第二百話 アランの本気

「そうだ! それからあのスマホを私にもください」

「どうして」

「え? あれは仲間に配られるものではないんですか?」


 キョトンとしたシャルルに、ノアもキョトンとする。


「そうだけど?」

「じゃあ私も貰えるはずでしょう?」

「……君は仲間なの? 最後の敵なんでしょ?」


 どうして敵にわざわざこちらの秘密兵器を渡さなければならないのだ。


「敵ですが、最後に戦うのは私ではない予定なので」

「は?」

「言ったでしょう? 本当の敵は私じゃない。介入者だ、と。今回はこの世界に、シャルルが二人居るんですよ、ノア」

「はぁ⁉」


 どういう事だ? いや、でもそう考えた方がしっくりくる。アリスの会ったというシャルルの印象と、今、目の前に居るシャルルの印象が違いすぎる。


「アリスは私に何度会ったと言っていました? 私は彼女に一度しか会っていませんよ」

「二度だよ! 二度会ってるはず……学園に入る前と、入ってから……」

「ドンを探しに行った時には確かに会いました。そしてヒントも出しました。でも、学園に入る前のは私じゃない。それが介入者です。十六の時の私の姿をした、もう一人のシャルル」

「……」


 ノアは黙り込んだ。確かに変だ。現在のシャルルは二十歳。フォルスでは十五歳で入学して二十歳で卒業だ。シャルルは今年でスクールを卒業するはずである。そんな彼がノアと同級生だと言っても無理がある。


 けれどアリスはそれを信じた。それはシャルルの姿が今よりも幼かったからだ。


「気づきました? あれが本当の敵。あなた達が倒すべき相手です。ちなみに彼の事は私にもよく分かりません。ですが、恐らくアリスと同じような魅了を使い、さらには記憶を混乱させる系の魔法も使うのだと思います」

「どうしてそんな奴ほったらかしてるのか分かんないんだけど?」


 そんな魔法を使うなんて、どう考えても危険すぎる。


「彼の登場は今回が初めてなんですよ。だから私も少し戸惑っています。あちこちで悪さをしてくれてますからね。うちの父に私の振りをしてオピリアを勧めてみたり、父の名を騙ってグランを買収しようとしたり、ああ、メグの一件も彼ですよ。父を薬漬けにして銀鉱山を奪おうとしたみたいですが、ルードに先を越されましたね。ざまぁみろです」


 名前を騙られた事が気に食わないのか、シャルルは皮肉気に笑う。どうやらシャルルもシャルルで色々と立ち回っていたようだ。


「捕まえられないの?」

「難しいですね。彼は介入者なだけあって、このゲームの理から完全に外れている。本物のチートですよ」

「……」 


 出た、チート。何だかよく分からないが、とりあえず強いという認識でいいのだろう。 


 ノアはため息をついて内ポケットからスマホを取り出してシャルルに渡した。


「元々渡す予定だったんだよ。君の事はどうにか仲間に引き入れたかったからね。はぁ……アリスには絶対に手は出さないでね。勝手に電話もしないって約束して」


 ノアの言葉にシャルルはそれはもう嬉しそうに頷いた。


「もちろん! これはもう一つ無いんですか? 私もいつでもシエラと連絡を取りたいのですが」

「無いよ。シエラさんは別に仲間じゃないでしょう? もう少ししたら販売するから、その時に勝手に買えばいいよ」


 つっけんどんなノアにシャルルはフンと鼻で笑った。


「ノアこそ、シエラには絶対に手を出さないでくださいね。彼女は私のですから」

「頼まれても出さないよ。じゃ、僕はもう行くけど、夜にでもその証拠とやらをまとめてちょうだい。向こうに戻ったら対応するから」

「分かりました。あと、今の話は各キャラクター達に話してもらっても構わないので、上手く使ってください」

「分かった。それじゃ」


 そう言ってノアは生徒会室から退室した。どこまでが本当の話なのか、どこからが嘘なのか全く分からない。


 ただ一つだけ分かったのは、シャルルもどうやらシエラ厨だという事だけだった。



 シェーンに向かう道中、アリスはやはり御者台で得意の歌を披露していた。


「す、凄いですね」


 初めてアリスの歌を聞いたアランは目を丸くして言った。それを聞いてキャロラインも頷いている。マリオと執事など、もう目が点である。


「ねぇキリ、あの子、どんどん歌が下手になっていない?」

「お嬢様、一応耳栓を持ってきていますがどうしますか? つけますか?」


 そう言ってミアが差し出した耳栓を受け取ったキャロラインは、それをマリオに渡してやった。さっきから口を開いたまま微動だにしないので、何だか可哀相になってきてしまったのだ。


