番外編 Happy New Year! 1『バセット家のお正月』2『ドンブリの華麗なお正月』3『最初の太陽は、いつも君と』

☆バセット家のお正月


 ノアは、読んでいた本を閉じて大きなため息を落とした。


 あれ? この件はもしかして? そう思った方も多いのではないだろうか。そう、ついこの間、雑巾の日もこんな事があったからだ。あれからまだ数日。


「キリ、来るよ、地獄のあの日が」

「はい。もう覚悟はしています」

「そう……ただ、今年はアリス、思い出してるからね。それが吉と出るのか凶と出るのか」

「どちらにせよ、お嬢様の部屋からおかしな音と不気味な笑い声が聞こえてくるので、腹は括っておいた方がいいか、と」

「……だね」


 毎年、年が明けると行われるバセット領の一大イベント。そう、バセット領全員参加の隠し芸大会だ。


 今年、アリスは演目を直前になって変えた。エアリアルとタコと言う何かよく分からない演目に。エアリアルはアリス一人で出来る予定だが、タコの方はよく分からない。よく分からないが、アリスは言った。ノアとキリに。


「協力してね、二人とも!」


 と、物凄い笑顔で。これはもう、絶対に碌な事をしないに決まっている。


 学園は休暇中だ。大概どこの家でも年始に向けて女子ならばドレス選びや装飾品を新調するのに時間を費やすが、そこは流石アリスである。ドレスや宝石には目もくれず、今日も朝から森に入って木を切り出してきていた。一体何をするつもりなのか、今から不安でしょうがないノアとキリである。


「ノア坊ちゃん、今年のスキヤキは二日で構いませんか?」


 談話室で本を読んでいたノアの元に、ハンナがやってきて言った。ノアは閉じた本を仕舞いながら頷く。


「構わないよ。珍しいね、いつもは一日なのに」

「それがねぇ、何だかお嬢が今から張り切ってまして。おせち料理? とか何とか言うのを作るって」

「おせち料理?」

「ええ。お正月は皆休む日なんだ! とか何とか言ってアーサー様に許可を頂いて一日は全員何もしない日になったみたいで」

「何も……しない日。出来るの? アリスなんて何もしないがそもそも出来ないのに」

「どうでしょうねぇ。まぁそんな訳なので、一日は何もしませんので、ご自分の事はご自分でよろしくお願いします」


 こんな事を言うメイドがいるだろうか? いいや、居ない。


 けれど、ノアもキリもハンナは母親代わりなので、黙ってそれに従った。それに元々バセット領では誰も彼もが大概自分の事は自分でするので問題ない。


 その時、ノアのスマホが鳴った。相手はカインだ。


「はぁい」

『ノア! ちょっと、ちょっと見てくれ!』


 そう言ってカインは嬉しそうにスマホをビデオ通話に切り替えて、だだっ広い広場を映した。そこに何やら黒い影がフヨフヨと浮いている。その下を何かが駆け回っているのが見えるが、遠すぎてちょっとよく分からない。


「なに? 何か飛んでるのは見えるけど」

『ドンだよ! あいつ、あんな所まで飛べるようになってさ! こっち来てからずっと屋根から飛び降りながら練習してたんだけど、とうとうあそこまで行けるようになったんだよ!』

「へぇ、凄いね。頑張った頑張った」

『お前、もうちょっと感情込めろよ! 卵から出て来てこんな飛べるようになって! 俺、何かちょっと感動しちゃってさ。今日、うちはドンのお祝いパーティーの準備で大忙しなんだよ』


