第二百三十八話 四季のあるオルゾ地方
オルゾという土地は四季がはっきりと分かれている、ルーデリアの中でも珍しい土地だ。
ここだけ何故かあまりにもはっきりと分かれているので、ここには妖精の加護があるのだと昔から言われていたが、おそらくゲームの設定で、緯度や経度などを全く無視した場所が作られただけなのだろう。
けれどキースはこの妖精の加護があるという話を本気で信じているので、そういう野暮な事は言わない。
そんなオルゾを代表するのがオルゾ山である。他に類を見ない美しい形に、独立した一つの山というのも珍しい。その山頂近くから流れてくる大きな川は、オルゾ地方全ての領地の水を賄っている。
しかし、その反面昔からこの山の機嫌を損なうと水が干上がり、氾濫を起こすという伝説があるほど、川の水の量が一年の間で安定しないらしい。
案内されて到着したのは大きな山の真ん前だった。
「噂には聞いていたが、美しい形の山だな!」
「雄大だね。なるほど、これは確かに絵を描きたくなるな。俺も絵でしか見た事なかったから、実際に見れて嬉しいよ」
「この景色は素晴らしいですね!」
オルゾ山の麓には大きな湖があるらしく、流石にそこまではいけなかったが、山の水は一度そこに溜まり、流れ出て来るらしい。
ノアはそれを聞いて腕を組んで考え込んだ。これはアリスに話を聞いた方が良さそうだ。天候はどうしようもないが、確かアリスのメモに川にまつわるメモがあったはずだ。何が言いたいのかさっぱり分からなかったが、もしかしたら琴子時代を思い出したアリスになら分かるかもしれない。
ノアはそれを忘れないうちに素早く手帳に書き込むと、しばらくオルゾ山の絶景を堪能して、そのままキースの屋敷に戻った。その日はそのままキースの家で食事を摂り、キースが紹介してくれた宿で一泊して翌朝、早朝にバーリーを出発した。
「もっとゆっくりするのかと思ってた」
馬車に詰め込まれるように乗り込んだカインの言葉にルイスも頷く。
「ちょっと思い出した事があって。悪いけど、このままうちの領地に来てくれる? 今日はうちで一泊しよ」
突然のノアの言葉にカインとルイスとトーマスとユーゴが顔を輝かせる一方で、アランがブルブル震えている。何せ、憧れのアリスの実家である!
「もちろん!」
「やった! ルンルンまだ居るかな⁉」
「流石にもう居ないと思うけど……」
とはいえ、自分の領地に行く事をここまで喜んでもらえるのはノアだって嬉しい。
そんな中、馬車の中でルイスがふと口を開いた。
「そう言えばレスターからこの間電話があってな。セレアルに帰りたくないと言って泣いていたぞ」
「レスター王子が? 何でまた」
ここの所ずっと連絡が無かったレスターだったが、大分体調も回復して走り回れるようにまでなった事で、王からレスターに直接手紙が来たらしい。そこには折を見てセレアルに戻れとあったらしく、それを憂いてレスターは悩みに悩んだ挙句、ルイスに電話をしてきたのだ。
久しぶりにスマホで顔を見たレスターは、あれほど痩せこけていたのに適度に肉もつき、見違えるほどだったらしい。
「それがな、やはり怖いみたいなんだ。セレアルが。あいつにとってのセレアルは恐怖の対象でしかないんだよ。今も」
「そりゃまぁ、そうだろうね。監禁されてた上にご飯も満足に与えられず挙句にナイフで刺されたんだから。それがトラウマにならなきゃ何がなるんだよ」
「だよな。だから俺からも父さんに一応進言はしたんだがな」
「レスター王子ってぇ、3の攻略対象なんですよねぇ?」
「そうだぞ」
「だったらぁ、学園に呼んじゃえば良くないですか? そしたら俺達も警護出来るしぃ。今年で十三歳でしょぉ? ちょうど良くないですかぁ?」
ユーゴの提案に皆静まり返った。そしてポンと手を打つ。
