第百四話 世界を救うのは、主力商品にあり!
「よう! 約束通り来たぜ!」
「ちょっとダニエル! あんた一応部外者なんだから、もうちょっと遠慮してくんない⁉」
扉が開いたかと思うと、ダニエルとリアンが部屋に雪崩れ込んできた。後ろからオロオロした様子でライラが遠慮がちに顔を出した。
「お、お邪魔します。ごめんねアリス、突然来ちゃって」
「ライラ! いいよ! キリ、皆のお茶お願いします」
「もうやってます。どうぞ、先ぶれも無しにようこそいらっしゃいました」
いつも通り淡々とした態度のキリだったが、お茶をテーブルに置くときにいつも以上に乱暴に置いた事で、キリが少し怒っているのが分かって、アリスは思わず姿勢を正した。
「サンキュ! で、用って何だよ?」
キリのそんな態度にも全く気付かないダニエルは大物なのか無神経なのかは分からないが、ソファに腰を下ろして入れたてのお茶を飲んで一息つく。
「それにしてもここは寒いな。まだセレアルの方が暖かかったな」
海に囲まれた出島にあるフォスタースクールは海風が直に吹き付けてくるので寒い。ダニエルはお茶のカップで手を温めながらそんな事を言うと、アリスが突然電話し始めた。
「あ、もしもしザカリーさん? あのね、豚骨ラーメンって今、一つ作れるかなぁ? うん。うん。大事な商談に使うの。無理? そこを何とか! この商談で麺類の明日が決まるんだよ!」
「誰に電話してんだ?」
「学園のコック長だよ。ダニエルに来てもらったのは、新しい商品が出来そうだからなんだ」
「新しい商品? つうか、ジャムで既にてんてこまいなんだけど?」
今、国中のあちこちからジャムはまだか、という問い合わせが相次いでいる。それを捌くのに人員が明らかに足りないのである。そこに新商品などが来たら、それこそ違う意味でチャップマン商会は危ない。
「あ、大丈夫。そっちはまだ試作段階で、商品にまでもなってないから。とりあえず味見をしてほしいんだよ」
そう言ってノアはまだザカリーと揉めているアリスからスマホを抜き取った。
「あ、ザカリーさん? ここで失敗する訳にはいかないんだよ。やっとチャップマン商会の社長を呼びつける事に成功したんだ。だから豚骨ラーメン一つ、至急お持ちして。そう、あのジャムを売ってくれてる所だよ。これから絶対に大きくなる会社だから、何としてでも専属契約を結んでおきたいんだ。責任者はもちろん君達だ。歴史に名前を残す事も夢じゃないよ。そしたら――ね? はーい、じゃあ待ってます。ありがとう」
途中やけに小声で囁いたノアは、電話を切ってスマホをアリスに返した。
「すごーい……で、何言ったの?」
白い目で言うリアンにアリスもダニエルもライラも頷く。
「うん? ザカリーさんは結婚したくて仕方ないみたいだからね。名前が売れればモテるよね? そしたらその中からお嫁さんが見つかるかもね? って言ったの」
そうしたら二言返事で校長の分をそっちに回すと言ってくれたので、後は待つだけである。
「あいっかわらずだなぁ、お前ら。で、これからそのラーメンとやらがくんのか?」
「そう。日持ちがする小麦粉の使い方を模索してたんだ」
「小麦粉で日持ち? 黒パンみたいな感じか?」
「いいや、保存期間は約一年だよ」
お茶を飲みながらそんな事を言うノアにダニエルはギョッとした。思わず飲んでいたお茶を吹きそうになる。
「い、一年⁉ ど、どうやって?」
「小麦で出来た物を乾燥させるんだ。だからそれを一般家庭にも普及させたいんだよね。で、無事に商品として成り立つようになったら、チャップマン商会にまたお願いしたいんだ」
「それは構わんが……お前だろ⁉ どうせお前だな⁉」
ダニエルはそう言ってアリスを指さした。すると、アリスはペロリと舌を出す。
「可愛くないぞ! 言っとくがそんな事しても全然可愛くないからな! 可愛さで言ったらリアンの方がずっと可愛いからな!」
「ひっどい! やっぱりあんたとリー君は親戚よね!」
