第二百十六話 チートな力を手に入れた!に対する解釈違い

「ねぇアリス、あなたは毎回途中で記憶が戻るのよね?」

「そうみたいです」

「そう……で、前回のループは覚えていない?」

「はい。キャロライン様はいつから毎回気付くんですか?」

「私? 私は物心ついた頃には思い出すわ。またか、って」

「えぇ⁉ そ、そうなんですか?」

「そうよ。ある日突然終わって、また子供に戻っているの。だから勉強はとても楽だったわ」


 何せ知っているのだ。何度も何度もやった内容だったから。ただ、歴史だけはいつも少しずつ違っていた。あと、ダンスは実は何度ループしても苦手である。


「そ、その記憶使って何かしてやろう! とかは思わなかったんですか? だって、子供の頃から俺ツエー! な訳じゃないですか」


 アリスならすぐさま使う。チートな力を手に入れた! とか何とか言って使いまくる自分しか想像できないのだが、そこは流石キャロライン。やはり出来が違う。


「だって、そんな事をしたら目立つでしょう? 目立って何か良い事ってあって?」


 例えば目立ちすぎてそれこそ神童だ! などと持て囃されて化けの皮が剥がれた場合とか、未来を予知してみせたりして崇められてやっぱり化けの皮が剥がれた時とか、考えれば考える程碌な事にならない気がするのだ。これがアリスのように力の部分にチート能力とやらがあればいいが、キャロラインはあくまでキャロラインのままループしているだけなのである。


 それをアリスに説明すると、アリスは口をポカンと開けた。


「ほぁぁぁ……そっか、またループが始まる保証もないですもんね……そっか、その先の事を考えた事なかった……」


 アリスはゲームのストーリー上、これからどんな事が起こるかを知っている。


 けれど、その先を考えた事がなかった。行き当たりばったりで生きて来た良い証拠である。


「ど、ど、どうしよう、キャロライン様! 私、ゲームが終わった先の事なんて考えてなかったです! い、生きていけるかな⁉」


 突然慌てだしたアリスを見て、キャロラインは口に手を当てて笑い出した。


「大丈夫よ。その為にノアが動いてるんじゃないの。アリス工房なんて名前を会社に付けて。あれはアリスが未来もちゃんと生きていけるようにって事だと思うわよ。ノアの事だから、アリスは一生そのままで居て、とか言い出しそうだしね」


 言い出しそう、というよりも、確実に言う。


「そっか! じゃあ大丈夫か!」

「……あなたね、少しはちゃんとノアのお手伝いしなさいよ? いくらノアがそのままでいいと言っても、もしかしたらノアだって誰かと結婚するかもしれないんだし」

「え⁉」

「驚きすぎでしょう? だって、でないと困るじゃない。誰が領地を継ぐのよ? 子供だってちゃんと残さないと」


 貴族の家に産まれたからには、それなりの義務というものがある。これは勘当でもされない限り一生付きまとうものだ。


「そっか……うぅ~……」


 貴族の矜持はアリスにも分かっている。今思えば、アリスの両親も別に恋愛結婚だった訳ではないのだ。母親が出て行ったのも、ノアとアリスを産んだからもういいでしょ? ぐらいの感覚だったのかもしれない。アリスにとって母親はもうハンナだからそれを悲しいと思った事はないが。


 その後も結局、何の答えも出ないままアリスの中で一大イベントだった筈の、自分以外のヒロインに会うというイベントは、あっさりと終わってしまった。というよりも、チャップマン商会は本当に荷物を取りに来ただけで、ものの十分も居なかったのだ。


 忙しく飛び回るダニエルらしいと言えば、らしい。彼はアリスが思っていたよりもずっと仕事人間のようだ。


 そしてその夜、思いつめたアリスがノアに言った。


「兄さま……兄さまが結婚しても、私も領地の端っこでいいから住んでてもいい? 森とかでもいいから……ご飯は大丈夫。適当に採って食べるよ。迷惑もかけないよ……」

『……ん?』


 何だかよく分からない事を突然言われたノアは首を傾げた。当然である。


 ノアは視線だけでアリスの後ろに居るキリに聞いた。何があったの? と。


 けれど、キリは首を横に振っただけだった。どうやらキリにも分からないらしい。


『えっと、アリス、大前提として僕は本気で結婚する予定ないんだけど』

「でも、子供は残さないとダメでしょ? だから……」

『僕は養子を取るつもりなんだけど?』

「え?」


 ノアの言葉にアリスはキョトンとした。ノアはそんなアリスを見て苦笑いを浮かべている。


『相手を絶対に不幸にするのが分かってて、子供の為だけに誰かと結婚しようなんて思わないよ。だから、僕は子供は養子を取るつもり。キリの所の子とかどう?』

「俺ですか? まぁ、男子が生まれたら考えておきます」


 まだ結婚の予定もないくせに言い切ったキリは、必ず結婚するつもりなのだろう。そしてアリスは知っている。キリがミアに既にプロポーズ紛いの事を言ったのを!


『だからアリス、何も心配しなくていいよ。いつも言ってるでしょ? 僕はずっと一緒だよ』

「っ! うん!」


 にっこり笑ったノアを見て、アリスはようやく安心できた。それから今日出会ったヒロイン達について話し合う。


『どうだった? 何かに気付いてそう?』

「ううん。全く。普通の女の子だったよ、二人とも。後ね! ドロシーはモブとくっつくと思うな!」


 自信満々に言い切ったアリスを見てノアの目が据わる。


『キリ、アリス余計な事してないよね?』

「ええ、何も。私も驚いたんですが、ドロシーはモブさんに始終べったりでしたよ。恐らく、グランの共同任務が良かったんでしょうね。正直私も驚きました」


 別れ際もドロシーはずっとオリバーの手を握って離さず、ようやく離したと思ったら涙を零したのだ。そう、それはまるでノアと別れる時のライリーとローリーのようだった。


 それをノアに伝えると、ノアは納得したように頷く。


『なんだ、そういう懐き方ね』

「そっから! そっから始まる愛もあるよ!」

『はいはい。で、こっちの報告なんだけどね、まさかのルーイさんがルイスの騎士団長になったらしくて、こっちに来ちゃってるんだよね。で、カインと相談したんだけど、この感じだと今後絶対に偽シャルルと女王は何かしてくると思うんだ。だから、今の内にルーイさんとユーゴにも宝珠を見せたらどうかって話になったんだけど、どう思う?』


 普段なら勝手に決めて勝手に行動するノアだが、この間の事でよく分かった。やはり、自分だけの意見を押し通すのは良くない、と。自分の能力を過信しすぎて殺されかけたのでは洒落にならない。


 ノアの言葉にアリスはすぐに、いいよ! と返事をしてくるが、キリは口元に手を当てて考え込んでいる。


「少し、そのお話の返事はお待ちいただいても構いませんか? 出来れば全員と共有したいです」

『もちろん。キリならそう言うと思った。あと、会社の書類の件も、悪いんだけどお願いね』

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