第二百三十五話 食べ物に捨てる所などない!※アリス調べ

 バーリーに居るノアから電話を受けたキャロラインは、その事をすぐに皆に報告した。


 グランでは怪我人たちを講堂に集めて領民達総出で手当てに当たっていたが、一番酷かったのは最初の一人だけで、後は命に別状のない人達ばかりだった。


「いや~よくナイフを抜かずに連れて来てくれました! しっかり固定もしてあったし、おかげで太い神経は全部無事でしたよ!」

「ははは、良かったです……はぁ」


 出来ればあんな事態はもう体験したくはないが、とりあえず何ともなくて良かった。


 リアンは医者に手を握られてぶんぶん上下に振られながら頭をかいた。やっておいて良かった、応急処置である。


 しかし何故アリスにはあんな知識ばかりあるのか。師匠の元傭兵は幼いアリスに相当色んな事を詰め込んだのだろう。


 医者と別れて広場に戻ったリアンは、キャロラインにバーリーでの工場の件を聞いてすぐにダニエルと相談して、一番近くに居る商隊に向かってもらう事になった。これでラーメンの魚介スープは確保出来そうだ。


 手配を済ませた一同はそのままミランダの店に戻って話し合いを始めた。


「あれが前にお前らが言ってたやつか?」


 ダニエルの言葉にアリスは頷いた。キャロラインを襲来した覆面とルイスを襲来した覆面の話は、どうやらダニエルにも伝わっていたようだ。


「あれは何なんだ? ていうか、どうしてお前らがエマの魔法の事を知ってたんだ?」


 訝し気なダニエルにアリスとリアンがどう言い訳しようか考えていると、後ろからキリが口を挟んだ。


「私の魔法です。『サーチ』というんですが、それでその人のステータスが分かるんです。名前、身長、所属、魔法、まぁその他色々と」


 キリの言葉にダニエルは分かりやすく青ざめた。


「い、色々って何だよ……え? お前そんなん使えんの⁉ も、もしかして俺のも知ってたりするのか?」

「ええ。言いましょうか?」

「いや! いい、言わなくていい! てか、そんなもん本人の許可無しに使うなよ!」


 それはプライバシーの侵害というやつではないのか! そう思ったダニエルにリアンが呆れたように言う。


「ダニエル、今、自分が誰の向かいに座ってるか分かってる?」

「え? ……あ!」

「ごめんなさいね。一応、私やルイスの周りの人にはこういう身辺調査はしておかないといけないの」


 そんな事は王都の人間がするので真っ赤な嘘な訳だが、ここで疑われては元も子もない。キャロラインは困ったように笑って、わざと申し訳なさそうな顔をして見せた。


 それを見てダニエルは納得したように頷いたが、それを聞いてオリバーの隣に居たドロシーがガクガクと震えだした。それを見たキリがフォローを入れる。


「それに、私は本来は聞かれなければ誰にも言いません。今回は非常事態だったのでお嬢様にお伝えしただけです」

「そうだよ! キリの口は岩よりも固いんだから! それはもうほんっとうに!」


 いくら教えてと頼んでもノアのアリスへの好感度しか教えてくれないキリである。ノアのアリスに対する好感度など、聞かなくても分かるというのに!


