第百二十七話 それぞれの場所で

「さて、それじゃあ冷めるからご飯食べよっか」


 ノアの言葉に子供達以外は何だか微妙な顔をして食事をしだした。


 アリス達の作った食事はお子様ランチを模した物なのだが、これはザカリーとスタンリーには大変受けた。夜はコース料理でも構わないが、昼はこれぐらいがちょうどいいのではないか。そう言いだしたのはザカリーだ。


「それにしても、これいいね。ちょっとずつ色んな物食べられるのは楽しいかも」


 楽しそうに布団をめくってパスタを頬張る子供達を見ながらリアンが言った。


「琴子時代の産物だよ。お子様ランチって言うのがあったんだ。大人には懐石料理っていうのがあったの。色んな料理が少しずつこうやって一つのプレートとかお盆に乗っててね、ちょっとずつ沢山の種類の料理が食べれるからやっぱり人気だったよ」

「これさ、ツアーの食事にもいいんじゃない?」


 ポツリとノアが言った。その言葉にカインも頷く。


「いいかも。どっか一つの店のだけじゃ揉める理由になりそうだし、一品ずつ色んな店の出し合って、こうやってプレートに乗せてさ」

「日替わりにしてもいいかも。流石に全部の店のは一回じゃ乗せられないし」

「夜もそういうのをやればいいんじゃないか? 立食パーティーみたいにして、好きな物を取ってもらうスタイルにすれば楽しそうだ。それに、その方が一つの店への負担も少ないだろう?」

「せっかくの旅行ですもの。そういう特別感があってもいいわよね」

「そうですね! 非日常ってなかなか経験出来ませんから」


 皆が意見を出し合う中、リアンは一生懸命スマホで文章を打っていた。これを全てダニエルに送るのである。


 一緒に経営しだして分かった事だが、ダニエルは態度があれなだけで、フットワークがかなり軽い。面倒な仕事も結構あっさりこなしてくれるので大変助かるのだ。


 ダニエル自身、最初のアイデアがなかなか出ない、というだけあって、一度アイデアを渡すと、それを良い感じにまとめてくれるのは彼の才能だろう。


 食事を終えたら次はお風呂である。大勢で大きなお風呂に入るというのは初めての経験だった為か、ライリーもローリーもずっとはしゃぎっぱなしだった。


 二人は、昨夜はアリスの部屋に止まったが、今日からはカインの部屋で泊まる事になった。 


 けれど、深夜にローリーが泣き出して結局、両親が戻るまではノアと一緒に眠る事になった。


「なぁ、俺の甥っ子だよな?」


 翌朝、しょんぼりと食堂でそんな事を漏らしたカインの肩を、慰めるようにルイスが叩いた。


「まぁ仕方ない。あの懐きようだからな」


 そう言って視線をノアにやると、ノアは昨日と同じように二人の面倒を見ている。昨日の残りの眠りクマのパンを耳からちぎって食べては喜んでいるのを見ると、ああいうパンも需要があるのだと分かったリアンが、朝からダニエルにビデオ通話をして見せていた。


「このまま行くと、チャップマン商会は凄い事になりそうね」


 苦笑いを浮かべたキャロラインはクマの鼻からちぎって食べている。


「ミアさんは結構思い切りよくいくんですね」

「え?」

「いえ、何でもありません」


 クマの顔を遠慮なしに半分に割ってから食べだしたミアを見てキリが、個性が出る、などとポツリと呟く。ちなみに、カインとオスカーはたとえパンであっても生き物の顔を模した物を食べるのには抵抗があるようで、クマには一切手をつけなかった。


 クマパンが人気が出た事で気を良くしたアリスは、昼食にはカスタードを中に入れて焼いたクリームパンと野菜とお肉たっぷりのサンドイッチを作って、外で皆で食べた。


「昨日からさぁ、こういうの立て続けに止めてくれない⁉ 忙しいんだけど!」


 そう言いながらもリアンはまたポチポチとスマホを操作している。正に嬉しい悲鳴というやつである。


 夕食が終わった頃、ノアの元に一本の電話が入った。


「どうしたの? オリバー」

『っす。とりあえず報告っす。昨日グランに到着して、今はもう宿なんすけど、何て言うか、本当によそ者お断りの雰囲気が凄いっすね、ここ』


 オリバーは昼間、グランに到着した時の事を思い出した。


 ボロボロの辻馬車に乗ってグランに入った途端、あちこちから無数の視線を感じた。決して好奇心などではない、拒絶の視線である。馬車を降りてからもその視線は続き、その視線に耐えかねてドロシーが気分を悪くしてしまったので、とりあえず安宿に入った。部屋は二部屋頼んだが、ガラガラなのに一部屋しか空いていないと言われ、結局今日は二人で一つの部屋に泊まる事になってしまった。

