第二百三十話 悪魔は無類の子供好き

 それを聞いた四人は顔を見合わせて頷いた。ノアが席を立ち、表に出て行く。そんなノアの行動を不思議そうに見ていた工場長だったが、しばらくしてノアが戻って来た。


「すみません、ビールを数本、友人に送ってもいいですか? もしかしたらビールが気に入ってもらえたら、数日後にはその問題が解決するかもしれません」

「ど、どういう事ですか⁉」


 あまりにも突拍子もない話に工場長と、それを遠巻きに聞いていた従業員達がゾロゾロと近寄って来た。そこに、シャルルから受けた妖精たちの働き口の話をすると、全員がポカンと口を開けて固まっている。


「そ、そ、そんな事が現実に起こるんですか⁉」

「起こる。というよりも、既にネージュでは起こっている。今やネージュでは普通に妖精がバーに現れて食事をしていくそうだ」


 リアンからこの話を聞いた時は嘘だろうと思ったルイスだったが、リトがそんな嘘をつくとも思えないし、何よりもあれだけ品薄だったブルーベリージャムの在庫が回復したのだそうだ。おまけに初めはムラのあった品質も一定になったという。


 そこまで聞いた工場長は、すぐさま大麦とホップを作っている生産者を呼び寄せた。


「一体何事だよ……俺ら、もうへとへとなんだけ……ど……⁉ お、王子⁉」


 やってきたのはヨレヨレの服を着た男達だった。皆疲れ切った顔をしていて、工場組とは物凄い違いである。


 ルイスに気付いた男たちはすぐさま腰を折って挨拶しようとするが、それをルイスは止めた。


「挨拶など別にいらんぞ。ほら、座れ。少し休憩だと思って」

「え? い、いや、王子と同じ席に着くなど!」

「そういうのはいらん。それにお前達を立たせたままだったとキャロに知れたら、後からどんな非難が飛んでくるか!」


 おかしそうに笑ってそんな事を言うルイスを見て、男たちはおずおずと席に着いた。


「余ってたら彼らにもビール、出してあげてくれる?」


 カインの言葉に工場長はすぐにきびきびと動きだした。まだ販売が始まっていないビールである。在庫は腐るほどある。



 皆がビールを飲んでいる間、妖精たちの話はカインとアランに任せて、その間にノアはルイスと共に役所に向かった。ビールを持って。


「いいか? 送るのはこれだけだな?」

「うん。お願いね、王子様」

「……こんな時だけ。全く!」


 調子の良いノアを軽く睨んだルイスは、ビールを数本シャルルに送った。転送装置は一度動かすのに結構かかるのだ。ノアになどそうそう送る事など出来ない。そこでルイスである。持つべきものはお金のある王子だ。


