第二百七話 銀鉱山の不審者たち

 道中、馬車の中でルイスは胸に入れた鉄板の重さに顔を顰めながら、不安げな息を吐く。


「やっぱりちょっと重い?」

「いや、そうではなくて、だな。ここまでしなければならないのか、と思ってな」

「殺されてもいいなら鉄板抜くけど」


 真顔でそんな事を言うノアにルイスは慌てて首を振り、腰から下げたレイピアの柄を撫でた。


 キャロラインからの電話でキャロラインもまたダガーの練習をしていると聞いて、今はルイスとカインもノアに倣ってレイピアの練習をしている。


「私も何か武器を持った方がいいでしょうか?」

「いやいや、あんたはその魔法でどうにかしなよ。うちのアランみたいにさ」


 カインが苦笑いして言うと、シャルルはコクリと頷く。


 聞いた話では、アランはとても強かったという。絶対に隠れてどこかで魔法の練習をしていたに違いないと思える程的確に敵を魔法で打ち抜いたそうだ。


「アランはそういうキャラですからね。普段は気の弱い魔導士ですが、最後の戦いではそれはもう大活躍する予定ですから」

「そうなの?」

「ええ。ノアにも聞いたでしょう? 魔力という意味ではアランの方が私よりも上です。アランの様に私は複数の攻撃魔法を同時に繰り出す事など出来ませんから」

「それ! 凄いですよね! 見たかったなぁ~どうなってるんだろう?」


 同時に多種の魔法を繰り出すなど、それこそ一体どんな魔法だ。思わず食いついたオスカーにカインも頷いている。


「多分、違う種類の魔法詠唱と印を同時に結んでるんだと思うよ。発動方法を振り分けてさ。それから持続させるようにすれば、理屈上では本人の魔力が尽きるまで攻撃は終わらない」


 ノアの言葉に全員がゴクリと息を飲んだ。アランは一体いくつまで同時に発動させる事が出来るのだろうか。ふとそんな事を考えそうになったが、怖いので止めておいた。


 アランもまた、アリスとは違ったチートキャラである。


「ああ、見えてきましたね。あそこですよ」


 そう言ってシャルルが指さした先には、大きな鉱山がまるで大蛇のように横たわっていた。これがルーデリアにまで伸びているのだから、物凄く大きな鉱山である。


「壮観だな! あれは中も見せてもらえるのか?」

「ええ、もちろん。ですが、その前にあちらが手を出してきそうな雰囲気ですね。ノア」


 シャルルは馬車の窓から外を覗いてゴクリと息を飲んだ。それに釣られたように皆が馬車か外を覗こうとしたその時、ノアがルイスの頭を力いっぱい下げ、持っていたクロスボウを構えて外に向かって発射したではないか。


 それと同時にガツンと馬車に何かが当たった音が聞こえる。


「な、な、なん⁉」

「早速、お出ましみたいだよ」


 ノアはそう言ってクロスボウを背中に下げて、ファルシオンを手に取り馬車から飛び出した。それに続いてオスカーとシャルルも出て来る。


 周りはゴツゴツとした岩場が広がっている。そのあちこちから黒い覆面をした者達が矢を構えてこちらを伺っているのが見えた。


「ルイス、カイン、トーマスさんはしばらく中に居て! シャルル! 馬車に結界を!」

「ええ。中の人達は体制を低くしておいてくださいね」


 シャルルが結界を張ったのと同時に、火球が空から降って来た。シャルルはどうやら火が得意のようだ。


 休む間もなくあちこちから矢が飛んでくる。それに対抗してノアは大きな水球を作り、敵を飲み込みそのまま中に閉じ込めた。


「え、えげつない技を使うな……あいつは」

「性格を魔法が的確に表してるね……」


 いつだったかノアは言った。自分は感情で動くタイプだ、と。絶対に命を取らないアリスとは違い、自分なら殺していた、と。どうやらその言葉は嘘ではなかったようだ。


 水球の中でもがき苦しむ敵を見ながら感心したようにルイスが頷いていると、突然馬車が揺れた。シャルルの結界は魔法は通さないが、物理攻撃は通してしまう。どうやら敵の放った矢が馬に当たったらしい。


