! 兄さまだ! お帰りなさい!」


 ノアの声に振り返ったアリスは剣を放り出してノアに飛びつこうとしたが、それはノアに避けられてしまった。


「うわ、汚い! 先にお風呂入っておいで」

「はぁい」


 綺麗好きのノアは汗と埃でぐっしょりのアリスはお気に召さないらしい。放り出した剣をスミスの小屋に仕舞ったアリスは、そのまま一目散に寮に駆けて行く。いつだってノアには素直なアリスである。


「ねぇ、ちょっと話したい事があるんだけど、あのメンバーで」

「? 分かった」


 コソコソと話しかけてきたリアンにノアは頷くと、それぞれの従者達に声を掛けた。


「じゃあ私達も先にお風呂にしちゃいましょう。ミア、温泉行くでしょう?」

「はい! お嬢様もご一緒に是非! お背中流します!」

「そうね。せっかく校長先生が張り切って作ってくれたんだものね」


 既に出発前から大きな露天風呂工事に着手していた校長だったが、学園に戻ってきた頃にはすっかり出来上がっていた。新しく出来た外に作られた二つの大きな風呂に、生徒たちや教師もまだおっかなびっくりといった所だ。そんな中、校長とイーサンとメアリーだけは嬉々として入っているらしい。



「気持ち良かったわねぇ」

「はい~」


 ホクホクした様子でルイスの部屋に集まりだしたメンバーに、ルイスは笑顔で頷いた。


「やはりデカイ風呂はいいな!」

「作りは男女一緒なんだよね? 何か男湯にドンブリ専用の風呂が出来てて笑っちゃった」


 カインはそう言ってさっき見た動物専用のお風呂を思い出して笑った。


 話によると、露天風呂用に発注をかけた石材が大量に余ったとかで、従者達が一丸となって学園で留守番をしていたドンブリの為に作ってやってくれたらしい。


 そのドンブリは今、盛大にノアに甘えているが、ドンは大きくなりすぎてその光景は甘えているというより襲われているように見える。


「そんなのあるの? こっちには無かったわよ」

「ドンちゃん女の子なのにね~」

「キュキュ!」


 アリスの言葉にドンは首を横に振ってノアにしがみつく。多分、ノアと入れるからそれでいいらしい。


「さて、全員揃った所で報告しようか。とりあえずシャルルにも声かけるね」

 そう言ってシャルルに電話をすると、シャルルはすぐに電話に出てくれた。

『忘れられているのかと思ってましたよ!』

「ごめんごめん。ちょっと皆それぞれ行動してて集まれなかったんだよ」


 ノアの言い訳にシャルルは小さく頷くと、会議が始まった。


「そう言えば、グラン組はまた襲われたんだって?」


 ノアの言葉にアリスは頷く。


「そうなの! で、エマが初めて白魔法使って、ダニエルとラブラブだったよ!」


 脈略のないアリスの台詞にキリが通訳するように簡潔に話すと、バーリー組は頷いた。


「なるほど。見たかったな! とどめを刺すキャロを。さぞかし凄かっただろう?」

「それはもう! 拍手喝采でした!」

「嫌だわ! あなた達が数を減らしてくれたから出来たのよ!」


 そう言って恥ずかしそうに言うキャロラインに、ルイスは誇らしげに頷いた。


「でも、エマちゃんよく突然言われて白魔法使ったね。ていうか、よく白魔法使わせるのに成功したね。何で知ってるのか不審がられなかったの?」

「そこは私の魔法を使ったという事にしておきました」

「ああ、なるほど。キリの『サーチ』は便利だもんね」

 頷くノアにリアンが白い目をキリに向けて言う。

「皆怖がってたけどね。ヤバイ魔法だって」

「失礼な話です」


 心外だとでも言いたげにキリが言うと、ノアは苦笑いしている。バセット領でもキリの魔法は最初は怖がられていたのだ。仕方ない。


「それで、ソーセージも普及してきた、と?」

「うん。エドワードさんとミランダさんがビールをすっごい気に入ってね。グランでもビール作るって」

「いいね。バーリーだけでは厳しいねって話をしてたんだ」

「こちらは以上よ。乾麺も上手くいってたし、それに伴う就業率も上がったって。そちらはどうだったの? 例の洪水を引き起こしそうな場所は見つかった?」


 キャロラインの言葉にバーリー組は全員神妙な顔をする。



 バーリーにマヤーレとポワソンのウルトとスニークがやってきたのは翌日の早朝だった。キースから連絡を受けてどうやらすぐさま飛び出して来たらしい。その日の昼にはチャップマン商会のネルが率いる商隊に連れられて詳しい話を聞く為に、挨拶もそこそこにそれぞれの領地にまた戻って行ってしまった。


「向かわせるって言ったのにねぇ」


 おかしそうに言うユーゴに、キースも笑っていた。


 三人は再会を喜ぶよりも先に、どこの領地も均等に潤う事を喜んでいた。きっと、親友の幸せが自分の幸せだと考えられる人達なのだろう。こういう人達が治める領地であれば、全てを任せても安心である。そしてこのバーリーを選んだクラーク家は、本当に人を見る目が半端ない。


「この後はもう学園に戻るのですか?」


 キースに聞かれ、ノアは首を振った。


「いいえ。キャロラインに言われて行った先々で水質調査と地質調査もしているんです。どこから何が出るか分かりませんから」

「なるほど! それはそうですね! 水質調査と言えば、オルゾにはバーリーとマヤーレとポワソンの三つに分かれていく元になる大きな川があるんです。その川の水が昔から天候に左右されてしまって、夏になれば水は干上がり、梅雨時期には水が増えすぎて困っていたんです」


 それを聞いたノアはピクリと眉を動かし、カインを見た。カインも頷いている。


「そこに案内してもらえますか?」

「もちろんです。しかし、キャロライン様はそんな所にまで気を配ってらっしゃるんですね!」

「ええ。防げるものは先回りをして防ぎたい、というのが彼女の持論ですから」

「はぁ~……若いのに素晴らしい人格者ですね。正に聖女様の名に相応しい方です」


 そう言ってキースは感心したように一同をその川に案内してくれた。

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