第二百十七話 アリスの決意 ※第一部完

「はい。ところで、審問会はどうだったんですか?」


 シャルルの魔法で魔女が使った洞窟を城に運び込んだ所までは聞いたが、その後は一体どうなったのか。


 キリの言葉にノアは神妙な顔をして頷いた。


『明日、僕達も出席するよ。証人として。シャルル曰く、王はもう自分の意思では何も判断出来ない状態みたい。だから遅かれ早かれ大公はシャルルになると思うよ。皮肉な事だけど、偽シャルルのおかげでね』


 もっと他にもやりようがあっただろう、と思わせる程のやり方には流石のノアも苦い顔をする。ロンドにしてもそうだが、どうしてそこまでしなければならなかったのか。


「そうですか。分かりました。では、俺も明日オリバー様と行ってきます」


 珍しいノアの怒ったような表情にキリは頭を下げた。ノアが怒る理由はいつだって一つ。アリスの願いが叶えられないかもしれない。それに尽きる。現に今もアリスはそれを聞いて泣きそうな顔をしている。


「兄さま、大公様大丈夫? もっと一杯腕輪作ろうか?」

『大丈夫だよ。審問会が終わったらレンギル大公の面倒はしばらく妖精王が見るみたいだから。それに、アリスが作ってくれた腕輪は念のために二つ持ってきてるから大丈夫。ありがとう』

「うん……足りなくなったらいつでも言ってねってシャルルにも言っておいてね!」

『分かった。アリスは明日もプレゼント作り頑張ってね』

「うん!」


 うっかり忘れる所だったが、そうだった。まだプレゼント作りが山の様に残っているのだ。おまけに特許という法律を作った事で誰にも真似する事が出来なくなったため、大手を振って協力してくれた人たちに鉛筆と消しゴムを渡す事が出来るのだ!


 そして翌日、校長先生にお願いして全校集会を開いてもらい、生徒や教師全員に鉛筆と消しゴムを配った。これでもうインクを零す心配もない。間違えたらそこだけ消して書き直す事が出来る! もちろん、全員が喜んだ。キャロラインとライラ以外は。


 放課後、いつものようにキャロラインの部屋に集まった一同は、今直面している事について頭を悩ませていた。


「まさかの事態だわ」

「はい……どうしましょう……」


 ミアはそう言って机の上に、提携している会社からの報告書を一枚ずつ丁寧に並べた。そこにはライラの家と提携している工場もあるし、リアンの実家からも届いている。


 ズラリと並んだ書類は壮観だが、内容は概ねどれも一緒である。


『好調すぎて人が足りない』


 元々この世界には無かった技術である。唯一うまくライン生産に持ち込めたのはクラーク家で作るスマホとビールだけだ。クラーク家はやはり元々そういうのが得意なだけあって、いち早く人材の確保に乗り出したのが良かったのだろう。


「困ったわね……どうにかならないかしら」

「こんな時に頼りになりそうな連中が今、根こそぎ居ないのがね……」


 リアンがそう言ってお茶を飲む。キリとオリバーも居ない今は、はっきり言ってアリスを筆頭に自分も含め、こういう事に関しては役立たずばかりである。


「ど、どうしましょうキャロライン様ぁ~」

「そうねぇ。でもね、こんな事でどうしよう、なんて言ってられないのよ。アリスはこれからもそれぞれの場所で特産物を作るつもりでしょう? だとしたら、今解決しておかないと、後々大変だわ」


