第二百十三話 王の品格

 翌日、学園にルーイがやってきたのだ。先に連絡を受けていた一同は門の所でルーイを待っていたのだが、ルーイは到着するなりルイスの体を全身くまなくペタペタと触って安堵の息をついて膝をついた。


「ルイス様、ご無事で何よりでした」

「あ、ああ。は、早かったな」


 全身をあちこち触られたおしたルイスが引きつった顔で言うと、ルーイは頭を下げて続ける。


「今後は、私、ルーイ・ロイドが王子の騎士団『蒼の騎士団』の団長を務めさせて頂きます。副団長はユーゴ・ヴィンセントに決定いたしました事を、ここに申し上げます」


 その言葉に一同は固まった。一瞬、ルーイが何を言っているのか分からなかったのだ。


「……は?」


 思わずルイスから漏れた声にルーイは茶目っ気たっぷりに笑う。


「え……待って、王の『赤の騎士団』はどうしたの……?」


 カインの言葉にルーイはようやく立ち上がって頭を下げる。


「ゾル・イーターに引き継いで参りました。今後とも、よろしくお願いいたします」

「ば、馬鹿じゃないのか! ルーイ、お前、正気か⁉」


 一番に声を上げたのはトーマスだ。そんなトーマスを見てルーイはコクリと頷く。あのまま王の騎士団でいれば、もう一生安泰だっただろう。


 けれど、ルーイの中で仕えたい相手が変わってしまったのだから仕方ない。小さい頃から植え付けられた、尊敬する主君に仕えるという騎士としての矜持には逆らえなかったのだ。それはきっと、ユーゴもそうだったのだろう。


「正気だ。仕方ないじゃないか。自分の心に嘘はつけまい。トーマス、お前ともまた一緒に行動する事になるだろうから、まぁ、よろしくな」

「それは構わないが……よく王が許したな」


 あのルカがそう簡単にルーイを手放したとは思えない。ユーゴの時もそうだったが、よく二人も許したな、というのが本音である。


「許してくれたのかな、あれは……」


 そう言って遠い目をしたルーイに何となく察しがついた一同は、同情的な目をルーイに寄せた。きっと心からの許しは得られていないはずだ。


「ははは、お前たちは勘当だ! 出て行け! とは言われたな」

「かん……どう……」


 親でもないのに? 首を捻ったトーマスにルーイは笑って頷いた。



 ルイスの事を聞いて、ルーイは以前から考えていた事を行動に移す事にした。それは、『赤の騎士団』を抜ける事だ。


 あの日、ルイスの背中に王としての風格を見てしまった日からずっと考えていた事。


 代々王家に仕える騎士の家系に生まれたルーイは、幼い頃からルカの騎士団に入る事をほぼ義務付けられていた。それについて何も思った事はなかったし、当然だとさえ思っていたのだ。


 若い頃から夢のようなものはなくて、やりたい事も特に無かった。言われるがまま剣の練習をして言われるがまま騎士団に入る。順風満帆の人生だったと言ってもいい。結婚以外は。


 それはまぁさておき、そんな訳で王の騎士団に入ってからもルーイはめきめきと頭角を現した。元より剣技は得意な方だ。あっという間に騎士団の団長にまで上り詰めたのだが、剣の技術と人をまとめる才能は別だ。それを実感したのは、実際に団長になってからだった。


 ここだけの話、団長としての指示はほとんど副団長のゾルがやってくれていた。彼は人をまとめるのがとても上手いのだ。


 そして今回の事件である。ルイスは自分の護衛を解除した挙句、ユーゴを連れて行かずレスターの方につけてしまった。それを知ったルーイはその日から仕事が何も手につかず、周りにも相当迷惑をかけてしまったのだが、昨日のルイスからの電話で事件の事を聞くなり、ルーイはゾルに言った。


