第百二十六話 お子様ランチ

「そんな訳だから、兄貴達の籍は全部こっちに移しちゃうからね。うちの領地で良かったよね?」

『もちろん。ありがとう、カイン、ノア君、それとルイス君も』

「俺は特に何もしていないが……」


 シュンと項垂れたルイスを見てルードは柔らかく笑った。


『ルイス君、仕えたいと思う王は、君のような王なんだよ? 君は何もしなかったんじゃない。むしろずっとしていたんだ。カインやノア君のやる事を止めない。それこそが君の王の資質という奴だと俺は思うよ。だって、信頼していなければ、元フォルスの間諜とルーデリアを裏切った元宰相の息子を呼び戻すなんて事、絶対に許せないだろう?』

「そ、それは、カインの兄上だし、それはもう俺の兄上でもあると思うから……」


 モゴモゴとそんな事を言うルイスに、ルードは噴き出した。


『うん、君は絶対に良い王になれるよ。誰かの家族が自分の家族のように思えるのは素晴らしい事だ。利己的な人間には、決して出来ない事なんだよ。だからもっと自信を持っていい』

「そ、そうか! 聞いたか、ノア!」

「聞いた聞いた。そのまま頑張ってね」

「お、お前という奴は……」


 適当な返事のノアとがっかりするルイスを見てカインとルードが笑った。ふと見ると、ルードがようやくちゃんと笑えてる事に気付いて、何だかカインは泣きそうになる。


「兄貴、最後に一個だけ。今、幸せ?」


 その言葉に、ルードは見た事もない茶目っ気たっぷりの笑顔で頷いた。


『もちろん、と言いたいけど、ようやく心の底から幸せを堪能出来そう、が正しいかな。あと、ワガママを言えば娘が欲しいなってぐらい』

「なんだそれ!」

『ははは! うちも男兄弟だし、孫も男の子しか居ないから、ここに女の子が居たら最高じゃない? 絶対親父が喜ぶ』

「言えてる。もう家に帰してくれないかもね」

『それは困る!』


 こんな風に軽口を言い合うのはどれぐらい振りだろう。多分、あの時以来だ。電話ではどこかよそよそしかった理由が分かった今、カインはその事に気付いて、笑ったせいで涙が出たと嘘をついて目尻を拭った。


 そして、この後しばらくしてメグが三人目を妊娠したというめでたいニュースがカインの元に届くのだが、それはもう少しだけ先の話である。


 翌日はライリーとローリーにとって、朝から大変な一日になった。何せ生まれて初めての両親の居ないお泊りである。しかもルードとメグは子供達に何も告げずライト家に先に向かってしまったのだ。寂しくないはずがない。


 しかし、そんな事を思い出させる暇もなく次から次へと色んな事が起こる。いつの間にか二人は、両親が留守だという事すらすっかり忘れて、今も低い位置ではあるが空を飛ぶドンに夢中になっていた。ドンの背中にはレッドがまたがり、地上にいるライリーとローリーに手を振ってくる。


「ライリー、ローリー、いつかドンちゃんがもっと大きくなったら、私達も背中に乗せてもらおうね!」


 アリスの言葉にライリーとローリーは、それはもう嬉しそうに頷いた。


「乗せてくれるかな?」

「ドンちゃんどれぐらいおっきくなるの?」


 口々に質問を投げかけて来る二人に丁寧に答えていくのはアランだ。


 夕方になると、ルードに頼まれていたお勉強の時間が始まる。


 イーサンに頼んで教室を貸してもらい、カインが先生役をやって後は皆生徒役だ。とはいえ、ここにアリスとキャロラインとライラは居ない。三人は何やら朝食の後に色々話し合い、子供達の為のメニューと称して、小食の子でも食べられるメニューを考案しに行ってしまったのだ。