 しばらく役所で待っていると、シャルルから電話が入った。どうやら妖精王を含め、妖精たちはビールを大層喜んだらしい。


 すぐにでもお手伝いに行きたい! という妖精たちを抑えるのが大変だと言うシャルルに、ノアも苦笑いを浮かべる。


「ルイス、妖精たちは大丈夫みたい……ん? どうしたの?」

「いや、俺宛てにグランから何か届いているようだ。送り主はキャロだな」


 そう言って小包を開くと、中から乾麺とスープが出て来たではないか。今度はルイスが電話をしに行く番である。


 しばらく待っていると、ルイスが戻って来た。


「ノア、お前の妹がまた何か思いついたみたいだぞ」

「アリスが? また? 今度はなに?」

「いや、スープの工場を、このオルゾのどこかで作れないか? って」

「ああ、そういう……分かった。じゃあ、明日から洪水しそうな所探しながらそっちも探そうか」

「ああ。その為のラーメンセットが送られてきたんだ。キャロから。お礼にビールをキャロにも送ってやろう」


 ホクホクと入っていた手紙だけを避けてラーメンセットをノアに渡すと、ノアはそれを鞄に仕舞い込み、ルイスは今度はキャロラインに荷物を送りだした。


 ルイスが無事にビールを送り終えるのを待ってそのまま領主の屋敷へ向かう。妖精が出入りすることを、工場長とノア達だけで決める訳にはいかないからだ。



 ルイスと共に領主の屋敷に向かうと、庭先で二人の子供達が追いかけっこをして遊んでいた。


 それを見たノアが子供達を手招きして呼び寄せると、言った。


「何でもいいから容器とお湯と石鹸とお砂糖を持ってきて」

「なにするのー?」

「まだ内緒だよ。ついでにお父さんも呼んで来てくれたら嬉しいな」

「お父さんお仕事してるー」

「じゃ、お母さんは?」

「いるよ。呼んでくるー!」


 そう言って子供たちは駆け出した。ノアはその背中を見送ってルイスの肩をポンと叩く。


「ルイス、こっからは君の仕事だよ。妖精の件とスープ工場の件は任せたから」

「は⁉」

「それぐらい出来なくてどうするの? 次の王様なんだから、頑張って!」


 そんな話をしていると、子供たちに手を引かれた母親がやってきてルイスを見るなり固まった。


「ど、どど、ど」

「突然すまないな。今は領主どのは仕事中だろうか?」

「は、はい! え? お、お会いしませんでしたか⁉」

「ん?」


 首を傾げたルイスに、領主の妻は動揺しながらも教えてくれた。あの工場長こそが、この領地の領主、キース・バーリーなのだと。


「な、なに⁉ そ、そんな事一言も……」

「ああ、あの人すっかり舞い上がってるんだわ……申し訳ありません。舞い上がると全てどっかに行ってしまうような人で!」

「いや、聞かなかったこちらにも非があるんだ。忙しい所をすまなかったな。それでは俺達はこれで失礼して――ノア? 何やってるんだ⁉」


 オロオロしながら言うキースの妻に、ルイスはとりあえず手早く挨拶をしてふと庭に目を向けると、何か透明な物がフワフワ飛んでいるのが見えた。見ると、ノアが子供達と何かをしている。


「シャボン玉作ってるの。いい? そーっと吹くんだよ。絶対にごっくんしちゃ駄目だからね」

「うん!」


 そう言って即席で作ったシャボン玉と麦わらで出来たストローを二人の姉妹に渡したノアは、ホクホクと戻って来た。


「お前なぁ……こんな所に来てまで子供の相手か?」

「だって好きなんだもん。可愛いよね、女の子も」


 ニコニコしながらシャボン玉を飛ばして遊んでいる少女達を見ていると、突然キースの妻が目を見開いた。


「ノ、ノア様⁉ アリス工房の⁉」

「ん? ええ、はい。えっと?」

「すみません! 主人がいつもお世話になっております。私、ビール工場の工場長兼領主のキース・バーリーの妻のアンと申します」

「ああ! あの人が領主さんだったんだ。全然気づかなかった。領主自ら工場長をやってるんですか?」

「そうなんです! このお話がクラーク家から回ってきた時に、渋る領民を説得して自ら工場長になると言い出しまして……」


 そう言って苦笑いを浮かべたアンは、それでもどこか誇らしげだ。


「そうだったんだ」


 楽しそうに笑ったノアにアンは首を傾げたが、ノアから妖精の出入りの話を聞いて目を輝かせた。いつの間にかやってきていた子供達も妖精と聞いて飛び跳ねて喜んでいる。


「そ、それは! 絶対に主人は大歓迎すると思います! この子達の愛読書も全部妖精のお話で揃えてしまうような人ですから!」

「そ、そうなのか? あまりそんな感じには見えなかったが」

「いいえ! いいえ! 大好きなんです! あの人顔はいかついんですけど、ロマンチックと言いますか、ドラゴンが出て来る冒険のお話とか、妖精王のお話とか、そういうのばかり読んでるんですよ、子供達と一緒に」


 おかしそうに笑うアンを見て、ルイスもノアも頷いた。多分、余裕でオッケーをもらえそうだ。


 ノアはしゃがみこんで子供達に言った。


「妖精はね、綺麗な物が大好きなんだって。もしも妖精がこのお家に来たら、シャボン玉で一緒に遊んであげてね」

「うん!」

「わかった!」

「うん、二人ともいい子だね。妖精と仲良くなれるといいね」


 そう言ってノアは二人の頭を撫でると、アンに挨拶をして工場に戻った。

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