第百九十七話 アリスとキャロラインの仲良く聖女半分こ大作戦!

「私は、飢饉対策としてこの乾麺を作りたいのです。どうか、この事業に協力していただけませんか?」

「も、もちろんです! 風の噂でキャロライン様が出資をするという工房があると聞きました。何やら面白そうな事業だと聞いておりますが、まさかこんな物をお考えだったとは!」

「ええ。ここに居るアリスの兄が立ちあげる会社で、アリス工房と言うのですが、そちらでこの乾麺も取り扱おうと思っています。そしてアリス工房と専属で契約を結ぶのが、今なにかと話題のチャップマン商会なんですよ」

「チャップマン商会⁉ な、何故そこと繋がりが⁉」


 チャップマン商会と言えば、何度も没落しかかってはその度に蘇る、別名『不死鳥』と呼ばれている最近噂の商会だ。あの商会の知名度が急に上がったのは、あの難攻不落のグランを落とした事にある。


 マリオの驚いた顔を見たキャロラインは小さく笑って言った。


「簡単な話です。あそこは最近経営者が二人になったのはご存知ですか?」

「は、はい。何でもずっと仲違いしていたのに和解したと聞いております」

「そうですわ。その片割れのリアン・チャップマンがアリスの親友なのです。彼がチャップマン商会の社長であるダニエルと和解出来たのは、このアリス・バセットのおかげなのですよ」


 そう言ってキャロラインはお腹を押さえて隅っこで小さくなっているアリスを紹介した。


 これぞ『アリスとキャロラインの仲良く聖女半分こ作戦』の全容である。そのまんまである。


「そ、そうだったんですね……そしてそのアリス工房の出資を、キャロライン様がなさる、と」

「そうです。あくまで私個人の名義で。私はいずれ王妃になるかもしれません。けれど、この出資だけはただのキャロラインとして行うつもりです。いついかなる場合も、私もまたこのルーデリアに住む、領民達と何も変わらない、一人の人間なのですから」


 そう言って穏やかに微笑んだキャロラインを見て、マリオも執事も目を擦った。涙が溢れそうだったのだ。こんなにも民を想い、民の立場になれる妃候補が今まで居ただろうか? 噂に聞いていたキャロライン公爵令嬢は、良くも悪くもただの公爵令嬢だと思っていた。適度に才女で適度に美しく、何でもそつなくこなすただの公爵令嬢だと。


 ところがどうだ。今目の前に居るキャロラインはまるで聖女のように光輝いている。噂など全く当てにならない。レスターの話もそうだったが、やはりその人となりは実際に話してみてやっと、分かるものなのだ。


「チェレアーリ領主、マリオ・チェレアーリは、生涯をかけてキャロライン様に忠誠を誓います。どうか、私達にあなたの事業のお手伝いをさせてください」


 気づけばマリオは胸に手を当ててキャロラインの前に跪いていた。後ろでは執事もまた胸に手を当てて最敬礼しているのが分かる。


「ちゅ、忠誠だなんてとんでもない! お願いしているのはこちらですわ。どうか頭をお上げくださいませ!」 


 それまで毅然としていた態度のキャロラインがあわあわと取り乱したのを見て、マリオと執事の中のキャロライン好感度が爆上がりである。


 こうしてチェレアーリの協力を得られた事で、乾麺製作に取り掛かる事が可能になった。


 マリオに集められた信頼のおける仲間たちは、翌日の早朝からアリスに言われた通り生麺を持ってセレアルの各地に散らばって行った。麺を干すためだ。乾麺自体は風土が合えば半日から一日程度で出来上がる。実は自宅でも簡単に出来てしまう優れものなのだ。


 そんな事を知らないキャロライン達はアリスにそれを聞いて驚いた。マリオの仲間たちには、『割とすぐ乾くと思うから、干したらその辺でお茶でもして待っててね。触ってみてパキって折れるようになったら持って帰ってきて』そう言ってアリスは麺を手渡した。もちろん、皆半信半疑だったのだが、一番に持って帰ってきたのは候補に挙がっていたシェーンに行った者だ。