『ゾル、俺は赤の騎士団を抜ける』

『は?』

『どうやら俺はルイス王子に仕えたいようだ。お前はどうする?』


 自分でも意地悪な聞き方をしてしまったと思う。


 けれど、恐らくこれが一生で一度のワガママだ。


 ルーイはスマホを握りしめて思いつめた顔をしていたのか、ゾルはそれ以上何も聞いてはこなかった。ただ一言だけ。


『遅かれ早かれそうなりそうな予感はしてました。王は自分で説得してくださいね』

『……ありがとう』


 そう言ってルーイは既に作ってあった引き継ぎの書類をゾルに渡し、そのままルカの元へ向かったのだ。


 ルカの執務室にはステラとロビンも居た。休憩中だったのだろう。


『ルカ様、休憩中失礼いたします。折り入ってお話があります』

『ルーイか。なんだ、どうした?』


 ルカはお茶を飲みながら呑気な顔をして言う。


『ユーゴと私を騎士団から正式に外してください。私達はルイス様の騎士団に入団致します』

『……駄目だ』


 ルーイの言葉にルカは低い声で唸るように言った。頭の中では、だろうな、という思いしかない。ユーゴはともかく、ルーイは団長だ。そんなすぐには許してはくれまい。覚悟はしていたが、やはり無理か。


 そう思った矢先、ステラがルーイに聞いて来た。


『どうしてルイスの騎士団がいいの? ルカの騎士団に不満でもあるの?』

『いえ。王の騎士団にはゾルが居ます。それに、アリス嬢の一件以来、鍛錬にも身が入り、各段に技術と騎士団員というプライドが芽生えたようです。しかし、王子にはまだ騎士団がありません。長年王の騎士団長を務めてきた私が、そのまま王子の騎士団長になるのは、別におかしくない流れでは?』

『それは、王の騎士団はもう安定しているという意味ですか?』


 ロビンの言葉にルーイは頷いた。戦力としてはまだまだだろう。


 けれど、怠けていた連中が綺麗さっぱり居なくなったルカの騎士団は、見違えるほど優秀になった。


『はい。後はゾルに任せたいと思います。それに……私自身がルイス様に仕えたいのです。別に団長でなくてもいい。ただ、あの方をお守りしたい』


 何の飾り気もないルーイの言葉に、ルカは顔を真っ赤にして怒り、ロビンは驚いたように目を丸くして、ステラは涙ぐんだ。


『貴様、それは私への愚弄か⁉』

『とんでもありません。私のただの我儘です。一生に一度きりの』

『!』


 こんな風に言われては、ルカは黙るしかなかった。遠まわしに仕方なくお前に仕えていたのだと言われたも同然である。それほどまでにルカはルーイの信頼を得られていなかったという事か……。


『そうなの! 私は賛成だわ! ルイスの事をそんな風に言ってくれるなんて、こんなにも喜ばしい事はないわね!』


 それとは対照的にステラの反応はとてもいい。手を叩いて喜んでいる。そんな反応にまたルカが眉を吊り上げた。


『どこがだ! 王の騎士団長を辞めて、王子の騎士団に入るなどとふざけた事を言ってるんだぞ⁉』

『どこがふざけていますの? 上を目指す者なら当然の判断でしょう? どのみち私達が退いたら、王になるのはルイスよ。まさかあなた、自分が死ぬまで王を退かないつもりではないわよね?』


 冗談でしょ? みたいな顔をしてルカを見るステラの目は本気だ。そんなステラにルカは怯んだ。実際、そのつもりだったのだ。


『ル、ルイスはまだ若輩だぞ。国の事を任せられる訳が……』

『王、それに関しては私はそうは思いませんよ』

『ロ、ロビン、お前まで!』

『言っておきますけどね、今この国がどうにかやっていけているのは、心の広い国民達とステラ様のおかげですよ。はっきり言ってあなたは愚王とまでは言いませんが、凡王です。面倒な事は全て周りに押し付け、自分はどうです。王という玉座にあぐらをかいて座っているだけ。国の為に何かを成しましたか? あなたに比べれば、ルイス王子はそれはもう優秀な方ですよ』


 辛辣なロビンの言葉にルーイまでもが固まった。皆思っているかもしれない。けど、言っちゃ駄目な奴である。絶対に。

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