 そんなアリスを庇うようにキリが言う。


「あれは下手になっているのではありません。お嬢様曰く、アレンジをしているのだそうです」


 最早アレンジの域では到底ないのだが、彼女はアレンジだと言い切るのだ。


 シェーンへは馬車で大体半日ぐらいである。スムーズにいけば、夜には余裕で到着するだろう。シェーンで一泊して、明日の朝に領主に話をしに行く予定だ。


 日が大分落ち、そろそろ夜風が吹き始めた頃、突然アリスの歌が止まり馬車が急停車した。


 その衝撃にキャロラインを庇ったミアが激しく馬車のドアの取っ手の部分に頭を打ち付ける。


「ミア! 大丈夫⁉ 一体何事⁉」

「ミアさん!」

「だ、大丈夫です、ちょっとぶつけただけで。お嬢様、どこにもお怪我はありませんか?」


 そう言って顔を上げたミアのこめかみの辺りから血が流れだしている。それを見てキャロラインは息を飲み、キリがすぐさまハンカチを取り出した。


「ミアさん、血が出ています。これで押さえていてください。外の様子を見てきます。絶対に外に出て来ないでください」

「僕も行きます」


 アランの言葉にキリは頷いて馬車から降りた。そしてすぐに状況を見てゴクリと息を飲む。


 馬車の周りはグルリと黒い覆面をした者達に囲まれていた。馬車の前には仁王立ちするアリスが馬車を守るように立っている。


 キリとアランはすぐさまアリスに駆け寄った。


「お嬢様、どういう状況ですか?」

「私にも分からない。ていうか、どっから出て来たのかも全く分かんなかった」


 気配が全く無かった。このアリスですら、気付かなかったのだ。


 アリスの言葉にキリが頷いた。いつも腑抜けた顔をしているアリスの、こんな顔は珍しい。


 手には今回ノアが許可を出した日本刀が握りしめられている。


「キリ、最悪武器使っていい?」

「もちろんです。どうやら向こうには敵意しかないようなので」

「アリスさん、僕もお手伝いします。もしかしたら、この付近にオピリアがあるのかもしれません」


 アランは自分達を取り囲んでいる黒い者達を見て言った。気配のない覆面軍団は、確実に誰かに雇われている。とすれば、何か見られては困る物がこの付近にあり、それを守る為に誰かが雇った可能性が高い。


「御者さん、ドンブリ、馬車の中に居て。ドンブリはキャロライン様達を守ってね」

「ギュ!」

「ウォン!」


 今にも腰を抜かしそうな御者のお尻をドンが押して馬車に乗り込んだのを合図に、アランが魔法を発動した。


「まずは馬車に結界を張ります。見た所飛び道具はないようなので、空に浮かせておきます」

「お願いします。よしキリ、久々にいっちょ暴れますか!」

「はい」


 アランが魔法で馬車を浮かせたのが合図だった。覆面達が一斉にこちらに向かって襲い掛かってきた。敵の数はザッと見て三十余り。


 アリスはすぐさま体制を低くして持っていた日本刀を抜刀せずに一振りした。その一振りで前衛の者達が腹を押さえて蹲る。それを待っていたかのように彼らの体をアランの氷が打ち抜いた。


 それにアリスもキリもギョッとして振り返ったのだが、そこにはいつもの気の弱そうなアランではなく、精悍な顔をした大魔導士と言っても過言ではない雰囲気のアランが居る。


「アリスさん、キリ君、これは戦争です。いつものように生温い事をしていると、こちらが殺られますよ」

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