第百十九話 ライト家の習慣+おまけ『孫を待つ祖父のように…』

 翌日の昼、オリバーとドロシーは待たせていた馬車に乗り込んだ。昨夜遅くまでマリーとエマと話し込んでいたというドロシーは、まだ目を擦っている。


 ドロシーはどうやらスマホのメッセージ機能を使って会話する事を覚えたらしい。その為に毎晩、桃と二人で字の勉強をしていたというのだから驚きである。


「それじゃあ、行ってくるっす。毎日ダニエルに電話するんで、よろしくっす」

「おう。ドロシーもいつでもメッセージを送ってくれ」


 コクリ。


 メッセージを覚えたドロシーが、意外とおしゃべりだった事を知った一同は、今から既にドロシーからのメッセージを楽しみにしている。


「桃! ドロシーの事お願いね! オリバーとしっかり守ってやってね!」

「私からもお願いするわね。桃ちゃんも気を付けてね」


 ビシリ。マリーとエマからの言葉を受けて桃が敬礼すると、皆満足げに頷いた。


 こうして、オリバーとドロシーはノアの計画通り、チャップマン商会を出発したのだった。



 さて、学園の方でもある人達の到着を皆で今か今かと待ち構えていた。そう、カインの兄一家だ。


 部屋にはルイスとカイン、そしてリアンが居た。他の者は皆、ご馳走を振舞う為に大忙しなのだ。部屋に残されたのは、身内のカインと料理に関しては全くの役立たず二人である。


 ふぅ、と小さなため息を落としたルイスは、ノックの音に急いで立ち上がった。返事をすると扉がゆっくり開き、入ってきた人物を見て目を丸くする。


「カ、カインがもう一人……」


 いや、正しくはカインをそのまま大人にした感じの人、が正しい。これはすぐに血縁者だと分かる。目をまん丸にしてルードを見つめるルイスに、ルードは苦笑いを浮かべる。


「お初にお目にかかります。カインの兄のルードと申します。この度はお招きいただき、家族一同、嬉しく思います」


 半笑いで礼をしたルードを見て、ルイスはとても王子とは思えないような態度だ。


「ああいや、えっと、そうだ! その、父があなたにした仕打ちは本当に申し訳なく、ああ、いや、違う! こんなんじゃないんだ。何て表現したらいいのか、その」


 テンパるルイスにリアンが呆れたような目で言った。


「王子、落ち着いて。ほら、お茶飲んで。それからまずは自己紹介でしょ?」

「あ、ああ、そうだった。ルイス・キングストンです。この度は遠路はるばるお越しいただき」

「何か固くない? 俺の兄ちゃんだよ。そこまで畏まらなくても――」

「第一印象は大事だろうが!」

「いや、もう第一印象最悪だよ、多分」


 リアンの意見にカインは肩を震わせて頷く。それを見てルイスが愕然とした顔をしているから我慢できず、とうとうカインは噴き出してしまった。


「ねえ、もう面白すぎるから止めて! 兄貴、ルイスとリアンだよ。リアンはこう見えても男の子で、チャップマン商会の社長の片割れだよ」

「ああ! 君が!」

「ちょっと、その変な紹介の仕方止めて。初めまして。リアン・チャップマンです。以後お見知りおきを」


 そう言って名刺を取り出すリアンに、ルードは驚いた。


「ダニエル君に会ったけど、君もしっかりしてるねぇ」

「いえ、僕なんてまだまだです。聞けばお兄さんはペットグッズの専門店をされているとか。今後軌道に乗ったら、その時はよろしくお願いいたします」


 そう言って丁寧に頭を下げたリアンに、ルイスとカインまで目を丸くしている。普段はあんなにも乱暴に突っ込んでくるのに、何だ、このお外用リアンは!