 そう言って嬉しそうに言うカインの後ろでは、オスカーとロビンがドンをめちゃくちゃに褒め称えているのがさっきからちょいちょい映り込んでいる。


「……そうなんだ。まぁ、もうちょっと優雅に飛べるようになったら教えて。あ! あと、あんまり高級な食べ物与えないでね! 好き嫌いしだしたら困るから!」


 気分はすっかりお母さんだが、まぁドンブリは楽しそうだから良しとしておく。


 本当はこちらに連れて戻る予定だったのだが、ロビンにどうしても、と直接頭を下げられてしまって、結局ドンブリはライト家でお世話になる事になった。


 電話を切ったノアに神妙な顔をしてキリが言う。


「ライト家で預かってもらって良かったです。ドンブリまで隠し芸に参加しだしたら、それこそカオスですから」

「まぁ、ドンは居るだけで隠し芸だけどね。何せドラゴンだし……さて、そろそろアリスの様子見て来ようか」


 ノアは苦笑いしつつアリスの部屋をノックすると、中から木っ端にまみれたアリスが顔を出した。


「兄さま! ちょうど良かった。ちょっと手伝って!」

「え? な、なに?」


 腕を掴まれて部屋に引きずり込まれたノアを見て、キリはそっと扉を閉めて胸に手を当てる。


「ご愁傷様です、ノア様」



 そしていよいよ恐怖の隠し芸大会の日、今回も色んな演目があった。


 長い梯子の上で逆立ちして見せて周りをヒヤヒヤさせた者や、どれだけの数の鶏を一度に自分に止まらせる事が出来るか、などと実にしょうもない隠し芸まで様々だったが、中でも凄かったのは櫓の上からロープを体に巻き付けてグルグルと降りて来るという演目だった。


「何か、どんどん水準上がってない?」


 観覧席で見ていたノアが言うと、隣でキリも呆れたような顔をして頷いている。


「何でも、皆の目標が隠し芸大会ではなく、いつの間にか打倒お嬢様に代わっているようです」

「ああ、なるほど。皆もいい加減気付かないと……お猿さんに人間は勝てないよ……」

「全くです。そしてその猿の出番ですよ、次が」

『さて! 続いては今年も相変わらずの一強、アリス・バセットォォォ!』


 そんなアナウンスが流れたと同時に、ノアとキリも立ち上がる。


「はぁぁ、行くか」

「……はい」


 一体何をやらされるのか。聞いた時、ノアは絶句した。もちろんキリも。


 もしもここに師匠が居たなら、さぞかし喜んだ事だろう。


 ノアとキリは席を立って会場裏でいそいそと準備をするアリスの元に向かった。一体どこから入手してきたのか、体にピタっとした衣装に身を包んで準備万端である。


「あ! 兄さま、キリ、合図したらあれ巻いてね!」

「それはいいけど、ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫! 出来る!」

「お嬢様、いつも思うんですが、どうしてこんな計算だけは完璧に出来るんですか?」


 どう考えてもはるかに勉強よりも難しい計算なのに、こんな時だけアリスはやたらと計算が出来る。意味が分からない。


「それは私にも分からぬ! しかし、何故かピンとくるのだよ! さて、じゃ、行ってきま~す!」


 自信満々にステージに上がって行ったアリスの後ろ姿を見ながらノアは足元に置かれたふっとい縄を巻き取る為のリールを見てため息を落とす。


「万が一落ちてきたら、頑張って受け止めようね、キリ」

「即死しますよ、俺達二人とも」

「気合いだよ!」

「無理です。お嬢様に感化されないでください」

『さて! お嬢、今年は何するんです⁉』

「今年はエアリアル! からの!」

『からの⁉』

「アリス、飛びます!」

『な、何だか分からんが今年も凄そうだぞ!』


 うおぉぉぉ! 領民達が湧いた。何だかんだ言いながら毎年楽しみにしている領民達である。完全にお猿さんの一芸を楽しみにしている状態だ。


 ノアとキリはアリスの言う通りぶっとい縄がついたリールを持って所定の場所に移動した。


「誰も止めないのがこの領地の凄い所だよね」

「皆、ここが普通の領地だと思ってるので仕方ないんじゃないですか? かく言う俺も隣の領地に行った時にあまりの領民たちのよそよそしさに驚いて、戻って来て領民達の厚かましさに驚いたので」

「実は僕も、学園に入ってよその領地の話聞いて驚いたんだよね。ていうか、そもそも皆林業とか畑耕したりしないのか~って」

「まぁ、お嬢様みたいな突飛な人間も居ませんしね」

「言えてる」


 そんなアリスは今、エアリアルの真っ最中だ。しなやかについた全身の筋肉は、まるでネコ科の猛獣のように美しい。


 二本の長い布を屋外のステージからぶら下げ、その二本の布を体に巻き付けたり足に巻き付けたりして踊りポージングをする様は遠目でも圧巻だった。


「へぇ、綺麗なもんだね」

「まぁ、確かに。ですが、布はもうちょっと何とかならなかったんですかね……何故ペイズリー」


 何故あえてその柄を選んだのかと言いたくなるほどの布の柄がキリの中の美意識を苛立たせる。どうせならああいう所にもこだわって欲しいと思うが、きっとお小遣いが足りなくてあの柄になったんだろうなと思うと切ない。どう考えてもクリスマスに散財しすぎだ。


