第二百二十八話 悪役令嬢の株と王子の株
アリスは広場の真ん中で座り込んで不織布を袋状にしていた。その袋の中に何かを一生懸命詰めている。
「お嬢様、今度は何してるんです?」
「カイロ作ってるんだよ! はい、キリここに鉄粉入れて蓋して振ってみて」
「はぁ……ん? 温かくなってきました」
首を傾げたキリの手からリアンはカイロを奪って目を見開く。
「え⁉ 嘘でしょ⁉ うわ! ほんとだ、何これ!」
「カイロだってば。もっと作ろ! まずはね、ここにパン粉入れるの。で、そこに食塩水入れるでしょ? で、よーく混ぜたら鉄粉を入れて蓋をする! 完成!」
「はやっ! てか、意味分かんないし、すんごい温かくなってんだけど⁉」
「まぁあれだよ。要は化学反応させたっていうね。量を間違えたら熱くなりすぎるから要注意だけど。後、鉄粉扱うのは注意しないとだけどね。便利でしょ?」
えへん! と胸を張ったアリスを見て、グランの若い衆がそれぞれリアンから受け取ったカイロを手に取り驚いている。
「これは販売しないんですか⁉」
「う~ん。これね、空気に触れるとどんどん温かくなるんだよ。だから密封できる物に入れて売らないといけないんだ。そういうのを何か作れればいいけど、瓶とかに入れるのは無理だしなぁ」
頭を捻るアリスに若い衆たちも考え込む。
「これ、作り方教えてもらってもいいですか? もし密封出来るものが出来たらお知らせします!」
「お! 頼める? 全然いいよ。じゃあ技術は盗まれないようにアリス工房から特許出しとくね。いくらでも技術使って販売に繋がるように頑張ってみてよ!」
「はい! おい、皆、ちょっと集まれよ~!」
そう言って若い衆は意気揚々とアリスの書いたメモとカイロを持って立ち去ってしまった。
「これはおばばに?」
「うん。大分暖かいけど、やっぱこの時間になると冷えるもん。しばらくは持つと思うから、持って行こ」
「はい」
キリは出来上がったカイロを持って宿屋に戻り、ダリアにカイロを渡した。大概何でも知っているダリアだが、これには流石に驚いたらしく、カイロをを握るなり目を細めて喜んだ。
「長生きはするもんだねぇ。あったかいねぇ」
余った分は宿屋の皆に渡して、その日はそのままミランダの宿でお世話になる事になった。
「遠いなぁ」
「こうなってくるとアリスの歌が聞きたくなってくるな」
カインとルイスは窓の外を眺めながら呟いた。景色はさっきからずっと変わらない。確実に進んでいるはずなのに、そんな気がちっともしないのはいかがなものか。
のどかな風景にのんびりした陽気に、流石のルイスもカインもさっきから欠伸が止まらない。
ちなみに、従者たちは後ろの馬車に乗っている。今回は二台に分かれての移動だ。
「そんなに眠いなら寝てれば?」
呆れたようなノアの声にルイスもカインも首を振る。
「もしまた前みたいな事があったらどうするんだ!」
「そうだよ。そう言えばアラン、大活躍だったんだって? キリとアリスちゃんが褒めてたよ」
「え、ええ? い、いや、僕なんて、そんな」
「パープル、フードを取ってやってくれ」
ルイスの言葉を聞いていそいそといつもの様にパープルがフードを取ると、前髪を丁寧に直している。もうすっかり見慣れてしまった光景だ。
「凄かったって聞いたよ。アリスがアラン様、全然容赦無かったんだよ! って」
「いや、容赦なかったのはアリスさんもですけど……何なら一番怖かったとミアさんもマリオさんも言ってましたよ……」
思い出してブルリと震えたアランを見てノアは笑う。どんな理由であれアリスが褒められるのは嬉しいらしい。
「アリスの戦う所か……一度本気のアリスを見てみたいな」
「いや~俺はいいわ。何かもう、ほんと夢に見そうじゃん」
何となく想像できるだけにカインが言うと、実際に目の前で見たアランも頷いた。アランの作った雷の矢を手で受け止めて相手に突き刺すアリスの夢を何度夢に見た事か!
「まぁ一つ言うなら、アリスがキャロラインのガーディアンみたいな位置づけになっちゃってるんだよね……おかしいな。聖女半分このはずだったんだけどな」
「いや、元々アリスちゃん聖女向いてないでしょ~。あれが聖女って、笑っちゃう」
「カイン、口縫おうか?」
突然真顔になったノアにカインは勢いよく首を振っり、慌てて窓の外に視線を移し、あ、と声を上げる。
「見えて来た! あれじゃない? バーリー」
「どれ? おお! 思っていたよりも立派な街だな!」
まだ距離はあるが、遠目から見てもバーリーは大きな街だという事が分かる。今回の遠征はあくまでも表向きはビール工場の視察と言う事になっているが、本来の目的はいずれ飢饉と同時に襲ってくる洪水への対処である。
「ところで、洪水は東で起こった、とし言う事しか分からないんだよな?」
「そうなんだ。でも、メインストーリーになるぐらいだから、それなりの規模だと思うんだよね。だから大きい川を探れば何か分かるかなって。とりあえず今回は場所の見当だけはつけておきたいんだよ」
「解決しちゃ駄目なんですか?」
「それをしたら聖女様のお仕事取っちゃう事になるでしょ? ここにルイスが居るんだから、ルイスの手柄になっちゃう」
それは困るのだ。既にキャロラインの名前は聖女としてあちこちで広まり始めているが、まだ知名度に不安がある。聖女キャロラインの名前を誰もが知っている状態で飢饉や洪水問題に挑まなければいけないのだから。
ノアの言葉にカインも頷く。
「今回バーリーに来たのだって、キャロラインからのお願いで様子を見に来たって事になってるんだよ。ここで俺達がしゃしゃり出たら意味がなくなってしまう」
「そっか……そうですね」
納得したように頷いたアランとは違い、ルイスはどことなく納得いかない顔をしている。それに気づいたノアは笑顔で言う。
「どうしたの? 何か言いたい事あるなら言っておいた方がいいよ」
「いやキャロの評判ばかりが上がっていくな、と思ってな……」
「それが嫌? 自分の手柄にしたい?」
意地悪なノアを見てカインとアランが顔を顰める。どうしてこの男はこんなにも誰かを虐める時に生き生きするのだ。
「いや、それは別に構わないんだが、あまりキャロが有名になるとモテてしまうじゃないか! どうするんだ、キャロがある日違う男に持って行かれでもしたら!」
「あ、そこ?」
「はぁ、なんだ。ただの惚気か、つまんないな」
虐める気満々だったノアは唇を尖らせてフイとそっぽを向いてしまった。
「大丈夫ですよ。キャロラインの評判が上がるという事は、必然的にルイスの評判も上がるはずですから」
「何故だ?」
「だって、キャロラインが民の為を想いする事を全て許す、心の広い婚約者だという印象がつくではないですか。おまけにその手柄を横取りせずに、静かにキャロラインを見守るんですよ? 誰にでも出来る事ではないでしょう?」
学園内では浸透し始めている階級を超えた付き合いや、個人の手柄は個人のものだという考えは、やっぱりまだまだ学園内だけの話だ。外に出れば階級社会は酷く、手柄は力のあるものが横取りしていくのが現状である。
それを許すという行為をルイスがする事で、そういう王族も居るのだと印象付け、さらにはそれほどまでにキャロラインを信用し、信頼しているのかと思わせる事も出来るのだ。
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