第二百六話 武器の取り扱いはバセット家へ

 キャロラインが勇気を振り絞って電話をした数日後、ようやく会議が終わった。


 アリスの言い出した特許制度が可決されたのだ。やはり最後まで反対していたオーグ家が賛成派に回った事が大きかった。これにはライト家もクラーク家も首を傾げ、後日ヘンリーにどうして意見を変えたのかを問うと、ヘンリーは大きなため息をついて言った。


『お前たちもよく覚えておくといい。妻と娘には、絶対に逆らうな』


 と。


 どうやら彼はオリビアとキャロラインに押し切られたようだ。ライト家にもクラーク家にも娘は居ないから分からないが、確かに妻は敵には回せない。女子の情報網は凄まじい事をよく知っているのだ。納得したように頷いた二人は、その夜ヘンリーを誘って三人で飲んだ。ほとんどが妻の愚痴と言う名の惚気だったのは、ここだけの話だ。


 アリスのフワっとした思いつきで言った特許制度だったが、細かい制度はロビンとルードが全てまとめあげてくれた。


 すぐさま『特許許可省』が設けられ、そこには貴族も平民も混ぜこぜの立場の違う人達を雇い入れた事で話題になった。


 しかし何せ初めての試みなので、最初はやはり揉めたようだが、実際に仕事が始まるとそんな考えはすぐさまどこかへ行ってしまったようで、今は毎日が大忙しだという。


 ルイスから無事に特許に関する法案が決まったと聞いたノアは、すぐさま色んな商品を取り扱ってくれている会社の分を全てまとめてキリに頼んで申請してもらった。


「どうだった?」

「通ったよ。これで大手振ってあちこちで宣伝出来るよ」


 カインの言葉にノアはルイスの部屋でクロスボウを磨きながら言った。それをビクビクしたような顔をしてルイスが見ている。さっきはファルシオンを研いでいたし、一体なんなんだ。


「それは何よりだね。で、こっちの作戦なんだけど」

「うん。シャルルから聞いてるよ。怪しいのがうろついてるみたいだね」

「そうなんだ。それがさ、頻繁に兄貴の銀鉱山に出入りしてるみたい。そこに、女王様って言われてる人が居るんだってさ」


 カインはそれがあのレスターの継母ではないかと踏んでいる。カインの言葉にノアは眉をピクリと動かした。


「女王様? まるで謀反でも起こすつもりみたいだね」

「ああ。そこから察するに、多分大公はもう使い物にならないんじゃないかなって」

「だろうね。どうする? 乗り込む?」

「いや、もうちょっとでシャルルの卒業パーティーがあるだろ? そこで何か仕掛けてきそうな気がするんだよね。それまでにルイスを襲わせるように仕向けたらどうかな?」


 フォルスに来て一月が経った。本来なら既に学園に戻っているはずの三人だが、急遽延長してシャルルの卒業パーティーまでは残る事にした。ここで一気に片をつけたい。


「じゃあ、シャルルに言って動いてもらおうか。後はオスカーさん、ちょっと」

「? はい」


 カインの隣に座っていたオスカーが膝の上でイエローを揉みながら顔を上げた。


「これをオスカーさんに。力はかなり強いみたいだし、練習すればきっとすぐに扱えるようになると思う」

「こ、これは……」


 そう言ってノアから渡されたのは両手剣だった。ずっしりと重いそれは、騎士が扱うものともまた違う。


「フォルスでは幸いな事に帯剣が許されてる。威嚇にもなるだろうから、下げておいて。それから、明日から僕と練習しよう」

「えぇ⁉」

「お、おま! な、何言ってんの⁉」


 突然のノアの提案にオスカーもカインも目を丸くする。そしてそれを聞いたトーマスはホッと胸を撫でおろしていた。バセット家の無茶振りには大分慣れたが、流石に突然剣の練習をしろと言われても、トーマスには無理だ。


「キャロラインが襲われた。原因はオピリアだけど、言えるのは確実に向こうはゲームストーリーの破綻を狙ってる。こうなってくるといつか直接キャラクターに狙いを定めてきそうな気がするんだ。そうなったら、ルイスもカインも狙われる可能性があるからね。キリが居れば良かったけど、居ないからさ」


 何のために偽シャルルがそんな事をするのか全く分からないが、キリの話を聞く限り、用意しておくに越した事はない。それに、ゲームの強制力が働き出したら、最悪アリスとキリとオリバーは使えない。だとしたら、戦えるのはノアとオスカーとリアンだ。


 きっと今頃、向こうでもリアンが嫌々ながらも武器を扱う練習をしているだろう。

 


 ノアの言う通り、リアンはアリスとキリを師匠にしてビシビシ望んでもいないのにしごかれていた。


「遅い遅い!」

「あんたが! 早すぎ、なんだっ、つーの!」


 息も切れ切れに言いながら、さっきから必死になってアリスの剣を受けるリアン。数日前に渡されたリアンの武器はクロー。いわゆる鍵爪だった。こんなもんどうするんだと聞いたら、引っ掻く! もしくは武器を折る! と言われて練習している次第だ。すばしっこく小柄なリアンが扱うにはちょうどいいのかもしれないが、一つだけ言わせてもらうと、この武器は明らかに素人用ではないだろう、という事だった。


 ほぼ毎日こうやってアリスと練習している横で、ライラとキャロラインとミアもまた、ダガーの練習をさせられている。


「守り刀は持っているけど、こういう練習はしたことないわ」


 髪をアップにして乗馬用の服に身を包んだキャロラインは新鮮さに驚くばかりである。


「やっていて困るという事はありません、何事も。やりすぎると困りますが」


 そう言ってチラリとアリスを見たキリの言葉に全員が頷く。アリスは体に似合わない大きな剣を持って、さっきからずっとリアンを追い回している。


「あれは……まぁ、別格よね」

「っす。じゃあ始めるっす」


 ノアからの指令を受けてこちらの師匠はオリバーだ。


 こんな調子で本当に役立つかどうか分からないが、一通りの戦い方を教わった三人はそれから日常的にどこかへ出掛ける際には武器を持ち歩くようになった。そして、この事が後に何度も役立つようになる。


 

 戦闘の訓練をし始めてオスカーの剣技が少し様になってきた頃、シャルルが打ち合わせ通り、ある日ルイスを銀鉱山に誘った。せっかく来たルーデリアの王子にも、銀鉱山を見せたいと皆の前でわざわざ宣言したのである。


 その裏でシャルルは父である大公に入れ知恵をした。ルーデリアの王子が、フォルスを乗っ取ろうとしているかもしれない、と。それを聞いた大公が怒り狂ったのは言うまでもない。ただでさえ銀鉱山を持っていかれたのだ。その上さらにフォルスから何か奪おうというのか!


 かくして、ルイス達は作戦通り翌週の頭にシャルルに連れられて銀鉱山を見学する事になった。

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