 やがてエアリアルが終わり、アリスはそのままステージの屋根にスルスルと上って行ってしまった。そして、準備が出来たのかアリスは背中に真四角の大きな何かを背負ってこちらを向いてパチンと可愛らしくウィンクしてくる。どうやら、巻けと言ってるらしい。


「いくよ、キリ」

「はい」


 事前にレクチャーを受けたノアとキリは、力の限り巻いた。アリスは早さが勝負だと言っていたので、勢いよく二人でリールを巻いた。と、その時、ステージの方から大歓声が巻き起こる。

 なんだ? と思って振り返ると、アリスは大空を飛んでいた。


「……」

「……」


 聞いてはいたが、まさか本当に飛ぶとは。


 いや、それよりも、あれはどうやって降りてくるのだ?


 とりあえずアリスが風に乗って舞い上がったのを見るなり、リールをしっかり固定してノアとキリはステージに戻った。


 ステージ下では皆空を見上げている。


「こりゃ今年もお嬢だなぁ」

「いや、もう勝てないっしょ、あれには」

「お嬢に勝つか、人間辞めるか、だよ」


 口々にそんな事を言いながら皆は空を見上げている。


「アリス~! どうやって降りて来るの~?」


 ノアがヒヤヒヤしながら叫ぶと、アリスはこちらに向かって手を振ってくる。


「は、離さないで! 手は離さないで! 怖いから!」

「!」


 心臓がいくらあっても足りない。本気で。滅多な事では動じないノアとキリだが、アリスの前ではそうは言っていられない。


「こうやって降りるよ~~~~~~!」


 そう言ってアリスは腰に巻いていたロープを外し始めた。


「な、何やってんのーーーーーー!」

「あの馬鹿、正気ですか……?」

「だいじょうぶだよ~~~! そ~~~~れ!」

「アリス~~~~!」

「⁉」


 あちこちから悲鳴が上がる中、思わず両手で顔を覆ったノアと唖然とするキリの頭上を、アリスはスイ~っと横切っていく。


「……へ?」

「……」


 唖然とする領民達とバセット家の頭上を大きく旋回するアリスの背には、さっきの四角ではなく、三角の何かが張り付いている。どうやら、それを使って空を舞っているらしい。


 皆がハラハラしながら見守る中、アリスはゆっくりと旋回しながら広場に着陸して、最後のポージングを取るが、皆呆気に取られすぎてもう声もない。


「あれ? ウケなかった?」


 広場の中央で首を傾げるアリスに走り寄ったノアは、迷わずアリスの頭にゲンコツを落とす。


「このバカ! 何やってんの! ビックリするでしょう⁉」

「ち、違うもん! 琴子時代にこういう遊びがあったんだもん! ちゃんと航空力学に基づいて設計したもん!」

「訳分かんない事言わないの! はぁぁ……久しぶりに変な汗かいた……」

「キャロライン様が見たらショック死しかねませんよ、お嬢様。分かったら二度としないでください! 二度と!」

「……はぁい」


 大技は成功したが、こってりと絞られたアリスは、今年もまた他をぶっちぎって優勝をもぎ取ったのだった――。


 家に戻ってアリスはノアとキリにパラグライダーというアクティビティについてひとしきり語り、絶対に安全な所から飛ぶという事で二人の了承を得てその後、学園でパラグライダーの披露してついでにパラシュートのレクチャーもした事でキリの言う通りキャロラインを卒倒させ、琴子時代のアクティビティは全面禁止になるのだが、それはまた別のお話。



☆ドンブリの華麗なお正月。



 ライト家に預けられたドンブリは、年末から年始にかけて天国を味わっていた。


「キュキュキュキュキュキュ(ここが天国か!)」

「うぉん(多分!)」

「キュキュッ! キュ(やっぱ! だよね)」


 ドンはおやつのジャーキーを抱えて言う。そんなドンにブリッジは尻尾を低い位置で揺らした。


「うぉうぅぉ(太るわん)」

「キュキュウ!(レディーに向かって!)」

「うぉんうぉん(だって、ほんとの事だわん! ドンずっと食べてるわん!)

