第百八十五話 一難去ってまた一難
そんな事があった夜、ノアは宿の狭いベッドでアリスと寝る事になり、結局いつもの様に明け方にはベッドから叩き落されて、添えつけられていた長椅子で寝る羽目になったノアだったが、昨夜あった事を一部始終キリに話すと、キリは引きつった顔をして言った。
「ノア様、ご愁傷様です」
と。
そんな会話、もうどこからどう見ても恋人同士がするやつではないか! この先もしもノアに恋人でも出来たりしたら、一体アリスはどうなるのだろうか。恐ろしくて想像すらしたくない。これはもう、本当にノアには一生アリスの面倒を見てもらわなければ。
しかし当の本人はまんざらでもない様子で、腰を痛めたにも関わらず喜んでいるので問題はない。このままアリスの事はノアに押し付けておこうとキリは心に誓う。
翌朝、宿を出発した一行はやっぱり昨夜アリスの元気が無かった事を聞いて驚いていた。
ライラなど、大地との意思疎通が図れた! などと喜んでいる。
確かに今日のアリスはいつも以上に迫力のある歌を披露している。という事は何か、アリスは元気が無くてもあれだけ激しいのか。
一時も大人しくしていられないアリスに皆が青ざめた頃、無事にライト家に辿り着いた。
ライリーとローリーに会う為、と言いはしたが、実際にはルードへの報告が主である。
思ったよりもフルッタでの日程が延びてしまったため、泊る事は出来ないと子供達に告げると、予想通り二人は泣き叫んだ。
相変わらずノアとキリから離れないライリーとローリーを隊長アリスが叱りつけて、秘密の約束と合言葉を言い合い別れた所で、ジャケットにライリーとローリーの鼻水と涙をつけたノアがポツリと言う。
「あのさ、僕、一つだけ懸念事項があるんだよね」
「何です? 突然」
ノアの言葉に全員の視線がノアに注がれた。
「実際にゲーム時間が始まったら、どうなるんだろうなってふと思ってさ」
「どうなるって、どういう意味さ」
「いや、過去のゲームの強制力って凄かった訳じゃない? それってさ、キャラクターって呼ばれる人達にも影響するのかな?」
ノアの懸念。それはゲームの強制力である。過去アリスの手記を読む限り、アリスやキャロラインが何かをしようとする度に、事態は悪い方に進んでいた。今回はそれを避ける為にこうして動いている訳だが、実際ゲームが始まったら、攻略対象の気持ちなどはどうなってしまうのだろうか?
「それは、俺達がアリスちゃんを見る目が変わるかもしれないって事?」
「うん。カインやルイスの中で今はアリスは友人でしょ? それがさ、ある日急に可愛く見えたりするのかな? って思って」
ノアの言葉にキリが頷いた。
「どうなんでしょうね。確かにノア様の言う通り、私の中でお嬢様は躾のなってない手癖の悪い猿ですが、それがいともたやすく変わるものでしょうか?」
あの猿を可愛いと思う日が来るか? 自問自答して首を振ったキリに、ノアはめっ! と叱りつける。
「アリスは可愛い! 世界一可愛いよ! でもそれは僕だけが知ってればいいんだよ。でもね、もしもアリスの言うヒロイン補正とやらが働いたとしたら、皆はどうなるんだろう?」
「それは実際になってみないと分からないけど、別に今までの記憶が無くなる訳じゃないと思う。だとしたら、それは一時の気の迷いって奴なんじゃないのかな」
「一時でも迷ったりしたら、僕がちゃんと思い出させてあげるよ。アリスをゴーして。そうだよね。突然記憶が無くなる訳じゃないもんね。それに、今回は皆ゲームの事も分かってる訳だし、問題ないのかな」
そう言って安心したように笑みを浮かべたノアだったのだが、それが大きな間違いだったという事に気付くのは、ゲームの時間軸が始まってからだった――。
夜、へとへとになって学園に戻った一同は、そのまま一直線にルイスの部屋に集まった。
学園に到着する直前に、突然ルイスから部屋に集まるよう電話があったのだ。
ルイスの部屋の前には、腕組をして待っているルイスと、視線を伏せたキャロライン、そして難しい顔をしているオリバーとトーマスが居る。
そんな尋常じゃない光景を見て皆は息を飲む。一体何事だ。
「ただいま。何かあったの?」
カインの問いにルイスは深刻そうに一度頷いて、自分の部屋の中を顎でしゃくって見せた。
「どうしたの? 部屋に誰かいるの?」
「ああ。レスターが居る」
「……え?」
何故ここにレスター王子が? 首を捻ったアリスを見てルイスが大きなため息を落とした。
「襲われてたんだ、既に。しかもあいつら、それを隠そうとしやがった!」
ルイスは怒りを露わにして足を乱暴に踏み鳴らした。その顔には、今まで見た事もないぐらいに怒りが滲んでいる。
「どういう事? 一から説明してくれる? あと、レスター王子の容体はどうなの?」
ノアの言葉にキャロラインが小さく首を振った。
「怪我自体は大した事なかったの。でも、処置されないまま放置されてたみたいなのよ。だから今はとにかく化膿が酷くて。意識もしっかりしてるから、痛がって治療が出来ないの。見てるのが辛くなるほどよ」
いっそ意識を失えれば楽だろうに、レスターは辛すぎて眠る事もままならないらしい。それがもうずっと続いている。
それを聞いたノアが、アリスにそっと耳打ちしてくる。それを聞いてアリスは頷いた。
「私が魔法かけます。痛くないように、よく眠れるように」
真剣な顔をして言うアリスに、ルイスもキャロラインも頷いた。
「頼もうと思ってたんだ。今はどうにかアランの薬で眠らせていたんだが、やはり体への負担が心配でな。アリス、頼めるか?」
「もちろんです」
そう言ってアリスは背筋を伸ばしてルイスの部屋に入った。いつもは皆がくつろぐリビングが、今はユーゴとレスターの護衛達だろうか? 何人かの大人で埋め尽くされている。
「アリス様! お願いできるぅ?」
「うん、がんばる!」
泣きそうな顔をしたユーゴに頷いたアリスは、ルイスに案内されるがまま寝室に移動した。
ベッドには天幕が降りていて姿は見えないが、レスターの苦しそうな息遣いが聞こえてきてアリスは眉根を寄せる。
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