 それに、追々は特産物の分野はチャップマン商会だけではなく、他の商家にも扱ってもらうようにしなければならない。こんな所で躓いている場合ではないのだ。


 しかし、そう思うが人材には限りがある訳で……。


「琴子時代はどうやってそこをカバーしていたの?」

「科学の産物、機械があったんです。人と同じ事を物凄い速さでやってくれる魔法みたいな物なんですけど」

「……それは本当に魔法ね……ここでは無理ね。技術力が無さすぎるわ」

「その機械なんですが、僕とアリスさんの魔法を使って作ったブレスレットのように、誰かと誰かの魔法を組み合わせて作れたりはしないのですか?」

「え?」


 それまでずっと黙っていたアランの言葉に、アリスは首を傾げた。


「どう……だろう。私はそっち方面は本当にうとくて、何を作るのにどんな機械を作ってたかとかは全然分からないんです。だから役に立たないかも……」

「あ、いえ。ただ、例えば覚えている限りの機械を教えてくれたらなって思っただけです。例えば、鉛筆を作る時に圧縮するのにイーサン先生の魔法を使ったんですよね?」

「はい」

「鉛筆の作り方はまず、黒鉛を砕く。ここで粉砕を、次に粘土と水と黒鉛を混ぜる。ここで風車のような物を作って風の魔法の力を利用する。そして圧縮。ここで空気の魔法。こんな具合に、多種の魔法を組み合わせれば、何とか出来そうな気がしませんか?」


 アランの言葉にアリスはぱぁぁっと顔を輝かせた。思わず身を乗り出してアランの手を掴む。


「出来る! 出来ますよ、アラン様!」

「あ、あの……でも、それは冷凍と一緒で持続しないのでは」


 おずおずと言うライラにアランは頷いた。


「ええ、しません。だから就業時間の間だけ、ずっと魔力を使い続ける事になりますね」

「でもさ、逆に言えば、交代がきくって事だよね? それ、いいんじゃない? 変に紐づけるよりもそっちのがいいと思うよ、僕は」

「そうね。リー君の言う通りだわ。その方が団結力も出るでしょうし。問題は、誰がその機械という物の発明をするか、よ」


 キャロラインの言葉にアランは珍しく肩を揺らして笑った。


「もちろん、言い出しっぺの僕がしますよ」

「いいの?」

「ええ。だって、考えてもみてください。他人の魔法を組み合わせて何が出来るのかを考えるのは、立派な研究です。趣味が実益を兼ねるって、正にこういう事でしょう?」


 アリスと自分の魔法を組み合わせてレインボー隊を作った時にも思った。今まで魔法は個々で使う物だという先入観があったが、組み合わせればもっと色んな物が作れるのではないか。それこそスマホやブレスレットのように。


 アランの言葉にアリスは何度も頷いた。そしてここに、フォルス組からの朗報が入る。


 夜の定例会をしていた所に、ルイスからキャロラインに電話があったのだ。そのままの流れで何となくいつもの様に会議になったのだが、そこでアリスが昼間にあった事をルイス達に報告した。すると、それを聞いていたシャルルが突然こんな事を言いだしたのだ。


『どこも同じような問題で悩んでいるんですねぇ。妖精王も嘆いていましたよ。あちらではこちらと逆で、仕事の無い者が急増しているらしくて』

「妖精さんの仕事がないんですか? なんで?」

『単純に働き口がないんです。妖精は何も花の蜜や果物だけ食べて暮らしている訳ではありません。ちゃんとお洒落をして娯楽もあって、簡単に言えば羽の生えた人間のような感じなんですが、なかなか頑固者が多くてね。古株は新しい事を恐れ嫌う節があるんです。結果、新しい事を始めようとした若い妖精が潰されていく。このままでは新天地を求めて若い者が居なくなってしまうのではないか、って具合です。ね? どこも一緒でしょう?』