「キュキュキュキュユ~?(ブリッジもでしょ~?)」

「うぅぉん(だって、ご飯美味しいわん)」

「キュキュキュ!(分かる!)」


 二人は向かい合ってがっしりと手を取り合った。


「……カイン、暇なの?」

「え?」

「いや、ドンブリの声に合わせて声当ててるの、凄く怖いんだけど」

「いや~……何て言うか、あいつらずっと食ってるなぁ~って思って。何か……ペットは飼い主に似るって本当だなぁ~って」


 良く食べて良く寝て良く遊ぶドンブリは、まんまアリスだ。


 ドンブリはそんなカインとオスカーの会話を聞きながら思っていた。言葉を当ててくれるのは構わないが、全然違うなぁ、と。


 本当はこうである。


「キュキュキュキュキュキュ(やっぱり推しはノア君だよね)」

「うぉん(キャロ一択)」

「キュキュッ! キュ(マジで! ウケる)」

「うぉうぅぉ(キャロ美人)」

「キュキュウ!(ノア君も美人だよ!)」

「うぉんうぉん(男って時点で無し。キャロ一択)

「キュキュキュキュユ~?(てかキャロしか言ってなくない?)」

「うぅぉん(だって、逃げ惑うの可愛いんだもん)」

「キュキュキュ!(それは分かる!)」


 こんな感じで実際はかなり上から目線な話をしているのだが、人間たちはいつだって全く気付かない。


 いや、アリスだけはちょっと気付いてる。この間、二人で話してたら「案外俗っぽいね~」と真顔で言われた。ちょっとだけ怖かった。そういう意味でもアリスは二人のボスである。


「キュキュウウ(お腹減った)」

「うぉんん(今食べてんのに)」


 そう言ったドンのお腹が鳴った。その音を聞いてカインとオスカーが笑う。


「食べてるのにお腹鳴るってどんだけ!」

「本当にアリス様ですね。ちょっと早いですが、ご飯にしましょうか」

「キュキュ! キュキュッキュキュキュ!(やった! お腹鳴らした甲斐あった!)」

「うぉう⁉ うぉうぉう!(わざと⁉ かっけー!)」


 こうして、毎日毎日俗っぽい話をしながらたまに運動して食っちゃ寝した結果――。


「何か……ドンブリ太った?」

「太ったね」

「太りましたね。おやつ抜きましょう」


 学園に戻り久しぶりに会った三人に、容赦なくおやつ抜きの刑を言い渡されたのだった。


「! ……キュキュ? キュキュウキュ?(! ……そんな速攻で? 嘘だよね?)」

「うぉう⁉ うぅぉぉぉん?(えぇ⁉ 嘘でしょぉ?)」


 猛抗議した二人に、アリスはクルリと振り返り、笑顔で言う。


「嘘じゃないよ。ちゃ~んと、分かってるんだからね!」

「……」

「……」


 やっぱり、アリスは怖い。




☆最初の太陽は、いつも君と



 リアンは寒いのが苦手だ。ちなみに暑いのも苦手だ。春と秋は好きだけれど、夏と冬は苦手。だから冬は極力外には出たくない。


 でも、婚約者のライラは違う。暑いのも寒いのも温いのも全部好きだ。だからいつも、こうやって結局外に連れ出される羽目になる。


「リー君、あっちのお店にね、こんなちっちゃいウサギの置物があったのよ!」

「へぇ」

「ちっちゃすぎて思わず聞いちゃった! どうやって作ったんですか? って」

「ふぅん」

「そしたらね、すっごく丁寧に教えてもらえたの! 凄く良い方だったの!」

「そうなんだ」


 別にライラとのショッピングが楽しくない訳じゃない。大体小さい頃からこんな感じなのだ。ライラが一方的にリアンを連れまわし、一方的に喋りまくる。リアンはいつもそれに相槌を打つだけ。ずっとこうだったから、考えた事も無かった。本当は、ライラがどう思っていたのかなんて。


