第百一話 内部告発犯は・・・モブ⁉

「なるほど! アリスさんに薬の事を忘れさせてもらうんですね?」

「そう。ただ一つ問題が……」

「何です?」

「お嬢様の魔法は勢いに任せてかけるので8時間しか持ちません」


 呆れたような目をするキリにアリスは頬を膨らませると、フイとそっぽを向く。


「それなら簡単ですよ。この人口脳を使いましょう」


 アランはポケットからあの小さなBB弾を取り出してアリスに握らせた。


「アリスさん、これに薬の事を綺麗さっぱり忘れるような魔法をかけてもらえませんか?」

「忘れる魔法? う~ん……どんなイメージがいいんだろう?」


 一度知ったモノを綺麗さっぱり忘れるのは大変難しいと思うのだが。


 皆で考え込んでいると、ふとトーマスが口を開いた。


「忘れるのではなくて、薬を吸うと怖い、気持ち悪い、などの負の感情を持たせてみては?」

「なるほど! そっちの方が自主的に止められる可能性があるな!」

「言えてる。トーマス冴えてるじゃ~ん!」

「理に適ってるかもね。中毒者はそれを使う事で気持ちいと認識してしまってるんだから、そこを書き換えてやれば、もう欲しいと思わないかも。アリス、そういう魔法かけられる?」

「薬を吸ったら気持ち悪くなるようにすればいいの? この間の私みたいに?」

「そう。頭が痛くなって水一杯飲まされて昼食を無駄にした怒りを込めるといいよ」


 笑顔でそんな事を言うノアにオリバー以外は苦笑いを浮かべていたが、アリスは快く頷いた。


 BB弾に向かって手を翳すと、あの時の頭痛と気分の悪さを思い浮かべ、二度と薬など吸わぬ! という強い意志を込める。


「昼ご飯返せーーーー!」


 ピカァっと光ったBB弾に、青白い電気がバチバチと走り出した。それを見たアランが満足げに頷く。


「では仕上げです。この人工知能にオリバーのお母さんに禁断症状の兆候が出たら、これが発動するようにして抜けたら切れる――よし、完成ですね」


 人工知能にアランの魔法式がするすると吸い込まれていき、BB弾は組紐のようになった。


「これを明日足首に巻いてもらいましょう。リーンに頼めますか?」

「いいぜ。オスカー、頼めるか? 一筆添えてくれな」

「分かりました。では、お借りします」

「時間は? 私の魔法は8時間だよ?」

「大丈夫です。今回は僕の魔力を多めに入れているので、まあ……三か月ぐらいは持つと思いますよ。もしそれまでに治らなかったらまた作りましょう」

「さ、三か月⁉ こわ! アラン様こわ!」


 驚愕したリアンにアリスも頷いた。しかも何が怖いって、多分本気を出したらアランの魔法は三か月どころではないのだろうな、というのが分かってしまう所だ。


「どれぐらいかかりそうなんだ?」

「そうですね。オリバーさんのお母さんも長期的に吸い込んでいた為に中毒症状に陥ってはいますが、本来あれは鼻や口から吸引するものではないんですよ。だから、案外早く薬を抜く事が出来ると思いますよ。まあ、最初は歩いたり食べたりするのが困難かもしれませんが、そこはクラーク家でしっかり面倒を見るので安心してください」


 微笑んだアランを見て、取り残された気分でいたオリバーはがっくりと項垂れた。そこへオスカーが戻って来てオリバーの肩をポンと叩く。


「大丈夫ですよ。ここに居る人達は皆信頼の出来る仲間ですから。あなたも、あなたのお母さんも、絶対に悪い事にはなりません」

「そりゃね、こっちには次期王様と宰相様と未来の聖女様がいるもんね。あ、あと怪物もいるね」


 腕を組んでアリスを指さして笑うリアンに、オリバーがホッと肩の力を抜いた。またポロリと涙が零れ堕ちる。そんなオリバーにまた赤い人形が新しいティッシュを取って来てくれた。