「三人とも! 今すぐ飛び降りてください!」


 馬車のドアが開き、物凄い力で外に引っ張り出されたルイスとカインだったが、思わずルイスはトーマスの手を掴んだ。それによって必然的にトーマスも馬車の外に投げ出される。


「無事か⁉ トーマス!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 激しく尻餅をついたトーマスの後ろで、暴れた馬が走り出し、馬車はそのまま真っすぐに大きな岩にぶつかって粉々に壊れてしまった。それを見てゾッとする三人は、揃ってオスカーに頭を下げる。


 と、その時、ノアがうめき声を上げた。


「はぁ、ちょ、魔力、切れそう」


 ノアはチートではない。アリスについて行けるのも、日々のコツコツとした積み重ねである。だから魔力だって人よりちょっとある程度だ。


 ルイスが顔を上げると、あちこちに水球が浮かんでいる。沢山作れば、それだけ消耗ももちろん激しい。


「ノア! 魔法は私に任せてください!」

「うん、よろしく。じゃ、オスカーさん、行こうか」

「はい!」


 いつまで経っても近づいてこない敵に業を煮やしたノアが魔法を解いて動いた。その途端に水球が壊れ、中からゾロゾロと敵が落ちて来る。中には既に溺死してしまっている者もいるようだが、まだ動ける者も居る。おまけにどれぐらいの数が隠れていたのか、あちこちから覆面達が姿を現した。


 その光景にノアはゴクリと息を飲む。


「まずはあいつらから行こう」

「分かりました」

「それじゃ、気をつけて」


 心を鬼にして。殺らなければ、殺られるぞ。ふと、ノアの頭に師匠の言葉が脳裏を過る。


 ノアは走り出した。何としてでもメインキャラクターは守らなければならない。そうでないと、アリスの未来が潰えてしまう。


「アリス、君は絶対に、幸せになるんだよ」


 ノアは顔を上げ、飛んでくる矢をファルシオンで叩き落しながら、敵のど真ん中に向かって走り出した――。


 ノアは敵の居る中心地に真っ先に乗り込み、ファルシオンで次から次へと敵をなぎ倒していた。一応魔法対策に、とカインに『反射』をかけてもらってはいるが、向こうは魔法は一切使ってこない。


 何かおかしい。そうノアが気づいた時には、すでに周りをグルリと覆面達に取り囲まれていた。


 後ろでは、武器を持って襲い掛かってきた敵にルイスとカインも覚えたてのレイピアで応戦していた。とは言え何せ覚えたてだ。振り回すのに必死で、どうにもならない。その度にシャルルがルイスとカインを狙う敵に向かって火の矢を打ち込んでくれたので事なきを得ているが、それもいつまでもつか分からない。


 と、シャルルがとうとう肩で息をし始めた。額には玉のような汗が浮かんでいる。馬車の中で言っていた、出来ないと言っていた筈の二つの魔法を使い分けているのだ。火球を作りつつ火の矢を打つ。同じ火属性の魔法ではあるが、攻撃方法はまるで違う。


 ルイスは慌ててふらついたシャルルの肩を支えた。


「ルイス様! そのままシャルル様を支えていてください!」


 後ろからトーマスの声が聞こえてシャルルを支えなおした途端、何かがぬるりと体の中に流れ込んできたのが分かった。その感覚にシャルルは驚いたように顔を上げ、振り返ってトーマスを凝視している。


「私の魔法は『増幅』です! シャルル様、思う存分使ってください!」

「あ、ありがとうございます。ルイス様、あなたの業火も使えますか?」

「あ、ああ! しかし、あれは一人にしか……」

「いえ、使えます。イメージする範囲を広げてください。そうしたら出来るはずです」

「分かった。やってみる」

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