 年末にかかってきた一本の電話。相手は何故かルイスだ。


『リー君、もう少しちゃんとライラと話をした方がいいぞ』

「急になに?」

『いやな、キャロ経由で聞いたんだが、ライラが最近リー君との関係について、何か思い悩んでいるらしい』

「え? てか、なんでお姫さま経由?」

『アリスから年末の挨拶があったらしい。その時にライラが何か悩んでるみたいだって聞いたらしいぞ』

「ふぅん。分かった。教えてくれてありがと」


 そう言って電話を切った矢先、今度はアランからビデオ通話があった。


『リ、リアン君! ライラさんと別れるって本当ですか⁉』

「はぁ⁉」

『さっきアリスさんから電話があったんですが、ライラさんが凄く思いつめてるみたいだって』

「……そんな予定ないんだけど……」


 これ以上自分から低い声は出ないんじゃないかと言う程の冷たい声に、誰よりも自分が一番驚いた。意識した事は無かったけれど、自分の中でライラの存在は思っていたよりも相当大きいようだ。

 いつになく不機嫌なリアンの声にアランは、たじたじと言う。


『そ、それならいいんです。もしも何か困ったら言ってくださいね。とっておきの薬を用意しておくので!』

「怖いよ! どんな薬作る気⁉ ていうか、アリスって言った? あいつ……何変な事言いまわってんの?」

『ですが、女心と秋の空というぐらい女子の心は変わりやすいようですから、いくらよく知っている相手とは言え、気をつけた方がいいですよ?』

「それは……うん、ありがとう。もしかして、わざわざそれで電話くれたの?」

『ああ、いえ。アリスさんが皆に年末の挨拶をして回ってるって聞いて、何かいいな、と思いまして。今年は色々ありましたが、来年もよろしくお願いしますね、リアン君』

「! こちらこそ、ありがと。来年もよろしくね」


 何だか改まって言われると照れるが、確かにいいかもしれない。思わず笑ったリアンを見て、アランも笑う。


 しかしそう思ったのは一瞬だ。


 電話を切ってすぐにアリスに電話した。これ以上あちこちに言いふらされたら敵わない。


『もっしも~し! リー君ってば、次かけようと思ってたのに! さてはエスパーだな⁉』

「……」


 電話して一発目ですぐに電話を切ろうとしてしまう相手なんて、恐らくアリスしか居ない。そう思わせる程イラっとしたが、小さな咳払いをして話出した。


「ていうかあんたね、あっちこっちで変な事言わないでくれる⁉」

『変な事? ああ、ライラの事? 全然変じゃないよ! ぜ~んぶほんとの事だもん! 別れるとか絶対止めてよ⁉ カップリング厨の私からしたら、ライラとリー君も推しなんだから!』

「言ってる意味の半分も分かんないけど、そんな話一切出てないから!」


 スマホを握りつぶしそうな勢いで叫んだリアンに、アリスはふふんと鼻で笑う。


『そんな事言って、さては私に何か妙案が聞きたくて電話してきたな⁉ よし、教えてあげよう。愛の伝道師アリスに任せてくれたまえ!』

「ねぇ、いっつも思うんだけどさ、ちょっとは人の話聞かない? 何かあんたと話してると色々不安になってくるんだけど」


 これと毎日話してるノアとキリはどっかおかしいのだろうか? それとも、ただ忍耐強いだけなのだろうか?


『やだ、ちゃんと聞いてるよ! だって、私はライラの味方だもん! ライラの悩みをアリスがズバっと解決するよ! メモの準備はいいかね⁉』

「いや、だから……はぁぁ……いいよ、なに?」


 これはもう諦めた方が早い。そしてライラが本当にアリスに何か相談したというのは本当のようだから、聞いておいた方がいいかもしれない。


『あのね、一月一日の日の出をね、二人で見てその年の豊富を言うと、良い事あるよ♪』

「……へぇ」


 このクソ寒いのに? よりによって一番寒い明け方に外に居ろと? 死ねと?


