第二百十四話 一生に一度のワガママ

『あらあら、久しぶりにロビンを怒らせちゃったわね、あなた』

『……』


 それを聞いたルカの顔にはっきりと、マズイ、と書いてある。そしてクルリとこちらに向き直ると、眉を吊り上げて叫んだのだ。


『も、もういい! 勝手にしろ! お前とユーゴは勘当だ! 好きな所へ行くがいい!』

『……』


 どうやら勘当されたようだ。もしもユーゴが居たら、これを聞いた途端に「それじゃ、お疲れ様っした~」とか何とか言ってさっさとここを飛び出すのだろうが、流石にそんな事が出来る程若くないし度胸もない。


『引継ぎの書類は既にゾルに渡してあります。ただ一つだけ言わせてください。確かに私は王子の騎士団に入りたいと言いましたが、それはルカ様の騎士団には仕方なく居たのだ、という意味ではありません。私はいくつになっても騎士で居たい。体が動かなくなるその時まで。それが騎士としての私のプライドです。王子は新しい騎士団を家柄を問わず作ると仰っています。それをまとめるのは、どう考えても私しか居ません。そこだけは、誤解なさらないでください』


 頭を下げたルーイを見て、ルカはフンと鼻を鳴らした。


『ですって、あなた。ルーイの人生だもの。ただの一度のワガママぐらい許してあげるべきではなくて? あなたは今まで散々ワガママを言ってルーイを困らせてきたんだから』

『そうですよ。これを機にあなたは少し反省すべきです! もう少し周りの人間に目を向け、執務にも真面目に取り掛かってもらわないと、全部こちらに皺寄せが――』

『あーもう! 分かった! 分かったから!』


 そう言ってルカは両手を振ってロビンの話を遮った。そしてルーイの方に向き直り、静かな口調で言う。


『ルーイ、心からは喜べない。だが、お前が選んだのならそれを止める事もしない。それから……ルイスを、よろしく頼む。王子である前に、あれは私の大事な息子だ』

『! はい。もちろんです』


 頭を下げたルーイを追い払う様にルカは手だけで出て行けと合図をしてきた。その耳は真っ赤である。ルカのこういう所は、本当に大好きだったのだ。だからこそ、今までどんな無茶を言われようとも耐えてこられた。


 けれど、夢と言えるような目的が見つかった今は、そちらを優先したい。それだけだ。


『書類の手配はしておきます。あなたはこのまま王子の所に向かうのでしょう?』

『え? 何故それを……』


 その言葉に目を丸くしたルーイの足元に置かれている鞄を、ロビンが指さして苦笑いを浮かべている。


 そうだった。ルイスからの報告を受けてそのまま出発するつもりで居たから、つい執務室にまで鞄を持ち込んでしまったのだ。


『何やら王子があちらで何か事件に巻き込まれたようなのです。今回は無事だったようですが、次も無事とは限りません。ですから、今すぐ行ってまいります』


 ルーイの言葉に、途端に辺りはシンと静まり返り、三人でルーイに詰め寄ってくる。


『どういう事だ⁉』

『どういう事なの⁉』

『どういう事なんです⁉』


 三人の全く同じ反応にルーイはすぐさまさっきあったルイスからの電話の内容を報告した。いや、本来それを先に伝えなければならないのだが、スマホがルカにバレるとマズイので言うに言えなかったのである。


 しかしうっかり口が滑ってしまった。思わず目を泳がせたルーイを見てロビンがすぐさま助け船を出してくれる。


「ああ、レインボー隊ですか? 彼らは可愛いし便利だし、私もずっとお願いしているんですが、なかなか作ってくれないんですよね」

「え? ああ、はい。そうです」


 レインボー隊? 何のことだかよく分からないが、とりあえず乗っておこう。


 ルーイはロビンの言葉に頷いた。それを聞いてルカがレインボー隊とは何なのだ! とロビンに詰め寄っているが、ロビンは、可愛いですよね~、とか、可愛いんですよ~、とか、これがもう可愛くって~、しか言っていない。


「もういい! 可愛いという事しか分からんじゃないか! とりあえず無事なんだな?」

「はい。フォルスのシャルル様とバセット家のノア様、それからオスカーさんが大活躍したそうです。何より、ルード様が銀鉱山で繋いだ縁が助けてくれたと仰っていました」


 それを聞いたロビンがハッとした顔をして目をうっすらと潤ませた。


「そうですか。それは良かった……本当に……」


 あの時勘当したりしなければ、と何度も後悔してきたが、そのおかげで繋いだ縁がルイスを助けた。それが聞けただけでロビンの心の枷のような物が少しだけ軽くなったような気がした。


「それにしても、ついこの間はキャロが襲われたと聞いたわ。あの時もアリスさんとキリさんとアランが助けてくれたそうよ」

「一体何が起こっているんだ……?」


 難しい顔をしたルカにロビンも頷く。留学組が戻ってきたら、一度ちゃんと話を聞いた方がいいかもしれない。


 ロビンは手帳に書き込むと、パタンと閉じてルーイに言った。


「全て手配しておきます。あなたは行ってください。ルイス様の側にもキャロライン様の側にも優秀な人材がついていますが、彼らはまだ子供です。あまり血なまぐさい事をさせたくはありません」

「そうよ! アリスさんなんてまだ十四歳なのよ⁉ お洒落もしたい年頃でしょうに……」

「……」


 頬に手を添えて悲し気に視線を伏せたステラを見てルーイは黙り込んだ。


 内心はいや、それはどうだろう? などと失礼な事を思っている訳だが、言わない方が無難である。


「さあ行け、ルーイ。ユーゴにも知らせておく。レスターには別の者を向かわせよう」

「はい。では、行って参ります」


 こうして、ルーイは生まれて初めてのワガママを押し通したのだった。



「そうだ。勘当されたんだ。そんな訳だから、これからよろしく頼む」


 そう言って頭を下げたルーイを見て一同はまだ固まっている。


「お、お前も馬鹿かー! か、帰ろう! すぐに、な? 一緒に謝ってやるから!」


 真っ青になったルイスの隣でカインもノアも頷いている。


 しかしルーイは首を縦には振らない。騎士とはそういうものだ。一度決めたら、最後まできちんと守り抜く。それがルーイの教わってきた騎士道なのだから。


「ま、まぁあれだよ。心強いよね! 凄く」


 言葉を選んだノアにルイスは渋々頷くと、ユーゴにした時の様にルーイの入団を認めた。まさかのルーイ団長にルイスは今まで以上に身が引き締まる思いがする。


 何かを噛みしめるルイスの耳元で、トーマスがそっと囁いて来た。


「ルイス様、どうします? あの事をルーイとユーゴにもお知らせしますか?」

「は! そ、そうだな! カイン、ノア、どう思う?」


 すっかり忘れていた。近くにそれだけ居るという事は、この二人も知っておいた方がいいかもしれない。何よりも何に命を狙われているのかという事を知らなければ、ルーイもユーゴも戸惑うだろう。


「そうだねぇ。知っておいた方がいいかもね。騎士団の力は最後に絶対必要になりそうだしね」

「言えてる。じゃ、戻ったら二人も仲間に入れるって事で」

「アランに言っておかないとね。さて、それじゃあそろそろ時間だよ」

「ああ。ルーイ、これからよろしくな」

「はい。よろしくお願いいたします」


 深く頭を下げたルーイにルイスは爽やかな笑顔を浮かべて歩き出した。その後をついていく一同を一番後ろから眺めていたルーイは、やはりルイスの元へ来て良かったと心から感じていた。

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