『全く頭の痛い話だな』


 そう言って腕を組んだルイスにカインも隣で頷いている。


「妖精ね。そう言えば何度か見たわ。彼らは私達とは活動時間が真逆だからあまり普段は馴染みがないけれど」

『アリスはよく寝ぼけて出てった時に鱗粉くっつけてたよ。今思えばあれは親切な妖精たちがアリスの事見張っててくれてたんだろうね』


 感慨深げに頷いたノアと、アリスに白い目を向ける人達。妖精たちもさぞかし迷惑だっただろうに。


『バセット領には普通に妖精居るの?』

『いるよ。だから未だにコップにミルク入れたりして窓辺に置いたりしてるよ』

「朝になったらちゃんと無くなってて、お部屋が片付いてるんですよ~」


 意気揚々と言ったアリスに、それを聞いたノアがすぐさま片眉を吊り上げる。


『アリス、部屋の片づけなんて妖精にさせてるの?』

「え……えっと……キ、キリもだもん!」

『キリまで! もう、帰ったら二人ともお説教だよ』

「うぇぇ」


 うんざりした顔をしたアリスを慰めるようにライラがよしよしと撫でてくれた。


「あのさぁ、思ったんだけど、こっちは人手が足りない。妖精は働き口が無い。だったらさ、手伝ってもらえば?」


 何となく思いついたリアンの言葉に、皆が目を丸くした。


『手伝ってもらうって……どうやってです?』

「いや、普通に。例えばうちのネージュではブルーベリーの収穫にとにかく人が足りないんだよね。だから、夜の間にそこを妖精たちにやってもらうって事。対価はもちろんブルーベリージャムだよ。通貨は価値が違うから貰っても迷惑だろうし、だとしたら商品を分けるのが無難かなって。後は持って帰って食べてもいいし売ってもいいし……駄目かな? あ、でも妖精たちは自分達でジャムなんて作っちゃうか」


 いい案だと思ったのだが。


 自分でそう結論付けたリアンの言葉にシャルルが珍しく声を荒げた。


『いいえ! いいえ、妖精は食べ物を加工したりしません! それ、いいかもしれません。ちょっと妖精王に伝えてみます。』


 そのままドタバタとシャルルが退出していく。


「行っちゃった……」

「ね」


 あんな慌てたシャルルを見るのは何せ初めてだ。皆しばらくポカンとしていたが、気を取り直して話を始める。


『えっと、今日の審問会で無事にレンギル大公が退陣される事になったよ。まだシャルルの即位式は先だけど、夏までには無事にどうにかなりそう。少なくとも、アリスが言うゲーム中盤までにはシャルルが大公になると思う』

「まぁ! これで一つ片付いたわね!」

『ああ。そして俺を襲った事も向こうは認めた。魔女の残した魔法陣に、はっきりとルーデリアから来た一行を襲うようにという命令が残っていたんだ。その事に関してはシャルルが大公になってから、改めてこちらに謝罪に来るという事で父さんと話がついたぞ。そこから父さんが何を言い出すか分からないから、キャロとアランからもフォルスと手を組む利点をそれとなく吹聴しておいてくれると助かる』

「分かったわ。周りを先に固めておくのね」

『ああ。帰ったら俺からも進言はするが、何せ父さんだからな……ただでさえルーイとユーゴの事でご立腹なんだ』


 そう言って苦笑いを浮かべたルイス。あれからルーイはずっとルイスの側にいる。今も部屋の前で自ら警備をしているのだ。そのおかげでこんな話も出来るのだが、そういう意味ではさっさとルーイにもループの話をしてしまいたい。


『そんな訳だから、明後日にはこっちを出るよ。どうやらそっちでも上手くいってるみたいだし、後はゲーム開始を待つばかりだね』

「うん! 兄さま、帰りも気をつけてね」

『もちろん』


 こうして、フォルス組が学園に戻ってくる日が決まった。学園組はそれを受けて、すぐさまプレゼント作りに励む。あと約半分ほど。次から次へと到着する教科書、鉛筆、消しゴムに宝珠。ノアが戻ってきたら、正式に会社を立ち上げて、いよいよアリス工房が本格的に始動する。


 ゲームの時間軸が始まるまで、あと三か月ほどしかない。


「よし! 気合い入れよ!」


 アリスは両頬をパンと叩いて気合いを入れ直し、来るゲーム開始に備えて身を引き締めた。



                                  第一部完


※いつも読んでいただいてありがとうございます♪


ここで第一部が終了となります。

夕方更新分から、いよいよゲームの時間軸に突入となります。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!

物語はまだまだ終わりませんので、今後ともどうぞよろしくお願いします!

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