第百三話 ここに居る人達、多分皆、どっかおかしい

「いい匂いだな!」

「じゃあ、次期王様に一番に試食してもらいましょう。これは一番スタンダードなラーメン、塩です。食べ方は本当はすするんだけど、きっとそれじゃあ流行らないだろうから、フォークで食べるといいと思いますよ。あ、ちなみにスープも飲んでみてくださいね!」

「そうか。では、いただきます」


 ルイスはフォークで麺をすくってまずは一口、口に運んだ。その瞬間に目をカッと見開く。 


 ゆっくり噛むと麺からほんのりした小麦の甘味も感じられるが、その麺に絡んだスープの味が、得も知れないハーモニーを織りなしている。何よりもこれは癖になりそうだ。冷え切った体に染みわたる熱に、ルイスはホゥと息を吐く。


 気づけばルイスは夢中になってラーメンを食べていた。終始無言でラーメンを食べ続けるルイスを見て、皆が期待の目をアリスに向ける。


 アリスは全員に行き渡るようにラーメンを作った。色んな味を作って、色んな意見が聞きたいと思っていたのに、皆配られたものを無言で食べてしまっていて、結局誰にも味の感想は聞けなかった。


「アリス、これはいけるよ。で、これを保存食に出来るの?」

「うん、出来るよ。乾燥させて乾麺にしたら、一~二年は大丈夫。スープは兄さまお気に入りのコンソメスープの粉末と同じ作り方で出来る!」

「画期的で美味しいですね。スープもあるのなら、それこそ手軽に調理も出来ますし」


 味噌ラーメンを食べながらアランが言う。よほど気に入ったのか、スープまでしっかり飲み干していた。


「なるほど。じゃあ麺は乾燥させるのに適した地方に相談して、製麺工場を作るのが早いかもしれないね。スープの件はコンソメスープの所にお願いしてみよう。出来たラーメンはチャップマン商会で売りさばいてもらうとして、その前にまずは麺類を普及させないと」


 ノアは既に食べ終わった醤油ラーメンの入っていた器を指さして言った。


「それなら任せときな。麺は生の状態で保存出来るんだろ?」

「出来るよ。生の状態でも冷蔵しといたら一週間ぐらいは大丈夫」

「……凄いね」


 リアンがポツリと言った。パンではこうはいかない。同じ小麦粉から作られるものだというのに、この差は一体何なんだ。


「じゃあまずは大量生産だな。スタンリー、明日ちょっと皆で麺作るぞ」

「了解っス。俺、この豚骨めっちゃ好きっスわ」

「俺は味噌だな。お嬢、こんだけか? こっちの粉は何なんだ?」


 小麦粉よりも少しだけ黄色い粉を指さしたザカリーにアリスがポンと手を打った。


「こっちも小麦なんだけど、小麦の種類が違うの。デュラム小麦って言って、普通の小麦よりも固いんだよ。それを粗く挽いたのがこの粉! パスタにするの。こっちは多分、女子が好きだと思うな」


 そう言って同じような作業を繰り返して今度はパスタを作る。そして一番簡単なカルボナーラを作って振舞ったところ、やはり女子達が喜んだ。


「アリス! 私、これとても好きだわ!」

「私もです! チーズの風味がたまりません」

「ラーメンも美味しかったけれど、これもいいわね。味付けはこれだけなの?」


 口々に話し出す仲間たちにアリスはマル秘レシピノートを机の上に広げた。


「いいえ! ラーメンもパスタも、私が覚えてる限りこれだけのレシピがあります! そしてアレンジもОKの優れものなのです!」


 ノートを覗き込んだ一同はそのレシピの多さに息を飲んだ。これは凄い。これだけのレシピがあれば、一気に食の質が上がる。何よりも麺は手軽である。保存もそこそこきくのなら、すぐに一般家庭に根付くだろう。


「早速明後日から食堂で出せるようにしとくな」

「ありがとう! ザカリーさん!」


 これで飢饉対策一歩前進である。色々と課題は残るが、とりあえず麺に慣れてもらうのが一番先決だ。


「こうなってくると、本気で早く会社立ち上げた方がいいかもしれないね。キャロライン、もしかしたら近いうちにお願いするかもしれない」

「ええ、大丈夫よ。手配するわ。ところでオリバー、大丈夫? さっきからずっと顔色が悪いわよ?」


 ラーメンをすすっていたオリバーがキャロラインの声に顔を上げた。


「や、逆に何でそんな普通なんすか? この小麦の食べ方は、恐らく歴史を変えますよ?」

「? だって、アリスだもの。こんなの序の口よ?」

「そうだな。アリスだからな。こんなので驚いていては、これから大変だぞ?」


 キャロラインとルイスに諭されたオリバーは、頷く一同を見て青ざめた。ラーメンは大変美味しい。美味しいが、それとこれとは話が別である。


 ふと視線を感じてザカリーとスタンリーを見ると、何だか可哀相な子を見るような目をして頷いているので、この二人もまたオリバーと同じ想いをしているのだと分かった。


「分かるぞ。言っちゃなんだが、ここに居る人間は何でも受け入れるのが早すぎるんだ」

「そっス。この人達、多分全員どっかおかしいんス」


 二人の言葉にオリバーはしみじみ頷くと、残りのスープをぐちゃぐちゃになった感情と一緒に飲み干した。


 翌日の夕食に、早速ラーメンとパスタが追加された。最初は半信半疑だった貴族たちは手を付けなかったが、従者達の方で先にラーメンとパスタが流行りだし、さらに翌日の昼には貴族たちの間でもちらほらと麺類を食べる者が現れた。


 日替わりで味付けが変わる麺類は、あっという間に広まり寒い季節に手っ取り早く温まれるのも良かったのかもしれない。


「お嬢! ちょっと手の空いた時に麺作りにきてくれ! 手が足りねぇ!」


 ザカリーがそんな事を言い出すほど、麺類は徐々に浸透していった。今では教師達や学園の使用人達までもが麺類を注文する始末である。


「アリス、明日からザカリーさんのお手伝いに行くんだって?」

「うん。何かね、全然麺が追い付かないんだって。ドンブリは既にお手伝いに行ってるみたい」

「え、あの二人に何か出来るの?」

「うん、麺を踏む工程を手伝ってるみたいだよ。ドンちゃんは手伝ったらラーメンもらって、ブリッジはチャーシュー分けてもらってるんだって」


 手伝うとラーメンとチャーシューがもらえると気付いた二人は、あれから毎日気づけば厨房に手伝いに行っている。そしてお腹いっぱいになって倒れた所を、ザカリーとスタンリーに抱きかかえられて戻ってくるのである。ついでにその時に何が一番よく出たかを聞いている。それをノアがマメにメモっているのだ。


 ノアはメモを見ながら口元に手を当てて考え込んだ。


「この感じだとやっぱり味噌と醤油がよく出てるね。あっさりとさっぱりのちょうど中間のが出てるって事か。まずはこの二つを流行らせたいんだけど、アリス、何か手っ取り早く流行らせる方法思いつかない?」


 ノアの言葉にアリスはう~んと首を捻った。琴子時代を思い出してみるが、なかなかいい案はない。

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