「いや、こちらこそよろしくお願いします。ちょうど何点か作品を持ってきたので、また後で見ていただけたら――」

「兄貴、商談は後にして! そう言えばメグとライリーとローリーは?」

「ん? ああ、学園に到着するなり厨房に攫われていってしまったよ」

「え?」


 ルード達が学園に到着するのを待っていたのは、何もカイン達だけではない。その証拠に、学園の門の前で待ち構えていた少女達にルード一家は連れ去られそうになった。


 経緯を説明したルードにカインは呆れたような顔をしている。


「そういう訳で俺だけがこっちに来たんだよ。ところで、ドンブリちゃんは? イエローは?」

「皆厨房に手伝いに行ってるよ」


 それを聞いた途端、ルードは立ち上がりカインに視線を送ってきた。目だけで厨房に案内しろと言ってくるあたり、やはりこの兄もライト家の一員である。そう思ったのはカインだけではないようで、リアンもルイスも同じような顔をしていた。


「やっぱあんたの兄ちゃんだよ」

「姿かたちも似ているが、中身もそっくりだな。そう言えば宰相も常にジャーキーを持ち歩いているもんな」


 学園に入学する前に何度も見た光景だ。ロビンがポケットから小鳥の餌やら犬のジャーキーやらを取り出していたのは。


「え? これ、普通でしょ?」


 そう言ってルードもポケットからジャーキーを取り出す。それを見てカインは頷いた。


「普通じゃないから! それ、ライト家だけの風習だからね!」


 最初こそ余所行きリアンだったが、やはりカインの兄だと分かった途端、この態度である。そんなリアンにルードは肩を揺らして笑うと、カインの頭を撫でた。


「いい友達が出来たみたいだね。俺が心配するまでもなかったみたい」


 幼少の頃のカインを一人置いて行ってしまった事をルードはずっと後悔していたけれど、電話をするようになり、友人の話を聞くようになってカインには信頼できる友人が出来たのだと安心する事が出来た。そして、その友人達を目の当たりにしてルードはようやく心の底からホッとしていた。