 そんなアリスとキリの言葉に、ようやくドロシーの震えが治まった。やはり、ドロシーは自分も白魔法が使える事は誰にも黙っておきたいようだ。


「お嬢様に教えたら、その日の内にこの世の全員が知ってしまう事になりかねないので。あなたにだけは、絶対に教えません」

「つまりあれか、キリは歩く個人情報の宝庫みたいなもんか……おい、コイツが一番怖いじゃねぇか!」

「そうですか? 何も悪い事をしなければいいだけの話ですよ?」

「ど、どこまで分かるんだ? その情報は……」

「それは私も気になっていたの。ステータスと言っても色々でしょう? さっき言った事だけ分かるの?」


 キャロラインの言葉にキリは首を振った。


「いいえ。好感度も数値化されます。例えば、キャロライン様のルイス様への好感度とか」

「え……み、見えてるの? す、数字になって?」

「はい。丸見えです」

「ひぃぃぃ! こ、怖い! それは怖いわ!」

「後は、結婚相手はこの人だけどこの人とも深い関係だ、とか。現在お付き合いしている人数とかでしょうか」

「お、思ってたよりもずっとヤバイ能力だったんだね……」


 恐ろしいものでも見るようなリアンにキリは一つ頭を下げた。キリの能力にそこらかしこから悲鳴が上がる。


「怖いんだよ~私の成績なんて、いくら捨ててもステータスに登録されちゃうんだから! 嘘なんてキリに吐けないんだからね!」

「大丈夫です。お嬢様の場合は私でなくても皆に丸わかりなので」


 その言葉に皆が同時に頷いた。アリスの嘘がつけない性格はここに居る誰もが知っている事だ。


「あ、あの~……キ、キリさん……も、もしかして私のも見えてますか?」


 恐る恐る手を上げたミアに、キリはコクリと頷いた。


「もちろんです。だからいつでもどうぞ、と言ったんです。ですが、まだもう少し足りなさそうです」

「あぁぁ! ズ、ズルくないですか⁉ それはズルくないですか!」


 シレっと言うキリにミアは顔を真っ赤にして抗議した。そんなミアにキリはやはり無表情で言う。


「大丈夫です。俺のミアさんへの好感度も大体同じぐらいなので。何なら、俺の方が数値は大きいです」

「へ……そ、そ、ですか……」


 突然の思いもよらない告白にミアは腰を抜かしその場にペタリと座り込み、場が静まり返った。


 キャロラインなど、口を両手で覆って耳まで真っ赤にして目を輝かせているし、アリスも口を覆って身もだえしながら、ライラの肩をバシバシ叩いている。ライラは両手を組んでうっとりしているし、領民達も皆顔が真っ赤だ。


 そんな空気に真っ先に堪えられなくなったのはリアンだ。お年頃なだけにこういう事には人一倍敏感である。


「そういうの、どっか他所でやって!」


 羞恥心という感情が欠落しているキリからしたら、皆が何故そんな反応をするのかが全く分からないのだが、どうやら一般的には恥ずかしいらしいという事を、今日キリはようやく理解した。まぁ、理解はしたが止める気はない。何故なら、ミアの反応が面白いから。ドSの性というやつだ。


「ま、まぁ、キリの怖い魔法の事が分かったところで、ノアの言う豚肉加工工場って、スープではないのね」

「恐らく、近くにビール工場があるからではないでしょうか。そうですよね? お嬢様」

「多分そうだと思う。ビールと生ハム、ビールとソーセージは相性最高らしいから」

「生ハムとソーセージ! あれをとうとう作るのね!」


 キャロラインは目を輝かせた。聖女がこんなに喜ぶ生ハムとソーセージに一気に興味が湧いてくる領民達に、アリスはその場でソーセージ作ってあげる! などと言い出す。


「キリ、豚肉どっかから買って来て。あと、羊か豚の腸も」

「了解しました。他には?」

「後はミランダさんに借りる~」

「構わないよ。いくらでも使いな!」


 ミランダはさっきのビールの味を思い出した。あれが流通すれば、絶対に店でも取り扱おう。一口飲んでそう思わせる程、のど越しも風味も味も良かったのだ。


 キリが買い付けてきた羊の腸とミンチ肉を使って、アリスとキリで手分けしてソーセージを作り始めた。皆も興味津々でそれを見ている。


「腸なんて今まで捨ててたけどな」


 一人の領民が言うと、アリスが怖い顔をして言った。


「食べ物に捨てるとこなんてないよ! 胃も腸も心臓も全部食べれる! 臭みをしっかり抜いたらご馳走になるんだからね!」

「ご、ごめんなさい」


 流石天才(天災)アリスだ。食べ物の事になるとさっきの鬼みたいな顔になる。そんなアリスは過去アリスの時に実際に木の根っこを齧った事もあったようだから、食べ物にはかなり敏感である。

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