第百九十九話 アリスの設定

 そんなノアの思考を読んだようにシャルルが言う。


「無駄ですよ。多分、アリスにも理解出来ないでしょうから」

「それは――」


 アリスがおバカだから? そう言いそうになるのを堪えたノアは、小さく頷く。

 可愛いアリスである。せめてノアぐらいはアリスがおバカだという事実は知らぬふりをしておいてやりたい。


「ところで、この世界の事って?」

「ああ、そうでした。あなた達も気づいたように、この世界にはゲームでは語られなかったキャラクター達の、いわゆるサブストーリーのようなものが沢山あります。それを解決していく事でそれぞれの爵位を合わしている状態ですよね?」

「そうだよ」

「それが今までは合っていなかった。ただの一度も。だからループから脱出出来なかった。でも変だと思いませんか?」

「変?」

「ええ。だって、ゲームストーリー自体は一つしかない。でもプレイヤーたちは、我々の爵位が変わっている事に気付かずクリアしていく。これがどういう事か分かりますか?」

「……ごめん、僕はそもそもゲームという物を理解してないんだけど」


 ノアの言葉にシャルルは驚いたように目を見開き、おでこに手を当てた。


「ああ、そうか。そうですよね……。えっとつまり、この世界は私達にとっては現実です。ですが、何かの拍子にスイッチが入り、ゲームの世界と合流する。そしてまた何かの拍子にスイッチが外れてゲームの強制力だけを残したプレイヤーの居ない世界が進んでいく。これがループの正体で、時が戻るのはゲームの強制力が働くせいなのでしょう。ゲームは何度でも始まる。プレイヤーが居る限り」

「スイッチというのは、アリスの編入?」

「ええ。十五歳になった時に編入する事で、スイッチが入るはずです。私はそれを阻止しようと何度もアリスの魔法を封印したんですけどね。少しでもゲームの主軸から外れるように彼女の魔法を白魔法からありふれた魅了に書き換えてみたりもしたんですが、無理でしたね」


 あれはどれぐらい前のループだったか。そもそもアリスが学園に入らなければいいのではないかと考えたシャルルは、アリスの魔法を白魔法から魅了に書き換えてみた。


 けれど、おかしな効果がついてしまって結局上手くはいかなかった。どうやってもアリスを学園に入学せざるを得ない状況になってしまうのだ。しかもそのままおかしな魅了は定着してしまったのだから笑えない。


「ゲームの中の話は僕には分からないからいいよ。つまりまとめるとどういう事? 今回のループは何が他とは違ってるの?」

「あなたは本当に、ノアですね。今回はアリスが既に思い出しています。だからこそスイッチが入る前から動き出せた。その事によって本筋通りに進める事が出来る、かもしれない。そして介入者です。これは外から来た人間の事です。介入者には恐らくゲームの強制力が働きません。だからいつだって自由に動ける。そして自由に動けるのはまだほかにも居ます。メインストーリーに出て来なかった人物たちです。彼らにはそもそも設定がありません。だから私は色々とお膳立てをしたんですよ」


 そこまで言ってシャルルは机の上にあったクッキーを物色し始めた。わざわざアーモンドがついているのは避けている。そんな仕草を見ていると、やはりどうもアリスの見たというシャルルとは印象が違う。


「リー君やルードさん、ザカリーさんとスタンリーさん、その他の人達もって事?」

「ええ。だからあなた達が今している事は正解です。花丸ものです」

「聞いていいかな? 君はどうしてアリスの魔法を書き換えたりできるの? 確かに君は強大な魔力を持ってる。だからそんな事が出来るの?」


 シャルルの魔力はこの世界を壊すほどの魔力だと言われている。設定の上では。そしてそれをこの世界の人達は皆周知しているのだ。


 ノアの問いにシャルルは小さく首を振った。


「他人の魔法の書き換えが出来る訳ではありません。キャラクターの性能を弄れるのです。私の魔力が世界を滅ぼすというのは、私にそれをするだけの権限が与えられている、という意味ですよ。別に無尽蔵に魔力がある訳ではないです。魔力だけで言えば、恐らくアランの方がよっぽど凄い魔法を使うと思います」

「だとしたら、その力を使って皆の爵位を合わせるなんて簡単なんじゃないの?」

「言ったでしょう? 私が弄れるのはキャラクターの性能だけなんです。『花冠』以外のキャラクターが起こした事は私には変える事が出来ません。ダニエルが子爵家になったのは、先々代のせいです。ですが、先々代のした事を私には無かった事には出来ません」

「えっと……じゃあもしかして今回のアリスのあのクマも倒す力とかは設定とかではなくて」


 先を続けようとしたノアからシャルルがそっと視線を逸らせた。怪しい。非常に怪しい。


「説明してくれるよね? ちょっと尋常じゃないんだけど? あの子」

「先に言っておきますが、性格の事は私は知りませんからね? それは彼女を育てた環境のせいですよ? でもまぁ、アリスというキャラクターは良くも悪くも平凡なキャラで、唯一白魔法が使えるアンポンタンだったんですが――」

「聞き捨てならないな。あれでもちゃんと、一応考えてはいるよ。多分」


 憤慨したノアにシャルルは、そうか? とでも言いたげにこちらを見て来る。そんな視線にそっと目を逸らすのはノアの番だった。


「とりあえずそんなキャラだったので、私は前回少し彼女の体力と身体能力値を上げてみたんです。そしたら、ああなってしまいました。こう見えて私もここに辿り着くまでに色々と試してはみたんですよ。ループしてまた始まる一瞬の間に私が毎度、どれほど苦労しているか!」


 ループが終わり、次が始まるまでにほんの少しだけ時間がある。いわゆるローディング時間だ。その間に次のアリスの性能を弄り倒した結果、ああなった。それは本当に申し訳ないと思っている。


「はぁ……つまり、アリスの性能を君が弄り倒した結果、今のアリスが居る、と。全く……何てことしてくれたの? ああ、もう! 分からない事だらけだよ。それで? 結局僕達は今のまま進めばいって事? 君を大公にして? ゲームが始まるまでに備えればいいと?」


 混乱して髪をかき乱したノアにシャルルは頷いた。


「そうです。というよりも、他に道は無さそうなので。最後の敵、シャルルを倒したら私は権限を使いこの世界とゲームの世界を分離させます。その時に私達キャラクターは……消えるかもしれないし、消えないかもしれない。大分大きな賭けですが」


 シャルルの持つ権限とは、この世界を破壊する程の魔力ではなく、この世界のデータを消す事だ。元々は人の手によって作られたキャラクター達。データを破壊したら、シャルル自身にもどうなるかは分からない。


「よく分からないけど、とりあえずどうなるか分からないって事だけは分かったよ。ところで、君のお父さん、オピリアに手を出してない?」


 分からない事は後回し。アリスがよくいつも使う手である。いくら考えても答えの出ないものは考えても仕方ない。シャルルの言う通り、大人しく今はメインストーリーを進めよう。


 ノアの言葉にシャルルは一瞬キョトンとして、次の瞬間には噴き出した。


「はは! 唐突に何を言い出すのかと思えば! 出してますよ。証拠もあります。使いますか?」

「え⁉ 証拠あるの? ていうか、どうしてそれを自分で提出しないの!」


 証拠があるのなら、さっさと出しておいてくれれば、こんな苦労など何も無かったではないか!


「私が出したって握りつぶされて終わりですよ。言ったでしょう? お膳立てをしてやる、と。あなた達が出してこそ、フォルスはメインストーリー通り、ルーデリアと友好国になるんですから」

「そうか。その流れが無いと友好国には繋がらないのか」


 納得して頷いたノアにシャルルも頷いて、自身の髪を弄って遊んでいる。やはり、どう考えてもこのシャルルとアリスが出会ったシャルルは別人のような気がするのだが――。

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