第百七十八話 どちらが凄い?
「では、自己紹介を。イフェスティオの領主代理、レイ・メイソンです」
「領主代理?」
首を傾げたカインにレイはコクリと頷いた。
「はい。両親は今火山調査で忙しく、とてもではありませんが領地の仕事をしている時間が無いので、その間は私が両親に代わって代理を務めているんです」
「そうなんだ。女の子なのに偉いね」
ふと言ったカインの言葉にレイは一瞬苦々し気に眉を顰めた。
「いえ、皆さんそう仰ってくださりますが、私にはこれが普通なので」
「いやいや、十分凄い事だよ、ねぇ、ノア?」
謙遜するレイにカインの中で彼女の好感度は爆上がりである。そんな訳で思わずノアに同意を求めてしまった。
ところがノアは用意されたお茶を飲みながらちらりとカインを見て鼻で笑う。
「そう? 両親が出来ないから子供がやる。そこに男女関係ないでしょ? レイさんは領地を治めるだけの能力があった。だから治めてる。それだけの話だよ」
「お、お前な! 女の子が頑張ってんのにその言い方はないだろ⁉」
「男の子だって頑張ってるよ。それは当然で女の子なら頑張ってるってなるの? おかしくない? そういう先入観ってさ、色んな事の足引っ張るよ?」
「……」
ノアの言葉にレイは驚いたように目を丸くした。この世界でこんな事を言う人は滅多にいない。大抵の人はレイが領主代理だと言うと、カインのような反応をするのだ。
「あと、言っとくけどそれ、褒めてるようで全然褒めてないからね? ナチュラルに相手の事見下してるんだよ。女には領地を治められるはずがない。それが出来るのは凄いってさ。とんだ上から目線だよね」
「そ、そんな事は……」
「あるでしょ? 最初から女性には出来ないって思ってるからそんな発言が出るんだよ」
「ノア様の言う通りです。誰にでも得手不得手はありますよ。そこに男女は関係ありません。男だから凄い、女だから凄いのではありません。その人個人の能力が凄いのです。それが分からないようでは次期宰相の名が泣きますよ」
はっきりと言い切ったキリの言葉にアリスが頷いた。それを見てカインがハッとした顔をする。
「……そうだね。失言でした、レイさん。決してそういうつもりで言ったつもりはありませんでしたが、申し訳ありません」
素直に頭を下げたカインを見て、レイはさらに目を見開いた。そして慌ててカインに頭を上げさせる。
「あ、頭を上げてください! いえ、そんな風に言ってもらえる事自体が嫌な訳ではありません。褒められるとどんな理由でも嬉しいものです。ですが、先ほどこちらの方が仰ったように、そういう意味で言ってくる方が居るのも本当なので……こちらこそ申し訳ありません」
「いや! 今のは俺が悪い! 何なら気の済むまで殴ってくれてもいいです!」
「と、とんでもない! 次期宰相様を殴るなどとてもとても!」
「じゃあ私が殴ってあげる♪」
「え?」
笑顔で近づいてきたアリスにレイが口を開きかけた途端、アリスはグルリと振り返って次の瞬間にはカインのお腹に思いっきり拳をぶち込んでいた。
「ぐふぅ!」
突然のアリスの攻撃にお腹を押さえて崩れ落ちたカインをキリが冷静に対処している。
「まぁ、今のは仕方ないね」
「はい、殴られて当然です」
まだ蹲っている哀れなカインの背中をキリが撫でてやる。本当ならこれはオスカーの仕事だが、オスカーは外でドンブリの面倒を見てくれているのだ。
一方アリスはと言えば、フンと鼻を鳴らしてソファにドカっと座り込んだ。
アリスは生物皆兄妹を地でいこうとする為、こういう発言は大嫌いなのだ。全ての命に優劣はない。それと同じように雌雄にもまた優劣はないのだ!
ちなみにノアやキリはそこまで考えてはいないが、女の子なのにクマを素手で倒してしまうアリスがずっと側にいるために勝手に女の子も凄いというイメージが植え付けられている。何なら女の子の方が凄いとさえ思っているぐらいだ。
「い、いいパンチだったよ、アリスちゃん。ごめん、目が覚めた……」
しばらく蹲っていたカインがよろよろと起き上がり言うと、アリスはようやく満足したように頷く。アリスは何でも拳で解決する、と言っていたノアの言葉が鮮明にカインの脳裏に蘇った瞬間だった。
「えっと、改めてよろしく。カイン・ライトです」
「……は、はい。よ、よろしくお願いします……えっと……大丈夫ですか?」
カインの顔を覗き込んだレイにカインが苦笑いを浮かべて頷いた。
「大丈夫ですよ、いつもの事です」
「え⁉」
殴られるのが? そんな疑問が顔にまで出ていたのか、カインは慌てて首を振った。
「ち、違いますよ? 殴られるのは初めてですが、このバセット家に助けられるのはしょっちゅうだ、という意味ですよ⁉」
勘違いはしないでほしい。決してカインは常日頃から殴られている訳ではない!
そんなカインの言葉にレイはようやく納得したように頷いてノア達に視線を移した。
「挨拶が遅れました。男爵家のノア・バセットです」
「はじめまして! 妹のアリス・バセットです!」
「ご兄妹なんですね。お手紙をくださったのは……」
「私ですね。バセット家の従者のキリと申します」
「そうでしたか。所で今回の視察というのは、一体?」
何だか初っ端からバタバタしてしまってすっかり忘れそうになっていたが、キリから受け取った手紙には次期宰相と共にイフェスティオの視察をしたい、としか書かれていなかった。
カインはレイの言葉を受けて居住まいを正すと、コホンと咳払いをして話し出す。
「実は、公爵家の令嬢であるキャロライン・オーグの出資で、ここに居るノア・バセットが新しくアリス工房というものを立ち上げたんです」
「アリス、工房?」
「ええ。彼女はとても奇抜な発想で既に数々の物を作ってるんです。それを量産して商品化しようと工房を立ち上げたのが、兄のノア。そしてその話に出資者として名乗りを上げたのがキャロラインだったんですが、キャロラインは常々悩んでいたんです。どうにかして貧富の差を少しでも縮める事が出来ないか、と。そこにノアがアリスの開発した物の商品化をキャロラインにもちかけたのです。キャロラインはアリスの開発した物を見て驚いたそうです。これはルーデリア国内だけではなく、きっと全世界に普及するに違いない、と。需要と供給は必ず増え、それは雇用を増やす事にも繋がるのではないか、そう考えたそうなんです」
「それが、どうしてここへ来る事に?」
「はい。実は、まずはこれを見てください」
そう言ってカインが取り出したのは鉛筆だ。
「? 何です、これは」
「これは鉛筆と言います。この鉛筆の凄い所は――」
カインはキリが用意した紙にサラサラと自信の名前を書き綴った。それを見てレイは驚きのあまり目を見張る。
「ど、どうなっているんですか? 魔法、ですか?」
「いいえ。魔法は一切使っていません。この中央の黒い物。これは黒鉛という鉱石なんです。それを粉にして粘土と混ぜ、焼き上げてこんな風に加工してるんです。木で枠組みを付けたら、このような形になります。この鉛筆の素晴らしい所は、それだけではないのです」
「え……?」
「アリスちゃん、あれ貸してくれる?」
「もちろん。はい、どうぞ!」
アリスはフルッタから持ってきていた生ゴムをカインに手渡した。消えるかどうかの実験をした時よりも乾いているので、前よりは消える筈だ。
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