第百八十八話 咄嗟の機転

 大分昔、アランが言っていた。何でも薬はまずは動物から試すのだ、と。つまり、オピリアももしかしたら最初は動物実験から始まったのかもしれない。そう思うと、腸が煮えくり返りそうだ。もちろん人体実験など持っての他である。


「とりあえず、ルイスは王様にロンドさんに薬物摂取があったかどうかの確認を取って。もう電話もこうなったら解禁だよ。すぐに返事が聞きたいから」


 急かすようなカインにルイスは頷いてスマホを取り出してステラの名を呼んだ。すると、ステラは思ったよりも早く電話に出て、矢継ぎ早にレスターの容体を聞いて来た。遠縁とは言えレスターは親戚で、まだほんの十二歳だ。


「ああ、今は大分落ち着いている。よく眠ってるよ。それより母さん、すぐに父さんに電話を代わって欲しいんだが」

『あら、もう教えていいの?』

「ああ。それどころじゃなくなったんだ」

『……よく分からないけれど、あなた達、危ない事したりしてないわよね?』

「してないよ。それよりも、もしかしたらロンドさんもオピリアにやられてるかもしれないんだ。それを確かめてほしい」


 ルイスの真剣な声に、ステラは何か言いたげに口を開こうとしたが、すぐに頷いた。


『分かったわ。すぐに知らせます。このままで待っていなさい』


 ステラはそう言って部屋に電話を置いたままどこかへ消えてしまった。電話を代わってくれれば話は早いのだが。そう思ったルイスとは違い、カインとノアとリアンは納得したように頷いている。


「流石ステラ様。相変わらず機転がきくねぇ」

「ほんとほんと。流石だね」

「?」


 首を傾げたルイスにリアンは呆れたような顔をして言う。


「まだ早いって事だよ。スマホを王様に見せるのは。それに、王子が聞いたって教えてくれないかもしれないでしょ? でも王妃さまが聞いたら、王さまはきっと話してくれる」

「なるほど。確かに」


 自分はまだ政には関われない。そんなルイスにこんな大事件の話などしてくれる訳もない。


「それだけじゃないよ。王妃様はルイスを守りたいんだよ。君は一度命を狙われてる。裏で手引きしたのが誰か分からないんだから、余計な事に首突っ込んで余計に狙われたら困るでしょ?」


 ノアの言葉にキャロラインは深く頷いた。


「ステラ様は偉大な方よ。私達が学ぶ王妃教育の中には、王と子供を守らなければならない、というのがあるの。妻はいくらでも代わりがきくけれど、王や王子はそうはいかない。だから、いざと言う時は私も、ルイスの盾になるわ」


 強い瞳で言ったキャロラインもまた、そう教わってきた。いかなる時でもその命を持って王と子供を守らなければならないのだ、と。


 けれど、そんな王妃教育を聞いてルイスが声を荒げた。


「そんな事は絶対にさせない! キャロ、絶対にだ! 俺を守る盾になる⁉ 許さないからな! キャロの代わりなど、誰にもなれやしない! 俺にはキャロしか居ないんだ!」


 キャロラインを盾になどしてたまるか! そんな事をするぐらいなら、国など糞くらえだ!


 そんな事を叫んだルイスの耳に、ステラのキャーという声が聞こえてきた。ギクリとしてスマホを見ると、ステラが両頬を手で覆ってニコニコしている。


『ちょっとちょっと! 止めてちょうだい、も~! 何なの? 母様照れちゃうわ!』


 少女のような顔をしてそんな事を言うステラに、ルイスもキャロラインも耳まで真っ赤にして俯いた。恥ずか死しそうである。


『はぁ~うふふ! ふふ! あの泣き虫だったルイスがこんな立派な事を言う様になるなんて! はぁ~……ふふふ』


 何かを噛みしめるようにいつまでもニコニコニヤニヤしているステラに業を煮やしたのか、カインがスマホを覗き込んだ。


「ご無沙汰してます、ステラ様。それで、どうでした?」

『あら! カインも居たの? そうね、結果から言うとビンゴよ。騎士団の中の一人がね、ロンドさんを見つけた時にすぐに気付いたみたい。かなり症状は重いそうよ。既に半分ぐらい意識は無いんですって……ねぇ、あなた達探偵ごっこでもしてるの? なら今すぐ止めなさい。これはあなた達の手に負えるような事ではないわ』


 この国の未来を担う子達だ。ルイスだけではなく、全員がである。それを守るのはステラの役目だ。


 ステラの言葉にカインは黙り込んだ。ズバリ言われてしまうと、何て説明すればいいか分からない。根は素直なカインである。


 そんな中、隣からリアンがひょっこり顔を出した。


「王妃様、お久しぶりです。その節はお世話になりました。王妃様の口添えのおかげで、ジャムはとても好評です」

『あら、私は何もしていないわ! お友達に美味しいのよって配っただけだもの!』

「いえ、そのおかげで、あれからひっきりなしに注文が入るので本当にありがとうございました。それから、僕達は探偵ごっこなんてしていません、ご安心ください。ただ、ルイス王子の話を聞いてもしかしたら? と思ったんです。もしもそうだとしたら、すぐにあの腕輪を用意しなければ。あれはアラン様とアリスさんが居なければ作れないので」


 リアンの言葉に、ステラは手をポンと打った。


『確かにそうね。ごめんなさい、あなた達を疑って。そうよね。オピリアが原因なら、あの腕輪を早急に送ってもらわなくちゃ! カイン、リーンに頼めるかしら?』

「もちろんです! すぐに手配します」

『ありがとう。あとルイス、スマホの事は父さまにはもう少し内緒にしておきなさいね。あの人、絶対に返してくれなくなるもの。それに、絶対に色んな所で話しまくってすぐに噂だけが広まってしまうわ。これの手柄を横取りされたくないなら、販売までは黙っているべきよ』


 そう言ってにっこり笑ったステラにルイスは素直に頷いた。ステラの言う通りである。


『それじゃあ、皆も気を付けるのよ。何か物騒な事が起ころうとしてるみたいだから、一人で学園の外に出たりしないようにね』

「はい。母さんも気を付けて。狙われてるのは俺だけじゃないかもしれないんだから」

『ええ、ありがとう。それじゃあ、またゆっくり帰ってらっしゃい』

「ええ。それじゃあ」


 電話を切ったルイスはカインと顔を見合わせてリアンを思い切り抱きしめた。


「リー君! ありがとう、助かったぞ!」

「ほんとだよ! もうどうしようかと思っちゃった! うっかりほんとの事話しそうになっちゃったよ!」


 二人に同時に抱きしめられたリアンは青ざめた顔をして腕を振り回した。


「も~~~~~鬱陶しい! 大袈裟! くっつかないで!」

「うんうん。リー君の機転は素晴らしかったね。アリス、アラン、一応レスター王子にもつけときたいから二つ、ブレスレット作ってくれる?」


 ノアの言葉にアリスとアランは同時に頷いて、その場でブレスレットを作り始めた。あっという間にブレスレットが出来上がった。それを待ってましたとばかりにリーンの足に取り付けるオスカー。


 リーンが窓辺から飛び立ったのを確認したところに、ずっとレスターの側に付いていたユーゴがやってきた。

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