『言っとくけど! 迷信じゃないからね! 心新たに一年を迎える、大事な儀式なんだから!』

「はいはい、ありがとありがと。ライラ誘ってみるよ」

『うん! たまにはちゃんと話してあげてよね! あ、あと来年もよろしくね~』

「あんまりよろしくしたくないけど、まぁ、よろしく」


 そう言って電話を切ったリアンは、スマホを持ったまま迷った。このままの勢いでライラを誘うか、それとも一晩寝かせるか。結局――。


 気がつけば一年の最後の日になっていた。ライラはスコット家にとっくに戻ってしまった。とはいえ、スコット領は隣なので、馬車を使えば三十分もかからない。


「でもなぁ……」


 リアンは窓の外に視線を移してため息をつく。外は雪だ。これでは馬車はもう走れない。


 馬車で三十分という事は、徒歩だと結構かかる。この雪の中を行く? 徒歩で?


「それは嫌だなぁ……」


 そう思うのに、コートを取りに行く自分が居る。どうしてだろう。寒いのは嫌いだ。暑いのも嫌いだ。それなのに、どうしてこんなに迷うんだろう。


 リアンは防寒着を着込んで、部屋でのんびりしていたリトに言った。


「ちょっと、ライラの所、行ってくる」

「は⁉ 外、凄い雪だよ?」

「うん。でも、行かないと多分後悔するから」


 視線を伏せてそんな事を言うリアンにリトは何か察したように頷く。


「……分かった。その代わり、スマホはちゃんと持って行くんだよ? 何かあったらすぐに電話するように!」

「分かってるよ! もう子供じゃないんだから」


 そう言って家を出たリアンは、ちゃんとまだ自分が十四歳の子供だという事は理解している。それでも、子ども扱いされるのは嫌だ。大人と子供の境目の、一番色んな事に揺れる時期なのだ。


 けれど、歩き始めてすぐに後悔した。何度も何度も帰ろうと思った。それなのにそれは出来なかった。一度ライラに会いに行くと決めると、不思議なもので、どんどん会いたくなってくる。


 毎日毎日ルイスがキャロラインに会っているにも関わらず、ちょっと離れたらキャロラインに会いたいと言っているのを見て、何言ってんだ、なんて思ってたけど、もしかしたらこういう気持ちなのかもしれない。


「さむ……ヤバ、手の感覚無くなってきたな」


 足の感覚は既にとうの昔になくなってる。でも、手まで痺れてきたのはマズイ気がする。こんな時、アリスならどうするだろう? 何て言ってたっけ? 


『寒くて手がかじかんだらね~腕を上下にこう、振るといいよ! 遠心力で血の循環が良くなるんだよ~。あと、指先とか手のツボ押すのもいいよ!』


 ふと、そんな事を言っていたのを思い出して腕を上下に振ってみた。しばらくすると、指先が温まってくる。


「こわ……」


 冗談半分で聞いていたが、どうやら正しかったようだ。リアンはそれから指や掌を押しながら歩いた。


 どれぐらい歩いていただろう。ブルーベリー収穫のおかげで舗装された道を延々歩いていると、向こうの方から声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げると、泣きそうな顔でこちらに向かって走ってくるライラが見える。


「ライラ⁉ なんで!」

「リーくぅん! よか、良かった! ぶ、無事だった!」


 肩で息をしながら走ってくるライラは、途中で何度も転んだのか、コートが雪まみれになっている。


「バカ! なんで来たの!」

「バ、バカはリー君だよ! 危ないじゃない! おじさんに聞いて心臓止まるかと思ったんだから!」


 珍しく眉を吊り上げて怒るライラを見て、リアンは何だか怒っているライラには申し訳ないが、少しだけ嬉しくなってしまった。


 でも、次の瞬間後悔する。


「心配、かけてごめん。でも、どうしても会いたくて」

「え……?」

「だから! 会いたかったの! ライラに!」


 そうなんだ。結局、リアンはライラに会いたかったのだ。どんなに言い訳しても、たとえアリスの助言が無くても、やっぱり結局こうやってライラに会いに来てたに違いない。


 それを聞いて勢いあまって抱き着いて来たライラを受け止めたリアンは、ライラをギュっと抱きしめる。


「わ、私もリー君に会いたかった! でも、あんまり心配させないで!」

「うん、ごめん。ライラ冷たい」

「な、何回も転んじゃって。ごめん」


 体を離そうとするライラを抱きしめたまま、リアンは笑い出した。


「あはは! もう、なんなの」

「?」

「や、ごめん、何か急におかしくなってきて。帰ろ。寒い!」

「うん!」


 こうして二人はそのままライラの家に向かった。


 ここまで来るのはとてつもなく遠く感じたのに、隣でライラがいつものように一方的に喋ってるだけで、何故か時間はあっという間に過ぎていく。


 やがてライラの屋敷に辿り着いたリアンとライラはジョンソンにこっぴどく叱られ、二人してゲンコツを食らってしまった。これもまた、いつもの事だ。悪い事をしたら二人とも連帯責任で叱られる。何だか懐かしくて、リアンはまた笑ってしまう。


