第百八十九話 アースカラーの瞳

「レスター王子の治療終わりましたよぉ~」


 それを聞いてルイスは立ち上がって顔を輝かせた。


 そんなルイスを見てトーマスとユーゴが顔を見合わせて満足げに頷いている。以前のルイスなら、こんな事できっとこんなにも喜ばなかった。成長している。


「そうか! で、レスターは? まだ寝てるか?」

「いいえぇ~。何でも化け物に会いたいそうでぇ~アリス様、ちょっと一緒に来てくれますぅ?」

「私? なんで?」


 突然名指しされたアリスがキョトンとした顔をすると、ユーゴが苦笑いして言った。


「いやぁ~アリス様の事を化け物って紹介しちゃったんですよぉ~。ごめんなさい」

「ひ、酷くない⁉」

「まぁ、妥当です。お嬢様、これも世の為人の為です。はい、ゴー!」

「ええぇ⁉」


 背中を押されたアリスは渋々ユーゴの後ろに付き従った。案内されたルイスの寝室は、さっきほどのピリピリムードがない。


「お待たせしましたぁ~化け物連れてきましたよぉ~」

「ねぇ! その紹介の仕方何とかなんない⁉」


 憤慨したアリスをどうどう、と宥めて天幕の幕を上げたユーゴ。そこにはさっきよりも随分穏やかな顔をしたレスターが居た。


 レスターはやってきたアリスを見て目を丸くした。どこからどう見ても普通の女の子だ。そこら辺のいわゆる淑女と何ら変わりはない。やっぱりユーゴの嘘だったのか、レスターがそう思った時、アリスがレスターを見てニコっと笑った。


「ど~も~化け物で~す! レスター王子、噂通り綺麗な目ですねぇ~!」


 色々吹っ切れたアリスは腹をくくって化け物として行く事に決めた。どうせリアンにも化け物と言われている。兄と従者にはゴリラだと思われているし、親友からは大地のようだと拝まれるのだ。この際もう何でもいい。


「っ!」


 一番気にしている目の事を真っ先に言われたレスターは、アリスから急いで視線を逸らした。


 そんなレスターの反応にユーゴとレスターの護衛達は慌てているが、アリスだけはそれでもレスターの目を覗き込んでこようとする。


「な、なに? 目、見られるの嫌いなんだけど」

「えー? うわ、見事なアースカラー! すっごいなぁ~」


 アリスは嫌がるレスターの瞳を覗き込んで呟いた。


 レスターの瞳はルイスの瞳よりも薄い青だ。そこにやや緑が混じり、真ん中にはまるで向日葵のようにオレンジ色の虹彩がはっきりと見てとれる。ここまでくっきりと瞳の色が出ているのも珍しい。


「アースカラー? なにそれぇ」


 近寄って来たユーゴがやっぱりレスターの目を覗き込む。そんな二人にレスターはワナワナと震えているが、護衛の誰一人助けようとはしない。つまり、レスターは王子であったとしても、誰からもそんな風に扱われてきたのである。


「レスター王子のお父さんって、目、何色?」

「あ、青だけど」

「うん。で、お母さんはオレンジに近い茶色だったんじゃない?」

「え、絵姿しか見た事ないけど、そう」


 一体アリスが何を言ってるのか分からなくてレスターもユーゴも首を傾げた。


「やっぱり! あー……何て説明すればいいんだろ。あ、そうだ!」


 そう言ってアリスはユーゴに頼んで青いインクとオレンジのインクを持ってきてもらった。ついでに水も。


「見ててね。レスター王子が嫌う目の色は、簡単に言うとこうやって出来てんの。この水が目ね。ここにお父さんの青を一滴。お母さんの茶色を一滴ずつ垂らすでしょ?」


 アリスは水にインクをそれぞれ一滴ずつ垂らした。すると、インク同士は波紋を広げて水の上に広がる。


「普通の人はね、これがこう、全部しっかり混ざるの。ほら、青とオレンジが混ざったでしょ? でも、レスター王子のはこう。しっかり混ざり切らなくて、途中で止まってマーブル状態になってるの」


