第百八十話 あの人は今・・・

 どうすればいいのか分からなくてどんどん落ち込むレイに、ノアが間髪入れずに言った。


「正直になってみれば? 本当に彼を救いたくて力になりたいのなら、そのジュースもって本気で喜んであげればいいよ。良かったわね! フルッタにも素敵な特産物が出来たのね! って。そして、協力して消しゴム作りをしましょう、って言えばいいんじゃない? その先は君達次第だよ。その提案にジャスパーが乗るか乗らないかも。だけど、少しは事態は好転すると思うけどな」

「そう、かしら」

「そうだよ。ジャスパーは今、悪魔の泉が救世主の泉になったって喜んでるよ。職人たちを集めてジュースを入れる瓶について今も会議してる。外に出て行ってしまった職人たちも呼び戻すつもりみたいだよ。それぐらい舞い上がってるんだ。そこに長年のライバルだった君が、いつもみたいに嫌味を言うでもなく本当に心の底から応援してくれたとしたら、ジャスパーは自信になると思うんだよね。ようやく認められたってさ。そして何かを協力する事で絆は深まる。昨日まではライバルだった君達が、明日からは大切なパートナーになる、かもしれない」


 そう言ってお茶を飲んだノアを、キリとカインは白い目をして見つめ、アリスは目を輝かせて頷いている。


 こういう熱い話が大好きなアリスである。長年のライバルの間にロマンスが生まれるなんて、大好物だ!


 レイはそれを聞いてゴクリと息を飲んだ。ノアの言う通りかもしれない。上手くいかなくても、今よりも悪い事にはならなさそうだ。何故なら、ジャスパーの中のレイの印象は、どうやら最悪のようだから。だとしたら一度ぐらい素直になってみてもいいのではないだろうか。


 その時、目の前に一枚の紙きれが差し出された。


「はい、これ。契約書だよ。よく読んで、いいと思ったらサインしてフルッタに持ってきて。僕達は消しゴムが出来るまであそこに居るから。それじゃ、皆行こうか」

「え? お、おう」

「はい」

「はぁい! じゃね! レイさん、フルッタで待ってるね!」


 こうして、イフェスティオ訪問は幕を閉じた。


 屋敷の外に出ると、そこにはオスカー達と誰かがしゃがみ込んで何かをしている。


「何してるんだ? オスカー」

「ん? あ、お帰り。上手くいった?」

「いや、結果はまだだけど、まぁ大丈夫なんじゃないかな」


 そう言って苦笑いを浮かべたカインにオスカーは頷くと、また地面を見ている。


「で、何してんの?」

「ん? ああ、ほら、硫黄ってこんな風に燃えるんだよって言うのを教えて貰ってたんだよ」

「何だよ、皆で火遊びしてたのか?」

「硫黄! それ、ちょっとだけ分けてもらえませんか?」


 アリスは男の腕をガシっと掴んだ。すると、男は驚いたように顔を上げ、アリスを見てノアを見て、最後にキリを見てお互い声を上げる。


「あ!」

「あなたは」


 キリはその男に見覚えがある。クルスだ。どうやらクルスもそう思ったようで、キリを見るなり立ち上がると、破顔した。


「ビックリした! キリ君じゃないか」

「お元気そうで何よりです。クルスさん。そう言えば次の仕事場は南だと仰ってましたね」

「そうなんだよ! まさかこんな所で君に会えるなんて! それよりも、硫黄が欲しいの?」


 クルスは挨拶もそこそこにアリスに問うと、アリスはコクリと頷いた。


「構わないよ。今丁度その硫黄も含めた廃棄物の処分についてレイさんに話そうと思ってたところなんだ」

「処分しちゃうの?」

「うん。沢山ありすぎて困ってるんだよ。ここは色んな鉱山が密集してるから金属とかの加工工場も多いんだけど、その分廃棄物も多くてね」


 産業廃棄物が多すぎるのがこのイフェスティオの悩みである。ふぅ、と大きなため息を落としたクルスは、ここに派遣されてくるなりこの産業廃棄物の係に回されたのだ。


 しかし、今までずっと鉱山で働いていたがために、何をどうすればいいのかさっぱり分からない状態である。


 困り果てたクルスはレイと直接相談しようとしたのだが、そこでこのオスカー達とばったり出会ったと言う訳だ。そして火薬の何たるかを教え込んでいた所にアリス達が出て来たのである。


 事情を簡単に説明したクルスにキリは頷いた。本当に次から次へと災難の降りかかる男である。


「お嬢様、それらを一手に解決する秘策はありませんか?」


 キリのそんな言葉にノアは驚いた。キリが誰かのためにこんな事を言うなんて、とても珍しい。アリスもどうやらそう思ったようで、腕を組んで考え始めた。そしてふとひらめく。


「クルスさんって、火薬扱えるの?」

「え? うんまぁ。鉱山に入ると硬い岩盤とかは爆弾作って壊していくから扱えるよ」


 火薬を扱うには資格がいる。それはこのルーデリアでもそうだ。火の魔法が使えて、火薬の調合に長けているものでなければその資格は取れない。


 それを聞いたアリスは目を輝かせてポケットから紙と鉛筆を取り出して何かを書き始めた。


「アリス? 何思いついたの?」

「花火! 火薬をね、こんな風に丸めて沢山作って、それを綺麗に大きな型の中に詰めていくの。この配置が花火の形を決めて、火薬の配合の割合で色を決める。で、それをこうやって大きな玉にして、これが入る丈夫な筒に入れて火を点けると……どーん! 打ち上げ花火の完成だよ!」


 色々すっ飛ばした説明をするアリスに、クルス以外が首を傾げた。


「意味分からん」

「僕も」

「私もです」

「僕も。でも、クルスさんもしかして分かってる?」


 ノアが問うと、何かを考え込むように口元に手を当ててブツブツ言っていたクルスが頷いた。


「なるほど、原理は分かったよ。これは爆弾とかではないよね?」

「違うよ。危ないのは一緒だけど、これはあくまでも鑑賞するものだよ。こんな感じでね――」

「これなら確かに大量に廃棄物を消費出来そうだね! ありがとう!」


 打ち上げ花火の原理を簡単に説明したアリスにクルスは頷いて、ノアに清書してもらった紙に色々書き込んでいる。


「それからこの鉛筆っていうのいいね! どこででも書けるのは便利だよ!」

「そうですか? では、私のを一本差し上げます。これも何かの縁でしょうし」


 そう言ってキリが新しい鉛筆を一本クルスに渡すと、クルスは喜んでお礼を言ってキリに、落ち着いたら手紙を書くよ、と言って去っていった。


 そしてこの花火が、イフェスティオの新しい名物になるのだが、それはまだ先のお話だ。


 アリス達はクルスに捨てる予定だった硫黄を分けてもらって、その日の内にまたフルッタに戻った。

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