第二百十二話 女王の素顔
城に戻った一行は、シャルル以外は一度それぞれに用意された部屋へ通された。
けれど、何となくいつもの様にルイスの部屋に集まってトーマスの入れたお茶を飲んでいた所に、ふとカインが言った。
「それにしても……ノアとオスカーはマジで死んだと思ったわ」
あんな計画を立てておいて何だが、本当に危なかった。どうやらそれはノアも思ったようで、珍しく申し訳なさそうに視線を伏せている。
「君達に何も無くて良かったよ、本当に」
「俺も思いました。ノア様、明日からまた稽古つけてくれますか?」
「もちろん! 筋は凄くいいから、僕じゃきっとすぐに教えられなくなると思うな。その時はアリスに頼もうね」
そう言って笑ったノアにオスカーの顔は引きつる。顔にはっきりと、アリスか、と書いてある。ははは、と和やかな空気の中、突然ルイスがスマホを見て、ひぃ! と小さな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと電話してくる。ノア、お前もスマホ確認した方がいいぞ」
「スマホ? うわっ! こわ!」
ルイスに言われてスマホを確認したノアは画面を見て青ざめた。上から下まで全部アリスからのメッセージだ。何なら1ページで終わっていない。怖い。
隣からノアのスマホを覗き込んできたカインも青ざめている。
「早くノアも連絡した方がいいんじゃない?」
「あー……うん、だね」
煮え切らないノアの態度にカインが首を傾げると、ノアが苦笑いして言う。
「いや~、こうなるとアリス怖いんだよねぇ。電話、しなきゃ駄目かなぁ?」
「時間経てば経つほど拗れると思うんだけど。見てみな? ほら、あれ」
そう言ってカインが指さした先にには必死になって誰も居ない場所に向かって頭を下げるルイスが居る。それを見てノアもカインもオスカーも、トーマスまでもが可哀相な人を見る目でルイスを見ていた。
その時、ノアのスマホが震えた。この時間ならきっとまだアリスはキャロラインと居る。そしてキャロラインが電話をしているという事は、今ならノアも出れるはずだ。そう踏んだに違いない。
「カイン出てよ」
「嫌だよ! 何でだよ! ほら、早くしなって!」
いつまでもグズグズしているノアのスマホをカインがタップした。それと同時に画面一杯にアリスの泣き腫らした顔が映し出された。そして――。
『にいざまぁぁぁ!(兄さまぁぁぁ!)』
「うわ~不細工だねぇ、アリス」
バカ正直に思った事をそのまま言ってしまったノアに、カインが隣から肘で突いてくる。
『だんで? だんでずっどでんだぐぐでだいど~~~!(なんで? なんでずっと連絡くれないの?)』
もう泣きすぎて鼻声で何言ってるのか分からない。
けれど、ノアはそんなアリスを見ていつもの様に頬を染めて笑う。
「もう、何でそんなぐちゃぐちゃになっても可愛いの? どっかおかしいんじゃないの?」
クスクスと肩を揺らすノアにカインは白い目を向ける。
「いや、おかしいのお前だからね? この状態で可愛いって、どんだけハードル低いんだよ」
『がいんざばはだばっでで!(カイン様は黙ってて!)』
「カイン、うるさいよ。アリス、ごめんね。ちょっと危ない事になってて連絡出来なかったんだ。でも、よく僕達が危ないかもって気付いたね?」
いつもは電話は夜に一本だけだ。メッセージだってそんなに送り合わない。それなのに、アリスがこんなにも泣き腫らしているという事は、ノアの危険をどうにかして察知したのだろう。
『ごで……ごで、ごわでだがだ!(これ、これ壊れたから!)』
そう言ってアリスが見せてくれたのは、ノアが以前送った髪飾りだった。真ん中の緑の宝石が、綺麗にぱっくりと割れている。
「これはまた見事に……そっか、その石がきっと、僕の身代わりに割れてアリスに報せてくれたんだね」
そう言って柔らかく微笑んだノアに、それまでずっと泣いていたアリスがハッとした顔をする。
『ぞっが……ぞうがぼ(そっか……そうかも)』
アリスはわれてしまった石を大切そうに撫でてグスンと鼻をすすっている。
『にいざば、いづがえっでぐどぅど?(兄さま、いつ帰ってくるの?)』
「もうじき帰るよ。殺されかけたおかげで、現大公を追い込むはっきりとした証拠が手に入ったからね」
『ぞう……やぐぞぐずどぅ?(そう……約束する?)』
「うん、約束。帰ったらまた髪飾り見に行こうか」