「その手があったか! 言われてみればそうだな! よし、それを父さんに伝えよう。レスターも攻略対象だと言うのなら確実に入学できるだろうしな! シャルルが何か弄ってなければ」
「流石に弄ってないでしょ。じゃあノア、戻ったらあの役所みたいな引き出しの中から書類くれる? 転移魔法使ってレスターに書類送るから」
「分かった」
ノアは頷いて手帳に書きつけた。ルイスは早速ステラに連絡をしてレスターの今後について話し、その勢いのままレスターにも連絡を入れるルイス。
こうしてルイスの計らいでレスターはセレアルに戻るよりも先に学園に入学する事になった。まずは同年代の友人を作り、自分に自信を持たせた方がいいというルイスの説得にステラが感動した事であっさりとその案は通り、セレアルの事は引き続きキャロラインが直々にマリオに頼んだ事で、マリオが快く引き受けてくれた。
聖女の一言は偉大である。
『お任せください! レスター王子が戻るまでに、使用人も全て総入れ替えいたします! 今やレスター王子の噂でこちらは持ち切りですからな! 募集をかけたらすぐに集まりますぞ! それに解雇された者達も呼び戻しましょう! 我々もお会いできるのが今から楽しみでなりません!』
キャロラインの申し訳ない思いとは裏腹に、マリオはやる気満々でこんな事を言ったというのだから、どれほどマリオがレスターについてあちこちで語ってくれているかが伺えた。
バーリーからバセット領は休憩なしで馬車を走らせて半日以上はかかるが、今回カインの要望で学園の馬車ではないのを借りる事が出来たので、夕方にはバセット領に辿り着いた。
今回は流石にあの意味深な垂れ幕はなかったが、領地の入り口で狼を三頭従えたレスターがこちらに向かって手を振っているのが見える。
「元気そうだな」
それを見たルイスが嬉しそうに顔を綻ばせ、手を振り返していると、突然レスターが口笛を吹いた。それを聞いて狼達が方々に吠えながら走り出す。その声を聞いて、領民達がゾロゾロと沿道にやってきてあの手作りの旗を振って歓迎してくれた。
「狼を完全に使いこなしてるね」
「羨ましい……」
レスターの行動を見たカインとオスカーが言うと、ノアは声を出して笑う。
「そりゃ、もうレスター王子はここに来て大分経つんだからしょうがないでしょ。二人にはシリーがいるじゃない」
「それなんだけどね、とうとう親父、兄貴を説き伏せてあの設計図の屋敷をすぐ隣に建て始めちゃってさ。兄貴が呆れてた。廃嫡した息子をすぐ隣に住まわせるっておかしくない? って」
言いながらもカインは嬉しそうだ。
「そのうち真ん中の柵も取っ払いそうですよね。ロビン様は」
「言えてる!」
「ルイス様ー! みなさ~ん!」
馬車の外から元気なレスターの声がしてきて、ルイスが馬車を止めた。
「レスター!」
ルイスは威厳もへったくれもなく馬車から飛び出して、レスターの元に駆け寄り、強く抱きしめる。
「少し大きくなったんじゃないか⁉」
「はい! 分かりますか?」
「分かるぞ! すっかり見違えて! これなら学園に入っても安心だな!」
会話の内容が最早、完全に父と息子である。そんな二人に苦笑いしながら馬車を降りたカインとオスカーは、真っ先にルンルンとウルフ一家に抱き着いた。
「あれではルイス様を笑えませんね」
クスリと漏らしたトーマスにノアも頷く。そこへ、ハンナがやってきた。
「坊ちゃん! お帰りなさい。今回はお嬢は居ないのかい?」
「ただいま、ハンナ。うん、アリスは学校だよ。それより、突然ごめんね。どうしてもアリスのメモが欲しくて」
「ああ、用意してあるよ。とりあえず先に皆、屋敷に戻っておいで。ちょっと見て欲しい子がいるんだよ」
神妙な顔をしたハンナにノアは頷くと、まだ抱き合って喜んでいるルイスとレスターを連れて屋敷に戻った。
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