第二百三十二話 聖女様とガーディアン
「せ、聖女様! おい、しっかりしろ! 聖女様が来てくれたぞ!」
「お、おお……ほんとだ……」
キャロラインの顔を見るなり、一人の男が嬉しそうに笑った。先程の男ほどではないが、こちらもなかなか酷い怪我を負っている。そこへ遅れてダニエル達がやってきた。
「ダニエル! こっち! すぐに運んであげて! これで全員⁉」
「い、いや……まだ、奥の洞穴に……一人……」
「分かった! お姫様、ここお願い!」
「リー君、無茶よ!」
「大丈夫! ずっとアリスに直々に特訓されてたからね!」
リアンはそう言って岩陰から飛び出した。目の前に敵が迫ってくる。それを、与えられたクローで遠慮なく殴りつけた。ノア曰く、この覆面の敵たちは魔女の魔法によって作られた操り人形だという。だから遠慮なく壊せ、と。そして出来るなら、元を断て、と。
リアンは男の言う洞穴に向かうと、中で呻いている男を見つけた。
「あんた! 大丈夫⁉」
「お、おー……だ、だいじょ……ぶ……はは……いてぇなぁ……」
男は足を押さえて咳をする。リアンが男の足を見ると、そこには今も深々とナイフが刺さっていた。
こういう場合の応急処置もアリスはしっかり教えてくれた。こんな知識使わない方がいい。そう思っていたけれど、まさかこんなにも早く使う羽目になるとは思っていなかった。
「ちょっと痛いけど我慢してよ?」
刃物を抜くのだろうと思い込んでいた男は、リアンが刃物は抜かずにその周りをがっちりと刃物がズレないように固定しているのを見て驚く。
「な……んで……」
「天才アリスがこうしろって言うんだから仕方ないでしょ! もう黙ってて!」
それを聞いて男はフニャっと笑った。
「そっか……天才アリスか……ならいっか……安心だ……な」
痛みのせいか、男はそう言って意識を失った。こちらは死に至るような怪我ではないから安心だが、アリスの言う事だとこんなに効果があるのかと、何だか釈然としないリアンである。
その頃、キャロライン達の居る岩陰にも敵は押し寄せてきていた。ダニエル達が一生懸命怪我人を運び出してはいるが、それよりも先に敵がこちらにやってきてしまう。
「くそ! 間に合わねぇ!」
何十もの敵がいよいよこちらまでやってきた時、突然目の前に高い氷の壁が出来上がった。
「うぉぉ! な、なんだ⁉」
「ダニエル! 急ぎなさい! あいつらを氷で覆うわ!」
そう言ってキャロラインは氷の壁の奥に氷の箱を作り、その中に敵を閉じ込めると、地中から氷の杭を何十本も作り出した。
「す、すげぇ……」
それを見ていた領民達もダニエルの言葉に頷いていると、どこからやってきたのか、ダニエルが小さく呻いた。
「くそっ! こっちもか!」
もう駄目か! そう思ってダニエルと領民達が目を閉じたその時、顔に生温い何かがびしゃっとかかった。そして聞きなれた声が聞こえてくる。
「キャロライン様に手は出させないって言ってんでしょ? ほらほら! 逃げろ逃げろ! お前ら全員、その首掻っ切ってやるからさぁ!」
その声に全員が恐る恐る目を開けると、そこには敵の首を持って血まみれで仁王立ちして高笑いしているアリスの姿があった――。
「……」
「てん……さい……アリスは……変人……」
ポツリとその姿を見た領民が言うと、アリスはグルリとこちらを振り返る。その顔は今朝まで見ていたアリスとは随分違う。
「あんた達も早く戻る! ここはまかせてよ、っと! あとダニエル、リー君手伝ってやってよね!」
そう言ってアリスはキャロラインの背中に貼りつくように立つと、刀でズバズバと敵を切って行く。刀を横に一閃走らせると一瞬で飛ぶ敵の首。時々刀についた血を払う様はとても十五歳の女の子には見えない。
「アリス、あとどれぐらい?」
「分かりません。今、キリが元を探しに行ってます!」
「そう。分かったわ。じゃあ、ここは任せて私達もオリバーの元へ行きましょう」