『ぶん(うん)』
「僕の可愛いアリス、心配かけてごめんね。そうだ! ちょっとだけキリに代わってくれる?」
『ぶん。ぎでぃ(うん。キリ)』
アリスが遠のいてキリが顔を出した。その顔はどこからどう見てもうんざりした顔をしている。
『ノア様、無茶は止めてください。私一人ではお嬢様は制御できないんですから。あと、よくあの状態のお嬢様と会話できますね』
「あはは、ごめんごめん。ドンブリと会話するみたいなもんだよ。適当適当。それで、ちょっとキリにお願いがあるんだけど、いいかな?」
『はい』
「噂の女王様を逃がしちゃったんだ。また何かされないとも限らないから、邪魔されないうちに会社を立ち上げてしまおうと思って。もう一通り書いた書類は引き出しに仕舞ってあるから、父さんにサインをもらってきてくれないかな?」
『分かりました』
「お願いね。あ、でも一人では行動しないように! 誰か戦えそうな人を連れて行って」
『そんな人、お嬢様しか居ませんが』
「あー……オリバーに頼んでみてくれる?」
アリスは確かに戦える。
しかし、そうなると今度は学園が手薄になる。それは避けたい。ノアの言葉にキリは頷いた。そして同じ部屋に居るだろうオリバーにすぐに了承をもらってくれた。
「それじゃあ、悪いんだけどお願いね」
『分かりました。では、サインを貰ったらそのまま提出しても構いませんか?』
「うん、ありがとう」
そう言って最後にもう一度アリスに代わってもらい、電話を終えた。
「会社、とうとう立ち上げるんだ?」
「うん。何に先回りして邪魔されるか分からないからね。肝心の女王も、ずっと顔に黒い布垂らしてて誰も顔見た事無いって言うし」
「それな。よく考えれば変な話なんだよな。セレアルでも誰も見た事がないなんて、おかしくないか? 曲がりなりにも領主の嫁なのに」
誰も女王の姿を見た事がないと言うが、ロンドに聞こうにもそのロンドは廃人寸前だ。
カインの言葉にノアは頷く。
顔を隠す理由はいくらでもある。顔に傷があるだとか、二目と見れないほど不美人だとか、理由を上げればきりがないが、女王に関しては単純に顔を見られると困る、という理由なのではないだろうか。
「何か顔を見られると困る事情があるんじゃない? 例えば……僕達が知ってる人とかね」
ノアの言葉にカインとオスカーとトーマスがゴクリと息を飲んだ。
「だ、誰だよ、そんな奴いる? 俺達を裏切ってるって事?」
「いや、そういう場合もあるなってだけだから。言ってみただけだよ。普通に顔に大きな傷があるとかなんじゃないの? 一回見たら忘れられない美人とかね」
茶化したノアにカインはホッと息をついた。誰かを疑ったりはしたくない。出来れば。
でも、ノアの言う事にも一理ある。
「ふぅ~……なんだ、皆して怖い顔をして」
沈黙が落ちる中、一人上機嫌なルイスが戻って来た。そんなルイスを見て少しだけ和む。
「ルイスとアリスちゃんってさ~、やっぱなんか、ちょっと似てるよな」
「こういう時は嫌だけど実感するよ」
苦笑いを浮かべたノアとカインにルイスは拳を握りしめて震えた。
「そ、それは俺がおが屑から木っ端に成り下がったという事か……?」
B級おが屑だと揶揄されるルイスである。アリスなど木っ端だと言われていた。もしかしたら自分も木っ端落ちしたのかと愕然としたのだが。
「はは! いや、大丈夫。ルイスはまだおが屑だから」
「そうそう。まだB級のままだよ」
「そ、そうか……いや、出来ればおが屑は卒業したいのだが」
二人に笑われたルイスはトーマスに宥められつつ席に座るとすっかり冷めたお茶を飲む。
「そう言えばユーゴさんには今回の事知らせたの?」
この留学にユーゴは来れなかった。間の悪い事にルイスの騎士団入りを果たす為にまずは王の騎士団を正式に辞めなければならなくて、今は王都でその手続きをしているのだ。そしてその後はレスター王子の護衛にしばらくは回る事になっているのだが、こんな事があった事をユーゴが知ったら、今すぐにでも駆け付けてきそうである。
「いや、言ってない。今知らせたらレスターを放って来てしまいそうだろう? その代わりルーイにはさっき知らせた」
「じゃあ遅かれ早かれどっちかは来そうだね」
カインの言葉に皆頷く。そしてその予感はばっちり当たっていた。
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