 その事をノアに伝えると、ノアは軽く笑い飛ばす。


「まあ、そうだろうなとは思ってたよ。あそこは本当に閉鎖的なんだ。そういう所なんだよ。だからこそ君達に行って欲しかったんだ。でも危なくなりそうならすぐに戻ってきてね」

『当然っす。俺だけなら別にいいんすけど、今回は無茶はしないっすよ。じゃ、また報告するっす』



 そう言ってオリバーは電話を切った。横ではドロシーがスマホで一生懸命何かしている。


「メッセージ打ってるんすか?」


 コクリ。


 ダニエル達にもちゃんと到着した事を伝えねば! 昼間はドロシーが気分が悪くなってしまったせいで今日はほとんど何も出来ずに終わってしまったが、明日からは頑張りたい。オリバーにそう伝えると、オリバーは笑ってドロシーの頭を撫でた。


「別に無理しなくていいんすよ。期限がある訳でもないし、ゆっくりでいいんす」


 コクリ。


 笑顔で頷くドロシーを見て、オリバーもまた微笑む。


 最初はこんな小さな女の子と旅するなんて! などと思っていたが、案外上手くいきそうだ。



 その頃、昨日からリアンとドロシーからのメッセージがひっきりなしに届くダニエルもまた、大忙しだった。


「ちょっとエマ、わりーんだけどイラスト描いてくれねーか?」

「いいよ。あんた何でも器用にこなすだけど、絵だけはまるで駄目だもんね」

「しょ、しょうがねーだろ! そんなもん描く時間なんて無かったんだよ!」


 そう言ってリアンから送られたたメッセージを見せると、エマとマリーの解読班によってイラストになっていく。それを見て食器を作る会社に連絡を入れるつもりなのだ。


「これは食器? 変な形」

「でも、小分けに色んな物が食べられるのは嬉しいわ」

「懐石料理って言うらしいぜ。これをツアーに組み込みたいらしい」

「ツアーって、あの旅行のやつ? でもさ、料理を沢山作らなきゃならないなら、その方が面倒なんじゃないの?」

「いや、そうでもねーよ。色んな料理屋から一品ずつ提供してもらうらしい。そしたら色んな料理屋が一斉に儲けられるだろ?」

「なるほど~。よく考えられてるんだね。あと、さっきのクマのパンは可愛かった!」

「私、中にクリームが入ってるのが気になるわ。どんなクリームなのかしら? ドロシーが帰ってきたら作ってあげたいから、ダニエル、レシピを聞いておいてくれる?」

「いいぜ。うちの商会は甘い物好きな奴が多いし、皆の分も頼むよ」

「ええ、任せて!」


 ダニエルの言葉にマリーは華が綻んだように笑って頷いた。それを見てエマも嬉しそうに言った。


「マリーの夢の第一歩だね」

「夢?」

「あ、そっか。ダニエルは知らないよね。マリーの夢はね、お菓子を作って色んな人に食べてもらう事なんだよ。ね?」

「ええ。子供っぽい夢だって思うでしょ?」


 恥ずかしそうに笑うマリーにダニエルは真剣な顔をして首を振った。


「いいや、マリーには向いてると思う。よし、このクリームパンはマリーに任せようか。それこそラーメンみたいな売り方をしていこう」

「え⁉」

「いいんじゃない? 来た時だけ買える、マリーお姉ちゃんのクリームパン! クマの中にクリームが詰まってるパンなんて、誰も食べた事ないよ!」


 エマが手を叩いて喜ぶと、マリーは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに力強く頷いた。


「やってみるわ! ダニエル、レシピ、聞いておいてね!」

「分かった」


 ダニエルはその場でアリスにその旨を伝えると、アリスはすぐに詳しいレシピを送ってくれた。丁寧にクマのパンの作り方も送ってくれたので、翌日のおやつの時間には皆で試食をする事が出来たのだが、流石はアリスのレシピ。食べた事のないパンに商会の皆はあっさりと虜になっていた。


「卵と砂糖と牛乳と小麦粉だけでこんなもんが出来るんだな……」

「私も作ってみて驚いたわ。どれも身近にあるものばかりだもの。でも、コツがいるってアリスさんが言ってたけど、確かにもっと改良出来そうな気がする。ダニエル、また作ってみてもいいかしら?」

「もちろん。良い商品になるように試行錯誤するのを止める理由もないだろ。なぁエマ?」

「そだね。マリー、足りないものあったらいつでも言って。仕入れてくるから!」

「ありがとう、二人とも。でも大丈夫よ。その役はフランさんがやってくれるって言ってたから。明日、ちょっと町に行って色々見て来るつもりなの。エマも行く?」


 嬉しそうにそんな事を言うマリーに、エマは慌てて首を振った。フランは絶対にマリーをデートのつもりで誘ったに違いないのだから、そんな所に着いて行ける訳がない。


 翌日、無事にマリーとのデートを終えたフランは、その後もしばらくずっと上機嫌だったのは言うまでもない。

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