「はい!」
嬉しそうに頷いて、キャロラインの前の敵を一掃していくアリスは、正にキャロラインのガーディアンだった。
正面からはリアンがじわじわとこちらに向かって敵を追い詰めて来ている。左からはオリバーだ。やがて、そこに右側からキリが姿を現した。
「キリ!」
「見つけました! 壊してきたので、こいつらで最後です!」
キリがそう言った途端、キャロラインは大きく息を吸った。ありったけの魔力を込めて、大きな氷の箱の中に敵を閉じ込める。
「これで終わりよ! 覚悟なさい!」
そう叫んだ途端、地中から大量の氷の杭が飛び出し、一匹残らず敵を貫いた。
「ヒュ~!」
アリスの軽やかな口笛はこの場にはそぐわないが、それを聞いて全て終わったのだと、軽度の怪我で済んだ領民達は安心した顔で岩陰からゾロゾロと出て来た。口々に今見た事をまるで確かめるように興奮した様子で話し出す。
見た事もない敵をあっという間に殲滅してしまったキャロラインと仲間たちにそこかしこからパチパチと拍手が起こり始めた。やがてそれは割れんばかりの大きな拍手になる。
「オリバー! お前、強かったんだなぁ!」
「どもっす」
「いや~ただ者ではないと思ってたんだけど、あんたも凄かったぞ、キリさん!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「こんなちっさくて可愛いのに、強かったなぁ~リアン社長は」
「ありがと。でも、一言余計だよ!」
「聖女様はあんなに美人で優しくて強いって、ちょっと最強じゃねぇか? あれがルーデリアの未来の王妃か……ルーデリア、ヤバイな!」
「ありがとう。こんなに大きな魔法を使うのは初めてで少しドキドキしてしまったわ」
そう言ってはにかんだキャロラインを見て、領民達の目は皆ハートである。そんな中、一人の青年がポツリと言った。
「いや、俺、ダントツ天才アリスが怖かったけどな……」
「……言えてる……ギャップがさぁ……てか、途中素手で頭割ってなかった⁉」
「割ってた! 思わず変な声出たもん!」
「あれ? 私だけ褒められてなくない?」
ブルブル震える領民達の元に、後処理をしていたアリスが血まみれで戻ってきた。顔はすこぶる可愛いのに、その顔にべったりとついた返り血が全てを台無しにしている。
「お嬢様は素手でクマを倒すような人なので、素手で覆面の頭を粉々にするぐらい訳ありません」
「素手でクマ⁉」
「うちの領地で狼も倒してたよ」
「狼⁉ え……も、もしかして人間じゃない……とか?」
驚き仰け反る領民達が面白くなってきたのか、リアンが笑顔で言った。
「うん。ライラ曰く、アリスは天才じゃなくて天災なんだって。雷とか地震とかの方の。大地の化身らしいよ。怒らせたらもしかしたらこの星ごと壊しちゃうかもね!」
「かもっす。唯一兄貴だけは怖いみたいっすけど」
「兄貴何者⁉ 神様か何かなの⁉」
どんどん混乱していく領民達を見てリアンはおかしそうに笑っているし、オリバーも苦笑いしている。ダニエルとキャロラインは呆れたような顔をしているが、キリなど頷いている。
「ちょっと! 皆して酷くない⁉ 私ちゃんと人間だもん!」
そりゃシャルルに色々弄られてチートな力をゲットしているかもしれないが、流石に星は素手では割れないし、限界はある。はずだ。
「お嬢様、いいじゃないですか。もういっそ間を取ってあなたはゴリラという事で」
「なんでゴリラ⁉ もういい! ほら戻るよ!」
最後のキリの一言にアリスはプン! とそっぽを向いて歩き出した。その後を皆はゾロゾロとついていく。
この日からアリスは天災で聖女のガーディアンだという噂が広まり、果てには聖女は天災すら操るらしい、などとおかしな方向に噂が広がっていくのだが、それはまた別のお話だ。
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