「心配なんてしなくていいって言ったじゃん。俺は俺でちゃんとやってるよ、って」

「そうだけどね。やっぱり俺の中ではカインはあの頃の小さい泣き虫カインのままだから。ルイス様、リアン君、今後ともカインをよろしくね」

「こちらこそ末永くよろしくお願いします。それと、俺はカインの友人です。だから敬称はいりません。カインや他の皆と同じように扱ってくれると嬉しく思います」

「僕も呼び捨てでいいです。きっとお兄さんとも長い付き合いになると思うので、チャップマン商会共々、よろしくお願いします」


 二人は揃ってルードに頭を下げた。そんな二人を見てカインは何だか胸の中がムズムズしてくる。恥ずかしいのか嬉しいのか、何とも言えない気持ちだ。


「分かった。何だか弟が一気に増えたみたいで嬉しいなぁ!」

「あ、先に言っとくけど、今から厨房行くけどビックリしないでね。この二人はまだ友人の中でも大分まともな二人だけど、あとの人達は癖が強いから」

「分かった、覚悟しとく。さ、ドンブリに会いに行こう! 案内してくれる?」


 本当に分かったのかどうか怪しいルードだが、とりあえず百聞は一見に如かずである。





おまけ『孫を待つ祖父のように…』



「そろそろか?」

「ルイスー、それ何回目? まだだよ」


 昨夜遅くにルードから、家を出たよ、という連絡があってからというもの、ルイスはずっとこの調子である。


「そうか。なあ、菓子類はこれでいいか⁉ 男の子二人なんだよな⁉」

「鬱陶しいなぁ、王子は。孫を待つおじいちゃんみたいになってんじゃん」


 さっきからソワソワと落ち着かないルイスに、先に部屋で待っているカインとリアンが苦笑いを浮かべる。


「リー君、おじいちゃんは言い過ぎだろう!」

「いや、リー君の意見に俺も賛成だね。とりあえず座んなってば。ほら、落ち着いて、おじいちゃん」

「そうそう。ちゃんと孫達来るから。もうちょっと我慢しましょーねー」

「お前たち、俺をからかってないか⁉」


 二人に肩と腕を押さえつけられたルイスは、渋々ソファに腰を下ろした。


「ところで他のみんなは?」

「今ラーメン作ってくれてるよ。キャロラインが率先して、私が麺を打つ! って」

「あの人もどんどんおかしな事になってない? 大丈夫?」


 一生関わる事など無いだろうと思っていた王子と次期宰相に王子の婚約者だが、最近バセット家に毒されすぎだと思うのはリアンだけだろうか。


「面白いからいいんじゃない? 何だか楽しそうだしさ」


 今のキャロラインを見ていると、今までどれほどまでに自分を押し殺していたのかが分かる。


 いや、もしかしたらキャロライン自身にもあんな部分は知らなかったかもしれない。


 それはカインもだ。あんなにも苦手だったノアが今は純粋に頼もしいと思えるし、一緒に作戦を考えるのも楽しくて仕方ない。


 ノアは以前カインに言った。欲しいのは仲間なのだ、と。その仲間に自分も入れていると思うと、何だか胸が熱くなってくる。そして気づいた。自分もまた、仲間が欲しかったのだ、と。


 カインの言葉にリアンは真顔で頷く。


「ライラもアリスと付き合いだしてから随分楽しそうだよ。フリーズする事も無くなったし」


 最近ライラが全然フリーズしないのでそれとなく理由を聞くと、ライラはこう答えた。


『そうねぇ……多分、アリスと比べちゃうんだと思うの。アリスのしでかす事に比べたら、私の悩みなんてちっぽけね、って。天災と比べるのはちょっとおこがましいかもしれないけど』


 そう言って頬を染めたライラに、リアンは思わず『あれでも人間だからね!』と突っ込んだのは言うまでもない。


 けれどライラにとっての初めての友人は、ライラの人生観を変え、生き方を変えた。ライラが実はおっとり系毒舌家だったと知ったのも随分最近の話だ。まあ、それは今の所アリス限定のようだが。


「良い方に変わるんなら何でもいいよ。というか、バセット家の前では恰好つけても取り繕っても無駄でしょ?」

「言えてる」


 カインとリアンが納得して頷き合っていると、またルイスが立ち上がった。


「そろそろ来ると思うか⁉」

「ああ、おじいちゃんの発作がまた」


 憐れむようなリアンにカインは噴き出しながらルイスをソファに推し戻す。


「はいはい、おじいちゃん、座りましょうねぇ」

「くっ! おじいちゃんじゃない!」


 最近はめっきり弄られ役に徹しているルイスだが、腹の中ではルカのしでかした事をどうすれば償えるかをずっと考えていた。


 自分はルカではないし、もしかししたら謝る必要もないのかもしれないが、何に対しても誰に対しても真摯な態度をとるキャロラインを見ていると、いつの間にか自然とそう考えられるようになっていた。宝珠で見た自分はあまりにも傲慢で醜く、自分自身に絶望したのだ。決めるべき所はしっかりと決めるが、自分だけの意見になってしまわないように、あの宝珠のような自分になってしまわないように気を付けている。そんなルイスにトーマスはきっと気付いていて、何も言わないが、最近トーマスがルイスを見る目が何だか優しい。


 幼い頃からずっと側に居てくれたトーマスがそんな目をしてくれるのなら、きっと今のルイスでいいのだ。それに、今は間違えれば道を正してくれる婚約者と友人達も居る。


 ルイスはいつか王になるけれど、それでも一生、キャロラインと友人たちの手は離さないと誓うのだった。




※ここまで読んでくださってありがとうございます!

今年は、何とも言えない一年でしたね。今日で今年は終わりですが、来年は状況が少しでも回復するよう祈りつつ、体調などくずされないよう、ご自愛ください。


そして、今日はこの後1月1日0時にもう一本、ささやかですがお年玉番外編を一本上げる予定です。

年始に是非、温かい部屋でほっこりしてもらえたら幸いです。

それでは、よいお年をお迎えください!

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