「ありがとうございます。で、これなんなんすか?」

「レッド君だよ! 元はイーサン先生の空気人形なの。可愛いでしょ?」

「空気人形? なんでそれがこんな動きするんです?」


 不思議そうに首を傾げたオリバーに、ノアが笑顔で言う。


「聞かない方がいいと思う」


 その一言で全てを察したオリバーは、こくりと頷いて皆に頭を下げた。


「ありがとうございました。こんな俺の為に、そこまでしてくれるなんて、夢にも思ってみませんでした。本当に……ありがとうございました」


 もう逃げられないのだと思っていた。母親に中毒の症状が出てからというもの、オリバーは心から笑った事など無かった。


 けれど、それも今日で終わりかもしれない。誰かに手をかけてしまう前に捕まってしまって本当に良かったと、心の底から思えた。


「じゃ、改めてSWSにようこそ~!」

「だから! そのダサイ名前止めてってば!」

「じゃあリー君何か格好いいのつけてよ~」


 じゃれるアリスとリアンに皆がやれやれと言った感じで笑う。それを見たオリバーも、気づけば少しだけ笑っていた。


「それにしても、あなた本当に地味ね。パーツは全て整っているのに、それでもこんなに地味になるものなのかしら?」


 心底不思議そうにそんな事を言うキャロラインに、ミアが慌てたように首を振る。


「えっと、キャロライン、それ、俺に相当失礼です」

「あら! ご、ごめんなさい。私ったらつい本音が」

「いや、フォローにもなってないですね」


 まあしかし、パーツは全て整っているというのは素直に誉め言葉として受け取っておこう。


「あ、そうだ! 思いだした。オリバーの兄ちゃん達なんだけど、あの二人も家に帰しといたぞ?」

「え⁉」

「あの二人も無理やり連れて来られた養子だろ?」

「そ、そうなんですか?」


 キャスパー伯爵に引き取られたと言っても、引き取られてすぐに学園に放り込まれたオリバーは、兄二人と顔を合わせた事などなかった。だから兄二人もまた養子だった事は全く知らなかったのだ。


「何だ、お前知らなかったのか? 兄二人も養子だぞ。兄たちは俺の騎士団か父の騎士団に入って内情を探れと言われていたみたいだな。ところが、どちらも先日アリスにボロクソに負けてしまってな! 戦意喪失したうえにキャスパーからも見限られて途方に暮れていた所を、保護して元の家に帰してやったんだ。あいつらも身内を盾に取られていたみたいで、泣いて喜んでたな」

「身内を盾に取らないと何にも出来ないなんて、とんだ雑魚じゃん」


 はっきり言うリアンにルイスもカインも苦笑いを浮かべて頷いた。


「そうだ、ルイス。今回の件、ちゃんとオリバーがリークしたって事にしといてくれた?」

「ああ、もちろんだ!」

「は⁉」


 突然のノアの爆弾にオリバーが目を剥いた。なんだ、それ? 知らぬ間に捕まって学園に連れて来られただけではなく、まさかの内部告発犯にされている。


「いや、手っ取り早くキャスパーとの縁を切って欲しかったんだよね。で、これを内部告発した事で未然に最悪の事態は免れる訳だから、君には何か褒章が出る筈なんだ。その時に、君は男爵の爵位が欲しいって言ってくれる?」

「別に俺は爵位なんて欲しくないんすけど」

「オリバーくぅん、これちゃんと理解したんだよねぇ?」


 そう言ってオリバーの目の前に突き付けたのは、メインストーリーと設定が書き出された紙だ。そこにはしっかりとオリバー・キャスパーの名があり、注釈として(伯爵家のち男爵)と書かれている。


 にっこり笑ってジリジリと紙をオリバーの顔に近づけてくるノアは、やはりアリスと兄妹だと思わざるを得ない。恐怖からオリバーが頷くと、ようやくノアは満足したように頷く。


「そういう訳だから、よろしくね」

「っす」


 こうして、半ば強制的にオリバーは仲間に引きずり込まれたのだった。

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