 帰ってくるなり宿屋に転がり込むようにやってきて頬を紅潮させて笑顔で言った。


「乾いた! 本当にすぐ乾いたぞ!」

「どれどれ……おぉ! 凄い凄い! さっそく茹でてみよう!」


 アリスは見事な乾麺を受け取って厨房で調理しだした。乾麺は早く乾けばいいというものでもない。ちゃんと食べられてこそだ。


 しかし、そんなアリスの心配は全て杞憂に終わった。シェーン産乾麺は見事にちゃんと茹で上がったのだ。部屋にそれを持ちかえり皆で実食する。素晴らしい。


「凄いわね! あんなにもパキパキだったものが、ちゃんとラーメンになってるわ!」

「お嬢様は本当に、こういうのだけは得意なので」


 そう言いつつキリもちゃんとラーメンになっている乾麺を見て驚いている。


「いける! これはいける! マリオさん! シェーンの領主さんに連絡取ってもらってもいいですか⁉」


 勢いよくマリオの手を取ったアリスに、マリオもまた飛び跳ねて(本当にピョコピョコ飛んでいた)何度も頷き、その勢いでシェーンの領主に手紙を書く。


 こうして、翌日にはアリス達はマリオを連れてシェーンに向けて出発したのだった。



 一方、その頃フォルスでは、留学生の中でもたった一人男爵家のノアが、同級生たちに壁に追い詰められていた。何となく予想はついていた事態にもはやため息しか出ないノアである。


 フォルスに到着した日は特に何も無かった。


 けれど、男爵家だと割り当てられたクラスで言った途端、同級生の視線が変わったのだ。


 表立っては何も言われなかったが、ノアを見る同級生たちの目は冷たい。だが、その方がノアには都合がいい。


「ノア、大丈夫か? こちらのクラスにまでお前の悪評が聞こえてきたんだが」

「うちも。ほんっきで階級至上主義なんだね、ここ」


 少し前まで自分達もそうだったくせによく言うものだとノアは肩を竦めてみせる。


 クラス分けは留学生同士が被らないように分けられていた。だからルイスともカインともクラスは離れたのだ。


「それにしても、悪評なの? 酷いなぁ。何にもしてないのに、まだ」

「まだって、何かする気なのか?」


 苦笑いを浮かべたルイスにノアは笑って首を振ったが、万が一ノアに何かあれば間違いなくアリスが自主的にゴーして来てしまう。それは絶対に避けなければならない。


 何せノアは元とは言えアリスとシャルルを絶対に会わせたくないのだから!


「ありもしない変な噂流されてるよ。男爵家で貧乏だろうから山入って山菜取って食べてるんだろ、とか、領民と一緒に畑仕事してるに違いないとか」

「大方当たってるね」


 ノアの言葉にカインも言ってから気づいたようで苦笑いをしている。


「ただ容姿は褒められてたぞ。男爵家の癖に不釣り合いな容姿だとか女装しても違和感無い、とか」

「それは褒められてるの? 思いっきり嫌味じゃない?」


 ノアだって個人的にはもっと男らしい顔が良かった! でも、男らしいのはアリスの好みじゃないからセーフである。何でもアリスが第一のノアなのだ。


「まぁでも部屋は近くて良かったよ」

「だよね。今まで通り、放課後はルイスの部屋って事でいい?」

「もちろん」


 そう言って三人は初日に言っていたのだが、生憎まだ一度も集まれていない。理由はルイスとカインに早速取り巻きがついたからである。


 あの二人はメインヒーローなだけあって、やはり華がある。あと、王子と次期宰相というブランドも。だから男子も女子も二人と少しでも近づこうと必死だった。


 その点ノアはいい。男爵家なので誰にも相手にされないから自由に動き回る事が出来るから。


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