 結局リアンはそのままスコット家で食事をとり、今日はスコット家に泊る事になった。


 明け方、リアンはこっそりライラにメッセージを送った。寝ているならしょうがない。そう思いながら。


 でも、ライラは起きていた。こっそり部屋を抜け出して、手にはしっかりコートを持ってリアンの部屋にやってきたのだ。


「朝日、見るんだよね?」

「何で知って……あいつ?」

「うん。リー君からきっとお誘いがかかるから、暖かい恰好して待ってなさい! って言われた」


 それを聞いてリアンは大きなため息を落として苦笑いを浮かべる。


「どこまで世話焼くつもりなんだろ?」

「多分、どこまでもじゃないかな。アリスだから」

「……だね。じゃ、行こ」

「うん!」


 こうして、二人はうっすら白んで来た朝日を見る為に屋敷をこっそり抜け出して、スコット家の裏にある丘に登った。そこに持ってきていたシートを敷いて二人肩を寄せ合って座る。


「ところでライラ、何か悩んでるって? ちゃんと言ってよ。僕、そういうのよく分かんないんだから」


 リアンが言うと、ライラは困ったように笑った。


「あ、うん……その……リー君、もしかしたら私と居るの楽しくないのかなって……」

「なんで?」

「だ、だって、いつも私ばっかり喋ってるでしょ? だからちょっとだけ心配に……なっちゃって……ほら! 先に好きになったの、私だし! だから、リー君気を遣ってるのもって」


 最後の方はモジモジと言うライラに、リアンは首を傾げた。


「どっちが先とか関係なくない? 僕は気を遣って誰かと婚約なんてしないよ」

「……でも」


 ライラの答えを聞く前にリアンは手袋を外してライラに手を差し出すと、ライラは首を傾げながら自分も手袋を外しておずおずと手を重ねてくる。


 リアンはそんなライラの指の間に自分の指を絡め、そのままポケットに入れてそっぽを向いた。


「ライラが一番僕の事よく知ってるでしょ? 僕は楽しくなきゃ付き合わない。暑いのも嫌いだし、寒いのも嫌い。だから好きじゃない人と、こんな事しない」

「!」

「言っとくけど! 僕だって気付いてなかっただけで、多分ずっとライラの事好きだったよ。でないと、あんなにライラの婚約について怒らないでしょ」


 自分でも大人気なかったと思う。ダニエルとライラの婚約が決まった時、リアンは真っ先にライラを責めたのだ。どうしてすぐに断らなかったんだ、と。今思えば、あれはヤキモチだったのだろう。


「そ、それは……そうかも?」

「そうなの! ほら、太陽出て来たよ」


 リアンが言うと、ライラは視線を上げて歓声を上げた。


 本当に、ライラは何でも楽しむし喜ぶ。昔から、それは全然変わらない。


「わぁぁ! 綺麗ね、リー君!」

「そだね」


 そして、いつもこうやって同意を求めてくる。だからいつもリアンは思うのだ。そんな風に素直に喜べるライラがいいな、と。いつまでもずっと、こういうライラで居てほしいな、と。


「来年も、また見に来る?」

「こっそり?」

「もちろん、誰にも内緒で。僕とライラの秘密」

「うん! ずっと?」

「うん、ずっと」


 リアンとライラはしばらく朝日を体を寄せ合って眺めていた。


 ポケットの中でしっかり繋いだ手が、じんわりと温まってくるまで、ずっと――。



                          ハッピーニューイヤー!




※明けましておめでとうございます!

ささやかなお年玉、いかがでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいてもらえたら嬉しいです♪

今年がどうか、あなたにとって素敵で素晴らしい一年になりますように!

そして、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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