 その事について席についたキリは言った。


「お嬢様にこそ、この授業は受けて欲しかったですね」

「言えてる。あ、でも待って。また変なキャラブレするかもよ?」


 一瞬納得しかけたように頷こうとしたリアンだったが、すぐに思い直す。


 ライラの話では、あの催眠術のせいなのかは分からないが、あれからもアリスは授業になると眼鏡をかけておかしくなるのだそうだ。別に眼鏡をかけるだけなら誰にも迷惑はかからないが、おかしなキャラブレ設定まで復活するらしく、毎度教師が戸惑うらしい。その度にライラが事情を聞かれる羽目になるとかならないとか言っていた。


 カインの授業が始まり、皆が競ってカインに質問を投げかける。それを端から捌くのは、流石、毎度学年一位の男の成せる技である。


 そんないつもと違う授業にライリーとローリーもまた、競うように質問するようになった。皆と同じように楽しそうに手を上げるライリーとローリーは、この日を境に勉強の仕方が変わったと、後にルードが語った。


 夕食は朝とは違って皆で揃って食べた。長期休暇中はほとんどの生徒が家に帰るので、従者食堂は閉まっているのだ。


 あの学園改革後の初めての従者食堂の閉鎖に、朝、従者たちはこぞって困り果てていた。それもそのはずである。閉められる事を忘れていた従者達が、自分達のカードを従者食堂に置いてある事もすっかり忘れていたのだ。


 そんな時、キリが率先してルイスのカードを借りて一番いい食事をここぞとばかりに頼んでいたのを見て、従者たちはある種の尊敬をキリに抱いたのは言うまでもない。


 食堂の一角を占領して席についた一同は、料理が来るのをまだかまだかと待っていた。


 アリスに事前にライリーとローリーの分は自分達が作るから、何も頼まないでくれと言われていたので、特にこの二人は一体何が出て来るのかとソワソワしていた。


 やがて、食堂にアリスとライラとキャロラインが姿を現した。アリスとライラの手には真四角のプレートが持たれている。


「おっまたせ~! 特製お子様プレートだよ~」

「お待たせしました。はい、召し上がれ」


 アリスとライラが二人の前にプレートを置くと、皆がそれを覗き込んで感嘆の声を上げた。


 特に子供たちは目を輝かせる。四角いプレートは縦と横がそれぞれ三段に分けられていて、一番下の段だけが仕切りが無い。上の六つの仕切りの中にはそれぞれ少しずつおかずが入っていて、一番下の段にはパンで出来た眠るクマの頭が横たわっている。クマには薄く焼いた卵の布団が掛かっていて、布団の中にはパスタが詰まっていた。


「おにいちゃん! パパとママにでんわしてもいい⁉ みせてあげたい!」


 感動したローリーがそう言うと、カインは、もちろん、と頷いてスマホを貸してやった。


 スマホの使い方をすっかり覚えているローリーは、スマホを受け取ってすぐにルードに電話をし始める。しばらくすると、電話が繋がりメグが映し出された。


「ママ―!」

『ローリー? どうしたの? 寂しくなったの?』


 何せ初めて子供達とこんな長時間離れるのだ。メグは既に少しだけ寂しくなっていた。だからきっと子供達もそうに違いないと思ったのに――。


「ううん、ちがうー! みて、これー! かわいいのー!」

『?』


 画面に映し出されたのは、寝そべるクマの……顔?


『これはなぁに?』

「パンだよー! アリスちゃんたちがつくってくれたー」

「ローリー、ちょっと貸して! あのね、僕達のご飯を皆が作ってくれたの! それだけ! それじゃあバイバーイ」

「ばいばーい!」

『え? ちょ、まっ』


 プツン。


「お兄ちゃん、ありがとう」

「ありがとー」

「お、おう」


 スマホを受け取ったカインは複雑な顔をしている。それを見ていた人達も唖然としていた。朝はあんなにも泣いていたというのに、この変わり様である。子供は恐ろしい。


「ま、こんなもんだよ。僕にも覚えがあるなぁ」


 そう言って遠い目をしたのはノアだ。どうやらメグのような事がノアにもあったらしい。とはいえ、別に本当に寂しくない訳ではないのだ。どうせまた突然思い出してビービー泣くのも分かっている。

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