第二百三十三話 豚のマヤーレ
キースと共に別室に移動したアラン以外の一同は、これからの事を話しだした。アランは工場内をさらに働きやすい環境にする為、工場見学に戻ったのだ。
「まずビール工場の管理、ありがとうございます。僕達はキャロラインの命でこうやって来ている訳ですが、実はもう一つ頼まれていまして」
「は、はい、何でしょう?」
キースはノアの言葉に居住まいを正すと、ゴクリと息を飲んだ。
「実は、アリス工房の主力商品の一つにラーメンという商品があるのですが、このラーメンの粉末スープを建てられそうな場所を探しているんです」
「ラーメン……ですか?」
「ええ。今日は見本をお持ちしましたので、是非食べてみてください。トーマスさん、お願いできますか?」
そう言ってノアが鞄から乾麺と粉末スープをトーマスに渡すと、トーマスはそれを受け取り深く頷く。
「畏まりました」
それから数分後。雑談をしていた所にトーマスが戻って来てラーメンをキースの目の前に置いた。それを見たキースがまず一番驚いたのは。
「ま、待ってください! さ、さっき彼に渡したのは何か棒みたいなものじゃありませんでした⁉」
棒の束をトーマスに渡して戻って来たのは……何だ、これ。キースの顔にははっきりとそう書いてある。
「さっきの棒が、中に入っている麺という食べ物なんです。原材料は小麦と水、そして重曹です。騙されたと思って食べてみてください」
キースに食べるよう促したノアも、初めて乾麺をお湯で戻した時にキースと同じ顔をした。こんなカサカサのものが麺に戻るのか! と驚いたのだ。そしてここからの反応は大体皆同じである。一口食べて驚き、その後は無言でラーメンを食べ終える。ある意味ではオピリアよりも中毒性のある食べ物、ラーメン。
「こ、これは……凄いですね……これが小麦……?」
「はい。驚くべきはその保存期間です。さっきの棒の状態であれば、1から2年は保存がきくのです」
「えぇ⁉」
それは凄すぎる。もちろん小麦粉のままでもそれぐらいの保存はきくが、食べ物にしようと思ったらそれなりの材料がいる。
「凄いでしょう? そしてこの麺とセットなのが粉末スープなんです。今、うちがお願いしているのはたったの一社。ですが、乾麺の工場はシェーンとグランにお願いしているんですが、圧倒的にスープの方が足りない状況なんです」
「粉末スープ……あの、売ってるやつですか? コンソメとかの」
「そうです。ですが、うちのアイデアマンのアリスが言うんです。ビールが得意な土地があるように、スープにも得意な土地があるはずだ、と。そこでスープの工場を建てれば、もっとスムーズに早く生産できるのではないか、と。キャロラインはそれを聞いて、王子に託したと言う訳なんです。ね? ルイス王子」
「ああ。どこかいい場所はないだろうか?」
ルイスの真剣な顔にキースは頷いた。
噂に聞いていたルイス王子とはまるで別人のようだ。婚約者の手柄を横取りしようとするどころか、自ら色んな土地に足を運んでその後押しをしようとする王子など、見た事が無い。
「一つお聞きしてもいいでしょうか?」
「ああ」
「どうしてそこまで出来るのです? 婚約者とは言え、まだご結婚もされていないのに、キャロライン様のした事があなたの功績になる訳でもないと言うのに……」
思わず言ってしまった本音にキースは内心ヒヤヒヤしていたが、そんなキースの思いとは裏腹にルイスはおかしそうに笑った。
「簡単な事だ。俺はキャロを愛しているからな。たとえこの先何かがあってキャロと結婚出来なかったとしても、俺は一生キャロのやる事を後押ししていく。何故なら、彼女ほど民の事を考え寄り添い、このルーデリアの未来を思っている女性は居ないからだ。彼女は資産をつぎ込んででもこの国を良い方へ導きたいと考えている。俺は、そんな彼女が誇らしい。婚約者の名に恥じぬよう、行動したいと思っている。それだけの事だ」
