第百九十一話 レスターの行き先

「うちで保護しようか? もちろん、王さまが了承すれば、だけど」


 いきなり爆弾発言をノアが落とした。その言葉に皆ギョっとしたような顔をしている。


「だってさ、セレアルは危ない。お城も危ない。王都だって危ないかも。てことは、どっかの領地になる訳だけど、リー君の所はリトさんじゃ守り切れないだろうし、ダニエルに預ける訳にもいかないじゃない。他に目ぼしい領地があるんならその方がいいに決まってるけど、誰が敵か分からないんなら、どこの派閥にも属してない所の方が安心でしょ? だったら、うちの領地がいいかなって思っただけなんだけどさ」

「名案だ! すぐに母さんに話そう!」


 言うが早いかルイスはスマホを取り出して電話をし始めた。


『ルイス、今日はよくかけてくるわね』


 呆れたようなステラの声にルイスは軽く頷いてスマホをレスターに向けた。突然画面に映し出されたレスターを見て、ステラが目を潤ませる。


『レスター! ああ、何てことなの! あんなにちっちゃかったレスターが立派になって……怪我はどう? 具合は悪くない?』


 レスターの顔を見るなりステラは涙ぐんだ。何度セレアルに行っても、ロンドが再婚してからはただの一度も会わせてもらえなかったのだ。化け物だから領民を怯えさせないように幽閉していると言われてしまっては、ステラは何も言えなかった。


 けれど、こんな事になるならばもっと対処しておけば良かったと、心の底から後悔している。


 一方レスターは、今目の前で起こっている事に驚きすぎて口をパクパクしていた。これは何? 自分が知らなかっただけで、いつの間にかこんな物が出来てたの? そう言いたげなレスターに、オリバーがスマホについてこっそり説明してくれた。


「す、凄いね……アリスが考えたの?」

「アリスとアランっすよ。アランは魔力方面で化け物っす」

「皆化け物なの?」

「まぁ、大体は」


 正直なレスターの言葉にオリバーは深く頷いた。それを聞いてリアンが眉を吊り上げる。


「言っとくけど僕達は普通だからね⁉ あいつらだけだからね!」

「う、うん。……凄いなぁ……」


 ポツリと言ってまたスマホを覗き込んだレスターに、まだステラは目を潤ませている。


「レスター、俺の母だ」

「王妃様……」

『嫌だ! 親戚なんだからステラでいいのよ。それで、どうしたの?』

「ああ、レスターの処遇について聞きたかったんだけど、もう決まったか?」

『まだよ。今父さまとロビンが話し合ってるんだけど、なかなか良い所が無くてね』

「そうか! ノアが、バセット領はどうだ? って言うんだが、どう思う? ハンナも居るし」


 ルイスの言葉にステラは一瞬キョトンとして頷いた。


『いいかもしれないわね。ハンナに聞く限り自然豊かな所なんでしょう?』

「そうだな。というよりも、深い森の真ん中にあるんだ。森にはクマや狼がうじゃうじゃ居て、バセット領の人間以外がうかつに近づいたら、間違いなく殺られると思う」


 バセット領に行った時の事を思い出したルイスは、そう言って苦笑いを浮かべた。


「ちょっとルイス、そんなうじゃうじゃ居ないよ」

「いいや、居る。領地内を狼がウロウロしてるなんて、俺は初めて見たぞ」


 その言葉にレスターが固まった。


 セレアルにも狼は居た。毎晩遠吠えをしてはレスターを怖がらせていたのだ。そんな所には絶対に行きたくない。


 けれど。


『まぁ! じゃあ安全かしら?』

「他の所よりは安全だと思う。何せバセット家が収める領地だからな! 領民も皆化け物みたいな体力だった!」

『そうよね。あのハンナも居るんだし、下手したらそこらへんの護衛よりも頼りになるかもしれないわね……ちょっとルカに相談してみるわ!』

「ああ。ちなみに、ノアは構わないと言ってくれている。母さんからもハンナに聞いてみてくれると助かる」

『分かったわ! それじゃあまた連絡するわね。レスター、良かったわね。あなたはこれから、素敵な人生を歩めるわ、きっと』


 そう言ってステラはレスターの返事も聞かずに電話を切った。


 何やらこれからの処遇がどんどん決まって行くレスターは一人右往左往しているのだが、バセット領に預けられるかもしれないという事で皆は揃って安心したように微笑んでいる。


「ねぇ、僕、化け物の所に行くの?」


 化け物は化け物らしく、という事だろうか? 思わずそんな卑屈な事を考えたレスターにルイスは声を出して笑った。


「ははは! お前も意外と口が悪いな! まぁ化け物と言うのはただの仇名のようなものだ。確かにバセット領の者達は体力も身体能力も化け物じみてはいるが、皆気の良い楽しい人達だったぞ。俺もまた行きたいぐらいだからな!」

「……そうなんだ」

「ああ。心配するな。悪いようにはならない、絶対に」


 自信満々にそう言ってレスターの頭を撫でたルイスに、レスターはようやく安心したように頷いた。


 それから数日後、レスターの行き先が決まった。皆が推したように行先はバセット領である。


 何よりも異例だったのは、ステラが直々にレスターをバセット領まで送る事になった事だ。もちろん立場も何もかも伏せての旅ではあったが、ステラは最初は二~三日で帰ると言っていたのにバセット領が大層気に入り、当初の予定よりも一週間も長く城に戻って来なかった。


 心配したルカが迎えに行くと言い出した事でようやくステラは城に戻ったが、それからちょくちょく彼女はお忍びでバセット領に遊びに行く事になるのだが、その度にルカはやきもきするのだった。

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