噛み付いたアリスに牙を剥くダニエル。そこに、それまで黙って聞いていたノアが参戦してきた。
「待って、聞き捨てならないんだけど? 誰がリー君よりも可愛くないって? 僕のアリスは世界一可愛いに決まってるんだけど?」
収集のつかないどうでもいい言い合いを始めた三人を無視して、リアンはキリに話しかける。
「あっちはもう放っといてキリは何かいい案ないの? どうやったら流行ると思う?」
「そうですね。ジャムはまず王都で流行らせて、今ようやく貴族間で流行っている感じですが、麺類は主食にもなりうるので、それこそ庶民から流行らせた方がいいように思います。たとえば、麺類を専門で出す店などをあちこちに置くとかするといいかもしれません」
「なるほどね。確かにそれはいいかも。ただそれだと色々大変だよね。どうしたもんかな」
店を構えてしまうと誰かがそこに居なければならない。しかもこちらと密に情報がやり取りできる人間でなければならないのだ。そこに割ける人員が圧倒的に足りない。
「チャップマン商会で取り扱うのなら、行商の間に出来ないかしら?」
ライラの一言に喧嘩が終わったアリスが立ち上がった。
「ライラ天才! それだよ、屋台だよ!」
「屋台? 屋台ってあの、お祭りの時に出すやつ?」
「そうだけどそうじゃなくて、移動式屋台で売り歩くっていう方法があってね、荷車にスープと麺詰んで売って回るの。不定期なんだけど、その場で温めて熱々を食べてもらえるし、人員も行商の人達だけで出来るよね?」
「それは不定期なの?」
「うん。いつ来るか分からないから、来たら笛とか吹いてお知らせすると、皆買いに来てくれるんだよ」
いわゆるチャル〇ラである。不定期にやってくるからこそ、あの曲を聞くと無性にラーメンが食べたくなるのである。
「なるほど。ついでに隣で行商の露店出すといいかもしれねーな。庶民向けのさ」
ダニエルの言葉にアリスはコクコクと頷いた。その場合調理しないければならないパスタは難しいが、ラーメンならスープと麺と具さえあれば対応できる。
そこへ、控えめに扉が叩かれた。
「し、失礼します。豚骨ラーメンお持ちしました」
入ってきたのはザカリーだ。まさかザカリー自らやってくるとは思わなかったが、足元ではドンブリが扉を開けて待っている。これもお手伝いの一環なのだろう、きっと。
「ありがとう、ザカリーさん。紹介します。こちらがチャップマン商会の社長のダニエル・チャップマン。リー君の従弟だよ」
「は、はじめまして。フォスタースクールのコック長をしております、ザカリーと申します」
ザカリーはお辞儀をしてまじまじとダニエルを見た。まだ随分若そうだが、この年齢で商家を継ぐのはさぞかし大変だっただろうと、何だか同情的な目を向けてしまう。
「よろしく。ダニエルでいいぞ。で、これが今言ってたラーメンってやつか?」
ダニエルは目の前に置かれた湯気が立ち込める見た事もない料理を前にゴクリと息を飲んだ。
寒いからか余計にこの暖かい食べ物が気になる。
「そうだよ! どうぞ召し上がれ!」
「おう」
アリスに急かされて一口麺を口に含んだダニエルは、やはり皆と同じように無言のまま食べ終えてしまう。途中でスープは飲んでいいのかとザカリーに聞いた以来、一言も発しなかったが、その事が返ってこの商談は成功したのだと思えた。
全てのスープも飲み終えたダニエルは、短い息を吐いてソファにもたれた。
「これは主力商品になるな。さっきアリスが言ってた販売方法でいこう。いつから出来そうなんだ?」
「まだ生麺しか作れなくて、乾麺の工場を作ってからになるからもう少し先だよ。でも、こういうのだっていう情報はちょっとずつ広めていってほしいんだ」
「おう、任せとけ。これはすぐに駄目になるのか? うちの商会の連中にも食わせてやりたいんだけど」
そう言ってダニエルは新しく入った三人の新人の顔を思い浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます