第百九十八話 世界の秘密とシャルル・フォルス

 そう思いながら今日もシャルルを探してフラフラと学園内を探索していたノアは、校舎の裏辺りに来た時に違和感に気付いた。


「ノア・バセット。お前、男爵家なんだって?」


 よく響く低い声にノアが視線を上げると、やたらと体格の良い男たちが壁の向こう側から姿を現した。


「そうだけど?」


 大人しいキャラでいこうと決めているノアは、アリスの真似をして可愛らしく首を傾げてみせた。そんなノアの反応に男たちはニヤニヤしながら近寄って来て、グルリとノアを壁に押し付けるように取り囲んだ。


「おいおい、こんな顔して男だと」

「笑える。ほとんど女子じゃん」

「俺良い事考えた! 見せしめに素っ裸にしてやろうぜ!」

「……」


 それではただの変態ではないのか。ノアが壁を背にそんな事を考えていると、男の一人がとうとう手を出してきた。


 あんまり目立ちたくないのになぁ。ノアはそう思いながらそれを避ける。


「くそ! ちょこまかすんなよ!」

「おいそっち押さえろ!」

「おう!」


 短気な三人はすぐさま三人がかりでノアに襲い掛かって来た。手は極力出したくない。かと言っていつまでも避けていても終わらない。そう確信したノアは、いつもアリスにかけられる一本背負いで一人を投げ飛ばす。それに驚いたのは残りの二人だ。


 目を皿のように丸くして、分かりやすくこめかみに青筋を浮かべた。


「男爵家のくせに生意気なんだよ!」

「そうだ! 俺達は騎士家系なんだぞ!」

「へ~随分弱いけど、それで大丈夫なの?」


 あえて挑発するノアに男二人は顔から火が出そうなほど怒り狂った。向こうから殴り掛かってきたら、それはもう多少やり返しても正当防衛である。


 ノアは涼しい顔で向かってきた男に足を掛け、転んだ所で脇腹に一蹴り。さらに最後の一人にも振り向きざまに抉るようなフックを入れて、手をはたいて呻く男達を見下ろして言った。


「こちとら毎日野生の獣を相手にしてるんだよ。貴族の坊ちゃんなんかに負ける訳ないでしょ」


 もちろん、ここで言う野生の獣とはアリスである。何なら最近はドラゴンとタッグを組んでふざけて襲い掛かってくるのだ。そんなのを毎日相手にしていたら、そりゃ腹筋も割れる。


 倒れる三人を置いて歩き出そうとした所で、屋上から拍手が聞こえてきた。ふと見上げると、そこにはこちらを見下ろす見事な銀髪と金色の瞳が見えた。シャルルだ。


「お見事でしたよ、ノア」

「ありがとう」


 ようやく会えた憎きアリスの推しの出現に、ノアはいつものようにニコっと笑う。


「そんな笑い方は本当に、変わりませんね」

「それは以前の僕の話?」

「そうですよ。以前のあなたの話です」


 どこか含みのある言い方にノアは少しだけ眉を顰めた。


「この距離で話すには少し無理がありますね。生徒会室に来てもらえますか? 私もずっとあなたと話がしたかったのです」

「ルイスとカインは呼ばない方がいいのかな?」


 まるでノアとだけ話したいと言うような言い方にシャルルは小さく頷いて姿を消した。


 生徒会室に移動すると、そこには既にシャルルが立っていた。優雅に扉を開いてノアを中に入るよう促す。


「どうも」


 何が起こるのか分からないが、一応備えておいた方がいい。ノアはポケットの中に仕舞ってあるサバイバルナイフの事を頭の中に思い浮かべながら生徒会室に足を踏み入れた。


「どこでも好きな所に座ってください。そろそろお茶が……ああ、来ましたね」

「失礼します」


 声のした方を振り向くと、アリスと同じ背丈ぐらいの少女が立っていた。とても儚げで憂いのある視線が彼女の魅力を引き立てているが、ノアはその少女を見て小さく首を傾げる。何故か妙に既視感があるのだ。何だろう、この違和感は。


「ありがとうございます、シエラ」

「はい。どうぞ、お客様」


 そう言って少女はノアのとシャルルの前にお茶を置いて、にっこりと微笑んで生徒会室を後にした。そんな少女の背中をシャルルが熱い視線で見守っている。


「可愛いでしょう? うちのシエラ」

「? そうだね。でもうちのアリスの方が可愛いけどね」


 シエラは確かに風でも吹けば飛んで行きそうなほど儚そうで庇護欲はそそるかもしれない。


 けれど、ノアは焼いた肉を切らずにそのまんま齧りつく逞しいアリスが好きだ。そんなノアの言葉が気に入らないのか、シャルルは金色の目でノアを睨みつけてくる。


「シエラの方が可愛いですよ。あなたのアリスは色んな事が雑すぎです。あれでは美少女の名が泣きますよ」

「いいや。あれがアリスの可愛さだから。泥だらけになって駆け寄ってくる様なんてもう、尋常じゃないぐらいに可愛いから」

「いいえ、シエラです」

「アリスだよ」


 はっきり言ってどちらでもいい。そう思いながらも何だかイラっとする。そしてノアは心の中でアリスに呟く。『アリス、残念だけど、シャルルにはもう想い人が居るみたいだよ』と。


「まぁ、あなたがシエラに何とも思わないのならいいです。さて、では話をしましょうか」

「僕、この後授業なんだけど?」

「大丈夫です。今回の留学者リストにあなたの名前があった時点で、色々と手配したので。寮の部屋も隣なんですよ。知ってましたか?」

「……気味悪いんだけど」


 そんな事を嬉々として語られてもはっきり言って不気味である。あと、シャルルの印象がアリスから聞いていたものとは大分違う。どちらかと言えば、ゲームのシャルルに近い気がする。


 妙な違和感を感じつつ、ノアはソファにゆったりと座りなおした。


「聞きたい事は沢山あるけど、ちょくちょくアリスの前に姿を現すのは何なの?」

「それは私に言われても。たまたま行く先にアリスが居たんですよ。ところで、ドラゴンは元気ですか? あれは最終決戦で使うので、しっかり調教してその時には貸してくださいね」


 突然のシャルルの申し出にノアの頭の中には疑問符がいっぱいだ。


「? 知ってるんでしょう? この世界の事」

「ゲームって事? それなら聞いたけど」

「メインストーリーも聞いたんでしょ? だから私を大公にしようとしてるんですよね?」


 シャルルの言葉にノアは慎重に頷いた。


「君は……何度目のループなの?」

「生まれた時から。つまり、ゲームの世界が出来た時からですよ。私達は全員ゲームのキャラクターなので。介入者を除いては」

「……」


 アリスか。いや、アリスの中の人格と言うべきか。ノアは頷いて腕を組んだ。


「ところで、ドンを貸してってどういう事?」

「ああ、現存するドラゴンはここにはもう彼女しか居ないので。メインストーリー攻略には必須のキャラなんですよ。だからその時は貸してくださいね」

「それはドンを僕達が討伐するって意味? 言っておくけど、それは無理だよ?」


 もうこんなに愛着があるのだ。倒せなんて言われても絶対に倒せない。その言葉にシャルルもそう思ったようで頷く。


「じゃあ、死んだふりでも覚えさせればいいのでは? あなた達が動き出した事でこの世界の事が少し分かってきたんですよ、やっと」


 簡単に言ってシャルルはお茶を飲んで舌鼓を打つ。


「この世界の事?」

「ええ。今まであなた達が過去アリスと呼ぶ者達には、ナビゲーターが居ました。いわゆるゲームを進行する係です」

「そ、れは……誰?」

「プレイヤーですよ。私達はそのプレイヤーには絶対に逆らえない。だから何をやってもゲームのストーリーから逃れられなかった。あなたは先ほど、あなたのアリスと言いましたが、キャラクターとしてのアリスはもっと居ますよ。それこそ、プレイヤーの数だけ存在します。アリスの手記はほんの一部なんです」

「……」


 途方もない話にノアは黙り込んだ。ゲームという物自体がよく分からないノアからしたら、シャルルが何を言ってるのかはっきり言ってちんぷんかんぷんだ。


 こんな事なら唯一ゲームを理解しているアリスを連れてくれば良かった。

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