第二百十八話 ゲームの国のアリス

 アリス・バセットは十五歳になった! どこからどう見ても普通の、ちょっとお転婆な女の子だが、ただ一つ、普通の女の子とは違う所がある。それは――。


「実は私、転生してる上にループしてるんです! まる!」


 寮部屋のホールの真ん中で可愛らしくポージングしたアリスを見て、白けた顔でキリが言う。


「違いますよ、お嬢様。普通の子とは違う所がある。それは――実はゴリラだったのです! まる、ですよ」

「痛い! 相変わらずキリの暴言が痛い!」


 十五歳になっても少しも育たない胸を押さえたアリスは、ソファの隅っこで本を読んでいるノアにしがみついた。


 そんなノアの膝の上には、すっかり大きくなったドンが無理やり寝転がっている。そのせいで二人掛けのソファは既に一杯だ。


 アラン曰く、ドラゴンの成長の仕方は独特なのだそうだ。普通の生物は段階を経て分からない程度に大きくなるが、ドラゴンは違う。沢山食べて沢山寝て、ある日突然グンと大きくなるというのだ。いわゆる成長期である。その成長期が大人ドラゴンになるまでずっと続くというのだから凄まじい。そういう訳でやはりジワジワと大きくなっていたドンも例外に漏れず、一月ほど前に朝起きたらソファの半分ぐらいのサイズになっていた。それから二月。今やほぼソファと同じサイズである。


 一方、それまでずっとドンの乗り物役を務めていたブリッジは、今はドンのふさふさの長い尻尾を枕にして仰向けになって眠っていて、そのお腹の上では睡眠など必要無いはずのレッドが大の字で寝ている。


 ドンブリは今や完全に立場が逆転していて、最近ではドンがブリッジを抱きかかえて移動しているのはなかなかの見物だ。


 アリスにとっては、まさに幸せの象徴である。しかし傍から見れば異様な光景である。


「アリス、そこに居ると本が見えないよ」

「兄さま! 私、今日で十五歳だよ! あと数日で本格的にゲームが始まっちゃうんだよ⁉」


 呑気に本など読んでいる場合か! アリスはそう言ってノアに詰め寄ったが、ノアはそんなアリスに目もくれない。


「お祝いは皆にしてもらったでしょ? ていうかキリ、ちょっとドンどけるの手伝ってくれない? 足痺れてきちゃった」

「では、頭を持ち上げるのでその隙にどいてください」


 そう言ってキリは重く大きくなったドンの頭を持ち上げた。その隙にノアはソファから立ち上がって大きく伸びをしている。


「兄さまってば!」

「アリス、ここまで来たらもう慌てても仕方ないでしょ? 後は各々が気をつけるしかないんだから」

「う~ん……そうなんだけどぉ~」


 今の所何も変わった事は起こっていない。


 起こるとしたら、この夏の長期休暇が終わった日からだ。だからこそ今回の長期休暇は早目に寮に戻って来た。そして毎日朝から遅くまで話し合いをしているのである。


 何よりもルーイとユーゴも仲間に無事引きずり込めたので、話が一気にすすむようになった。

 


 そしていよいよ新学期。


 その日の朝、アリスは目が覚めるなり首を傾げた。頭の奥で、何かがカチリと音を立てたのである。


「何だろう……今の音……」


 とりあえず服を着替えたアリスは、首を傾げながらホールに出る。そこには既に準備を完璧に済ませたノアとキリがいる。


「おはよ~兄さま、キリ」

「おはよう、アリス」

「おはようございます、お嬢様」


 いつも通りの二人の態度に安心したアリスは、とりあえず朝一番のお茶を飲んで首を傾げた。


「あれ? これ、お砂糖入ってる……」

「? それがどうかしましたか? いつもはうるさいぐらいに砂糖を入れろと言うじゃありませんか」

「だね……ありがとう!」


 毎朝砂糖を入れるか入れないかでバトルする二人だ。そしていつもアリスが負けるのだが、どういう訳か今日は既に砂糖が入っている! アリスは嬉々として朝のお茶をグビグビ飲んだ。


 だから全く気付かなかったのだ。隣でドンブリのブラッシングをしていたノアが、訝し気な様子でこちらを見ていた事に――。


 食堂に行くと、そこには既に全員が揃っていた。


「おはよう、アリス」

「おはようございます! キャロライン様。皆さんも」


 そう言ってアリスは何の躊躇いもなくルイスとカインの間に着席する。それを見てノアとリアンはギョッとした。


 けれど、それはノアとリアンだけだ。その事をメインキャラクター達は不思議にも思っていないらしい。そもそも、何故ルイスとカインの間に一つ空きがあったのか。そこからして謎である。


「リー君、どう思う?」

「変……だよね」


 ノアの言葉に頷いたリアンは、隣のライラに聞いた。


「ライラ、あそこ、何か変じゃない?」

「え? そうかしら? 別に変に思わないけど……どうして?」

「いや、だって、いつもアリスの隣は変態でしょ?」

「う~ん……言われてみれば。でも、たまにはいいんじゃない? 何だかこうやって見るとアリスとルイス様と、アリスとカイン様って意外とお似合いなのね!」


 そう言ってライラは食事を再開してしまった。それを聞いてリアンは困惑顔で、コソコソとノアに話す。


「ちょっと、終わったら話そ。メインキャラクター以外集めて」

「そうだね。皆の今朝の様子も聞きたいし」


 それだけ言ってノアは仲間たちを観察しながら食事をしていたが、やはりどこかがおかしい。


 ルイスとカインがやたらとアリスに話しかけるのだ。そしてそれを見ているキャロラインの目は怖い。アリスもアリスで、いつもならキャロラインに話を振るのに、今日は一切キャロラインに話を振らない。何よりも、誰もこちらを見ないのだ。


 食事を終えた一同は、何事も無かったかのようにそれぞぞれのクラスに向かってしまったが、ノアとリアンだけはその場に嘘を吐いて残った。そこに各従者達もキリを除いて集まり、皆でコーヒーを飲みながら、それぞれの朝の様子を話し出した。


「まずうちから話すね。毎朝キリとアリスはお茶に砂糖を入れるかどうかで激しい喧嘩をするんだけど、今日はそれが無かったんだ。キリがあらかじめお茶に砂糖を入れてたんだよね。それをアリスも不思議には感じなかったみたい」


 ノアの言葉にオスカーが手を上げた。


「そう言えばカイン様は今朝突然、いつもはネクタイの色は黒を選ぶんですが、たまには色を変えようとか言って緑を選んでました。その時に、お! これアリスちゃんの目の色じゃん、とか言ってて、ちょっと不思議だったんです」

「ルイス様はそう言うのは無かったですが……ユーゴとルーイは何か気付きました?」


 トーマスの言葉にルーイは首を傾げたが、ユーゴがポツリと言った。


「今日はキャロライン様のモーニングコールが無かったんっすよねぇ~」

「そう言えば! お嬢様に今朝はお電話しないのですか? と聞いたら、ルイスはもう子供ではないのよ? なんて仰ってました!」


 どうやら大なり小なり違いはあれど、確実に何かがおかしい。


「やっぱ変だよ。今朝から急になんて、ありえないよね?」


 リアンの言葉に皆が頷く。


「これが、ゲームの強制力か……キリまでおかしくなるのは避けたいなぁ」


 アリスを制御するにはキリの協力は必要不可欠だ。これはシャルルにも知らせておいた方がいいかもしれない。

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