第二百二十九話 工場が順調故に起こる弊害
「そうそう。キャロラインが聖女になればなるほど、同じぐらいルイスのキャロラインへの愛も広がるって事だよ。だから誰も横恋慕なんてしてこないって」
「それに、ルイスが言う程キャロラインはモテないと思うよ」
「ど、どういう意味だ⁉」
「いや、変な意味じゃなくて、恐れ多くてそういう対象から外れるって意味だよ。だってさ、家に聖女様が居るなんてさ、拝んじゃうよね、毎日」
とてもではないが手を出そうだなんて思わない。聖女にうかつに手を出して何かあった時、全国民が敵に回るかもしれないのだ。ノアの言葉にカインもアランも深く頷く。
「そ、そうか! よし、キャロラインにはこれからもどんどん聖女になってもらおう」
三人の意見に安心したルイスが満面の笑みで言うと、カインもノアもアランまでもが呆れた顔をしている。
「俺、やっぱり不安なんだよなぁ」
「まぁまぁ、僕もアランも居るから。何かあった時はちゃんと相談に乗るよ」
「そうです。僕達の運命が一蓮托生なのは、これから先もずっと一緒ですから」
「泣ける! いやもう、ほんと頼むな、二人とも!」
袖で涙を拭う振りをしたカインに首を傾げるルイスと、頷くアランとノア。
そんな事を話しているうちに、気がつけば馬車はバーリーに到着していた。
クラーク家のビール工場は、思っていたよりも大掛かりな工場だった。あまりにも立派すぎて、アランでさえも引いていた。やっぱり工場の隣にはしっかりと寮が完備されていて、どこから出稼ぎに来ても暮らしていけるようになっている。
「お待ちしておりました! 皆ー、坊ちゃんと王子様たちが来たぞー!」
工場に到着して門を入ると、恐らく工場長だと思われる二十代後半ぐらいの厳めしい男が工場内に向かって声を張り上げた。すると、それを聞いた途端にゾロゾロと工場のあちこちから従業員達が作業服のまま姿を現す。
「ようこそおいでくださいました! さあさあ、こちらです!」
従業員達に促されるまま狐に化かされたような気持ちで付いて行くと、案内されたのは社員食堂だった。食堂は広く、清潔だ。流石クラーク家の財力である。
「まずはどうぞ! これがビールです!」
そう言って差し出されたのは金色の飲み物だ。シュワシュワと音を立て細かい気泡が金色の液体の中にびっしりとついている。何よりも驚いたのは、グラスの三分の一ぐらいを泡が覆っていることだ。
「へぇ、これがビールか。アリスが描いたのと同じだ」
「アリス様! も、もしやあなたがアリス様のお兄さまの⁉」
「あ、はい。ノア・バセットです」
「おぉぉ! アリス工房にはお世話になっています! このビールも必ず主力商品になる事間違いありません! ささ、グイ―っと!」
「ど、どうも。それじゃ、いただきます」
あまりのテンションの違いにたじろぎながらもノアはグイっとビールを飲んだ。炭酸ジュースを飲んだ時とはまた違うのど越しに目を丸くする。
「苦いけど、癖になりそう。アリスがビールは喉で飲むんだ! とか言ってたけど、なるほど……これはいいね」
白い泡の髭をつけながら言うノアに、それまでビールをじっと見ていたルイスとカインがグイっと飲んだ。
「ぷはっ! へぇ、炭酸とはまた違う感じだ」
「一瞬苦いと感じるが、確かにこれは癖になるな。お前達も飲んでみろ!」
そう言ってルイスは後ろにいるトーマス達にも声をかける。
「ワインとはまた違った風味ですね。面白いです」
「俺はこれ結構好きです。鍛錬の後に冷えたものが合いそうだ」
「俺もこれ好きだなぁ~。やっぱルイス様にくっついてきて良かったかもぉ~」
誰よりも一早く美味しい物にありつける上に、適度にドキドキハラハラ出来るなんて最高である。こんな警護を一度知ってしまったら、もうあの突っ立ってるだけの騎士団には戻れない。
もちろん、ルイス自体が好ましい存在だからという理由が一番だが、その付加価値があまりにも大きい。
正直なユーゴの感想にルーイは軽くユーゴの頭を打って苦笑いを浮かべた。
「はは! ルーイ、別に構わないぞ。どんな理由であれ、お前たちが側に居てくれるのは心強いからな」
そう言ってルイスは残りのビールを一気に飲み干した。
アルコール度数が低いというだけあって、確かにガブガブ飲めそうだが、糖質は高いから飲みすぎはダメだとアリスが言っていた。
しかしこれがあの値段で提供できるのか。そう考えると、これも必ず流行るだろう。
視察団体が絶賛したことに工場長と従業員達が飛び上がって喜んだ。話を聞くと、どうやらここまでくるのに中々大変だったらしい。
「実は、ここの工場では魔法がふんだんに使われているんですよ」
自信満々に言うアランに、皆は首を傾げた。
「ええ。アリスさんと話していて思いついたんですが、色んな魔法を組み合わせて、作業を少しでも効率よくしようという話がでまして」
「ああ、それなら聞いたぞ。それを使ってるのか?」
「ええ。まずは試作と言う事でビール造りに必要な発酵の部分を魔法で促しているんです。あと、酵母を育てるのにも」
「へぇ、面白いね。どんな魔法使ってんの?」
「単純に火と水ですよ。その二つで温度管理をして発酵を速めているんです。酵母の方は野菜などを育成させるのが得意な、以前言っていた庭師にお願いしています」
「アラン様が考えたレバーのおかげで、作業が本当にスムーズにすすむようになりまして!」
そう言って工場長は懐からレバーを取り出した。
話を聞けば、このレバーは各々の魔力に応じたものが従業員全員に配られていて、それをビールの入ったタンクに差し込み魔力を送り込むだけで発酵を助ける事が出来るらしい。こうする事で時間割を決めて交代出来るようになり、きちんとした休日というものが作れるようになったそうだ。
「それもこれも、アラン様のレバーとアリス様のシフトのおかげです!」
工場長が見せてくれたのは大きな紙に書かれた時間割を表にしたものだった。そこに沢山の名前がズラリと並んでいる。
「休日? そんなものがあるのか!」
今まで仕事と言えば明確な休日などなく、体調を崩したら休む、という感じだったが、どうやらここではそうではないらしい。
ノアはシフト表をしげしげと眺めて苦笑いを浮かべた。
「アリスってばいつの間にこんなの作ってたんだろ。シフト表ね。うちにもあるよ。まぁ、うちのは当番表だけど」
「これはでも便利だぞ。是非城でも採用したいぐらいだ」
「いいんじゃない。働きすぎて体壊すより、よっぽど効率的だよ」
感心したようなルイスとカインに工場長は笑顔で頷く。
「仰る通りなんです! これが送られて来てから作業効率が上がったんです! おまけに休日が明確にとれるようになったことで、家族サービスも出来るようになりまして!」
今や休みの日には家族でピクニックに行く余裕が出来た工場長は、大変嬉しそうだ。
あちこちから歓喜の声が上がる。どうやら、クラーク家の作ったビール工場は大成功しているようだ。ところが――。
「ただ一つ問題がありまして」
「問題?」
「はい。工場の方はこの通り、円滑にいってるんですが、いかんせんこっちの回転率が上がった分、原料の大麦とホップの生産が追い付かないんです」
「あー……リー君とこと同じやつだ」
工場がスムーズにいけばいくほど、原料を生産している所が悲鳴を上げるのだ。圧倒的に手が足りない、と言って。
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