第二百十九話 アリスとシエラ

「ところで、お二人は授業に行かなくてよろしいのですか?」

「ああ、うん。僕はサボるよ。それどころじゃないしね」

「僕もそうする。ちょっと何か、気味が悪いし」


 ノアとリアンの言葉に皆は深く頷いて、そのままノアの部屋へ移動する。


 部屋には朝食を終えて先に戻っていたドンブリとレッドが居た。こんな時間にノア達が戻ってくる事はないので、三人とも大興奮だ。ついでにドンブリはオスカーにジャーキーを貰い、レッドはライラのミニ教科書を貰ってご満悦である。


「狭くてごめんね。もしかしたらこれからもこのメンバーで集まる事が増えるかもね」


 そう言ってノアは人数分のお茶を用意して言った。その言葉に一同は頷く。こうやって考えると、やっぱり仲間は作っておいて良かった。ゲームの強制力を目の当たりにした事で、ようやく心の底からそう思える。


「あの様子だと、きっとアリスがゲームが始まってから記憶が戻ってたんじゃ、絶対に僕達には相談しなかっただろうね」

「言えてる。あいつ、朝食の時、ノアの事さえ頭になかったもん」

「そうなんですか?」


 リアンの言葉にミアが問うと、ノアが忌々し気に頷いた。


「そうなんだよ。いつもなら兄さまと座る~って隣に座るのに、今日は何の疑問も持たずにルイスとカインの間に座ったんだ。どう考えてもおかしい! あんな事、僕のアリスは絶対にしない!」


 拳を強く握りしめたノアが言うと、リアンが頷いた。


「見てて気味悪いんだよね。アリスが王子をちやほやしてんの」

「そんな事してんのぉ⁉ アリス様がぁ?」

「そうなんだよ! もう僕、途中で何度ご飯吹きそうになったか!」

「とりあえずシャルルに連絡しておこう。来月即位式だから忙しいかもだけど、こっちのが重要だよ」


 そう言ってノアがスマホを取り出した瞬間、丁度良いタイミングでシャルルから電話が入った。


「シャルル、凄いタイミングだね。今こっちからかけようとしてたとこだよ」

『ああ良かった! シエラがおかしくなってしまったんです! そっちはどうですか?』


 シャルルの言葉にノアはゴクリと息を飲んだ。シエラが? どうして?


「こっちもメインキャラクターは皆おかしいよ。で、何でシエラさんがおかしくなるの?」

『え? まだ気付きません? シエラはアリスですよ?』


 あまりにも突拍子もないシャルルの言葉に、全員黙り込む。どういう事だ? そんな皆の顔を見兼ねたのか、シャルルが話し出した。


『シエラの綴りは、CIELA。ね? ALICEでしょう?』

「ちょ、ちょっと待って……え? いや、本当にどういう事?」

『シエラは過去のアリスなんです。彼女のルートが終わる寸前、私がその時のアリスのデータを、用意しておいたシエラのアバターに移したんですよ』


 その言葉に学園側は皆ポカンとしている。はっきり言って、シャルルが何を言ってるのかさっぱり分からない。


「ねぇ変態、コイツ何言ってんの?」

「僕にも分かんない。とりあえず、シエラさんはアリスって事だけは分かったけど」

『理解出来ないならそれでも構いません。重要なのは、シエラまでゲーム時間が始まった途端におかしくなってしまったという事ですよ!』

「いや、アリスだって言うんなら、普通じゃないの?」

『いいえ! 今まではこんな事は無かったんです。誰かがシエラをメインキャラクターに組み込んだのでしょうか……いや、でもそんな事が出来るのは一人しか……』


 何やら訳の分からない言葉を羅列し始めたシャルルに、ノアは咳払いをして言った。


「原因はどうでもいいよ。どうすれば治るのか、じゃないの?」

『それです! どうすればいいんでしょう⁉』

「いや、僕達に聞かれても。何か分からないの? シャルルはずっとこのループに居るんでしょう?」

『ええ、まぁ。ですが、今回はイレギュラーが多すぎます。ただ一つ言えるのは、今回はゲームとしてはスムーズに滑り出しているんじゃないでしょうか。既にメインキャラクター同士はお互いの事を知っている状態ですが、それ以外に問題は何もないはずです。で、あれば、このままメインストーリーに沿って進むのが得策かと』


 シャルルの言葉にノアは頷いた。今日見た限りでは、方法はそれしか無さそうである。


 しかし、根本的な所を皆に思い出してもらわなければ、このままでは会議もままならなくなってしまう。それは避けたい。やらなければならない事がまだ沢山あるのだから。


「とりあえず、何でもいいからやってみようか。まずは今の現状を把握しよう。皆がループの事をちゃんと覚えているのかどうか、そういうのも含めて」

「そだね。てか、それしかないよね。いざって時は殴っていいって言ってたし」


 頷くリアンに引きつるトーマスとオスカーだが、ルーイとユーゴは今回の事はかなり重要だと捉えているようで、ゴーサインを出せば今にも殴りに行きそうである。


「それじゃあ皆、よろしく」

「了解」

『私はどうすればいいです?』

「シャルルにはまた電話するから待ってて。シエラさんにもちゃんと聞いておいてね」

『分かりました。それでは』


 電話が切れた後、とりあえず皆で聞くべき事をまとめて書き出すと、一同は逸る胸を押さえつつ放課後を待った。


 ルイスなど、授業が終わった途端にルーイとユーゴに連行されるように無理やり部屋へ連れ戻されてしまった。確かにルイスにおかしな行動をとられたら、全ての計画が破綻する恐れもあるのだ。彼らは言った。


『もし王子が何も覚えてなくて、木っ端に成り下がりそうになったら、もう一度あの宝珠を見せましょう』


 と。王子の一言がどれほどの影響力を持つかが、あの二人はとてもよく理解している。


 放課後、アリスは荷物をまとめて食堂に行こうとした所でノアに呼び出された。


「ア~リス。ちょっと大事なお話があるから、おいで」

「兄さま! え~今から食堂に行ってカイン様にクレープ奢ってもらう予定だったのに~」

「そうなの? そんな約束したの?」

「ううん。でも、そういうスチルがあるの! せっかくのゲーム時間が始まったんだから、ちゃんと全部見ておかないと!」

「へぇ? クレープは僕がお話が終わったら買ってあげるよ。それに、大事な話なんだ」


 笑顔のノアに顔を引きつらせたアリスは、渋々頷いた。と、そこへ隣の教室からリアンがやってきて、無言でライラの腕を掴んで引っ張って行こうとする。


「リ、リー君? どうしたの⁉」

「今日、ダニエルが来てたって?」


 低い声で言うリアンにライラはビクリと肩を震わせた。


「え? ええ。何か渡したい物があるって言われたんだけど……どうして?」

「それ、どうして一人で行ったの? ていうか、何もらったの?」

「お花よ。グランの帰りに寄ったって言ってたわ」

「ふぅ~ん。ま、いいや、ちょっと来て。大事な話があるから」

「え? ちょ、ちょっと待って、リー君、何怒ってるの?」

「怒ってないよ!」


 そう言ってリアンはずんずんと有無を言わさずライラの手を引いて教室を出て行ってしまった。


 どうやらダニエルも様子がおかしくなっているようだ。それに気づいたノアはアリスの鞄を持って歩き出した。

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