 それを見たユーゴがレスターの目の色と比べて、ポンと手を打った。


「ほんとだねぇ。おんなじだ」


 そう言ってユーゴがレスターに手鏡を渡してやった。すると、レスターは受け取った手鏡でしげしげと自分の瞳を見つめてゴクリと息を飲む。


 自分の顔を見るなど実に数年ぶりだが、確かにレスターの目は青とオレンジ、そして色が混ざっている所は緑だ。


「すんごい稀少価値の高い珍しい目の色なんだよ。宝石みたいに室内と屋外では光の加減で色が変わって見えたりしてね。両親からの凄く素敵なギフトだよ! おまけに夜光る⁉ ちょ、天才かよ! 羨ましすぎるわ、そんなん!」


 思わず地が出たアリスは勢いあまってレスターの細い肩を掴んだ。


 人間であればありえない現象だが、まぁゲームのキャラクターとして位置づけられていると考えれば納得もいく。何ならアリスにもその設定が欲しかったぐらいである。


 思いもよらないアリスの言葉にレスターは目を丸くして驚いた。自分の目を見て羨ましい? 何故。そんな事を言う人間がこの世に居るなんて、今まで考えもしなかった。


「羨ましいとか、おかしいよ」


 レスターの言葉にアリスは真顔で首を振った。


「レスター王子、暗闇でイノシシと戦った事がありますか? 暗闇で釣りをした事は? ないでしょ? 無いからそんな事言えるんですよ! 一度でもやってみるといい! その時に自分の目のありがたさに気付くだろうから!」


 暗闇で見えないという事が、どれほど心許ないか。レスターは知らないからそんな事を言えるのだ。


 一方、レスターからすればどうして暗闇の中でイノシシと戦ったり釣りをする状況になるのかが分からない訳だが。


 目を白黒させるレスターに追い打ちをかけるようにユーゴが言った。


「言ったでしょぉ~? この子、化け物だって。俺が知ってる限りではねぇ、2メートルぐらいある大男の両腕折った挙句、タコ殴りにしたんだよぉ」

「え⁉ こ、この人が?」

「そうだよぉ。アリス様、はい、これ。割ってみてぇ」


 そう言ってアリスに手渡したのは見舞い品の林檎である。アリスはそれを受け取るなり、まるで赤子の手を捻るように簡単に、カシュ、と顔色一つ変えずに握りつぶした。


「ねぇ、何でこれで私が化け物って事になるの? おかしくない? こんなん兄さまもキリも出来るよ⁉」

「……」

「じゃあねぇ、こっちはぁ?」


 今度は殻付きのクルミを差し出してきたユーゴ。アリスはそれすら、いともたやすく片手で割ってしまった。ついでに中の実は美味しくいただく。もちろん、林檎も後でジュースにする。


「いや、だから出来るって! 誰でも!」

「で、出来ないよ……ね、ねぇ、ほんとにこの人化け物なの?」


 クルミを握りつぶしたアリスを見てレスターはブルブルと震えてユーゴに縋りついた。それを見てアリスは心外だとでも言わんばかりにフンと鼻を鳴らしている。


「化け物だよぉ。言ったでしょぉ~? そのうち人間の頭とか素手で割っちゃうんじゃないのぉ?」


 想像してユーゴもブルリと震えた。ありえないとは言い切れない。


「僕、ずっと化け物って言われてきたけど、全然化け物じゃないかもしれない……」

「そうだよ! 贅沢な悩みだよ、ほんと。いらないならその光る目欲しいぐらいだよ!」

「僕が言ってるのはそっちじゃないけど……あげれるんならあげたいよ、僕も」


 弱くて何も出来ない自分にこんな目がついていたって何の役にも立たない。それならば本物の化け物についてる方が、きっとこの目だって役立つに違いない。


 大きなため息を落としてやっぱり落ち込むレスターを他所に、アリスは何を思いついたのかポンと手を打った。

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