「……」
その言葉を聞いて、キースは気づけば立ち上がりルイスに最敬礼を送っていた。領主として、一人のルーデリアの民として、この人に仕えたい。心からそう思えたのだ。キースが大好きな妖精王オベロンもこんな人だ。気高く、高貴で、何よりも心からティターニアを愛している。やはり、王になる器というのはどこか似通っているのかもしれない。
「一緒に考えてくれるか?」
静かなルイスの言葉にキースは頷いた。
「もちろんです。スープの原料になるものは何でしょう? それによって紹介できる場所が変わりますが」
「豚か魚介だね。どこかいい場所はありそうかな?」
カインの言葉にキースはまたも頷いた。
「豚であればマヤーレ。魚介であればポワソンでしょうか。特にマヤーレの豚は気候も手伝ってかなり質がいいのですが、ここまで足を運んでくれる商会もなくて、いまいち知名度があがらないのですよ」
「なるほど。マヤーレの方には是非生ハムとウィンナー加工をお願いしたいな。カイン、どう思う?」
「いいな。ここにはビールもあるし、生ハムやソーセージとは相性が良さそうだ」
ハム自体はこのルーデリアにもあるが、カインはバセット領で食べた生ハムとソーセージが大変気に入っていた。今まで豚の加工と言えばハムとベーコンだったが、バセット領だけで主流の生ハムとソーセージは堪らなく美味い。あまりにも気に入りすぎて、生ハムの原木を買ってしまったほどである。それを夜にオスカーとワインを飲みながらちみちみと今も食べているのだ。
「生ハム? 普通のハムではないのですか?」
「それがぜんっぜん違うんだよ! 塩漬けして熟成した半生のハムって言ったらいいのかな? とにかく美味くって! なぁルイス⁉」
「ああ。あれは美味かったな。生ハムとビールか……最高に相性が良さそうだ」
「俺もあれ好きですねぇ。こんな事なら俺も原木買えば良かったなぁ~。もう、どっかのバカのおかげですぐ戻る羽目になっちゃってさぁ~」
「なんだ、ユーゴは食べたのか?」
「私も食べましたよ。とにかくハムやベーコンとは何もかもが違う、あれは魅惑の食べ物でした。バセット領は楽しかったです」
何故か自慢げなトーマスにルーイはひくりと口元を引きつらせる。
確かにルイスはバセット領に行っていたが、言われてみればあれからユーゴの様子がずっとおかしかったのはそういう訳か。まだ許可も出ていないのにさっさと荷造りをして、少しでも早くルイスの元へ向かおうとしていたが、どうやら純粋な騎士心だけではなかったようだ。
「そんなに美味しいのですか……是非食べてみたいですね」
ゴクリと喉を鳴らしたキースを見てノアの目がキラリと光った。
「では、後程こちらに生ハムとソーセージを送ります。マヤーレの領主と相談していただいて連絡をいただければ、すぐに詳しい者を向かわせます。そこで契約をしていただければ、私達アリス工房とチャップマン商会が力になるとお約束いたしましょう」
「そ、そうですか! マヤーレの領主は既知の仲なのですが、彼も常日頃嘆いていたのです。私としても、マヤーレの豚はもっと評価されるべきだと思っていたので、渡りに船かもしれません!」
何しろ話を持ち掛けて来たのは、バーリーを助けてくれたアリス工房とチャップマン商会だ。バックにいるのはあの最近では聖女と名高いキャロラインを含め、王子に次期宰相とくれば、怖い物は何も無い。
「そうですか? それは良かった。で、本題のポワソンなのですが」
ノアの言葉にキースは途端にシュンと項垂れた。マヤーレの時のはしゃぎようとえらい違いである。
「それが……ポワソンは潮の流れのせいか魚があまり獲れないのです。その代わり貝類やタコやイカなどと言ったものが良く獲れるんですが、それこそ需要が無くて……」
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