第百話 オピリアとモブ
「さて、じゃあ次は君の話を聞こうか。キリ、そろそろ縄解いてあげて」
「はい。ではモブさん、失礼します」
「あんたも呼ぶんすね?」
「もちろんです。ここでは見ての通り、従者もメイドも扱いは関係ないので」
「そっすか」
もうどうでもいい。オリバーはようやく外してもらえた手首をさすると、大きなため息を落とした。
「オリバー・キャスパー。知っての通り、俺は庶子で突然現れたキャスパー伯爵に母親を人質に取られて、半ば無理やりキャスパー家の養子になったんす」
「そこが分からんのだ。何故だ?」
「多分、俺の魔法が目当てなんだと思うんです。俺の魔法は発動している間の記憶を奪う事が出来るんですよ」
「なるほどね~。便利だね~」
確かに暗殺をさせるには彼の能力はとても役に立つだろう。しかし、本当の親子であれば何も母親を人質になど取らなくてもいいのではないだろうか。
「母親を人質に取られてるって、どういう意味? どっかに監禁でもされてんの?」
リアンの言葉にオリバーは首を振った。
「いえ、家に居ますよ。ただ、もうほとんど俺の事も分からない状態っすね。あの……オピリアのせいで……」
唇を噛みしめたオリバーは苦々しく言った。あれさえなければ、こんな事にはならなかった。それ以上話さないオリバーに変わり、キャロラインが悲し気に視線を伏せて言う。
「ミア、あなたが調べた事を、教えてくれる?」
「は、はい。オリバー様のお母さまはレオナ様と仰います。出身はセレアル。出稼ぎにチェレアーリの穀物工場で働いていたそうです。そこでキャスパー伯爵と出会った。ですが、私の調べた限り、レオナ様とキャスパー伯爵の間には何もありませんでした。そうですよね? オリバー様」
ミアの言葉にオリバーは目を見張った。
「はは、何でも知ってんすね。怖いなぁ。そっすよ。俺の親父はとうの昔に死んでる。俺が生まれる前の話。だから母さんはチェレアーリに出稼ぎに出たんです。そしてキャスパー伯爵が俺の魔法を知った。そっからはもう、何となく予想がつくでしょ? 金の無い庶民に、金を出してやるから息子を寄越せと母さんに迫ったんです。でも、母さんは首を縦には振らなかった。俺は唯一の親父の形見なんだと。それならこの工場を辞めると言い出した」
そこでまたオリバーは口を噤んだ。その後を引き継ぐようにアランが話し出す。
「オピリア。大分昔に廃止になった薬の名前です。痛み止めとして重宝されていましたが、酷い副作用がありました。幻覚、被害妄想、食欲の減退などです。そして恐ろしい事に、中毒性がとても高かったんです。一度でも中毒になると、もうオピリアの事しか考えられなくなってしまう。そんな恐ろしい、薬です。おそらく、オリバーさんのお母様は、既にその中毒に陥っていたのではないでしょうか? そして、それは今も続いている。薬が無ければ自殺をしようとする程だと聞いています。キャスパーは、定期的にそれをお母さまに渡す事で、あなたを好きにしているのではありませんか?」
「っ……どうしようも……ないんですよ。ほんとに……一日中、ベッドに縛り付けて、それでも暴れて……もう、俺にはどうにもできない」
ポロリと零れ落ちたのは、涙だった。ずっと泣かなかった。キャスパーに言われた通り、やりたくもない暗殺の訓練を受けたのも、母親の為だ。いっそ殺してしまおうかと何度も思った。それでも、いざ首に手をかけると、やはり出来ないのだ。だから何度も何度も自分の足や腕を打った。どこにもぶつけられない憤りを、どうにかしてやり過ごす毎日を送っていたのだ。
オリバーは涙を流した事で肩の力が抜けたようにソファに深く座り込んで、大きく息を吸う。
「キュ~……」
そんなオリバーを見て、ドンがそっとオリバーの膝によじ登ってきた。その頭には赤い人型の人形がオリバーに向かってティッシュを差し出してくる。
「はは……なんすか、これ」
ティッシュを受け取ったオリバーは、涙を拭いて赤い人形とドンの頭を撫でた。
そんな光景をしばらく見ていたルイスだったが、意を決したように話し出す。
「オリバー、勝手な事をしたと怒るかもしれないが、俺達はお前たち親子の事は、あらかじめ知っていたんだ。そして、お前の母親はキャスパー伯爵の手の届かない安全な所に既に隔離している」
「え?」
「アリスさんがあの工場に入った後、変な匂いと頭痛がすると言っていたんです。そこでオピリアに気付きました。あの工場の管理人は表向きは工場長になっていますが、実際はキャスパー伯爵ですね?」
「っす……俺の今回の任務はあの工場を見張る事だったんです。オピリアがもう少しで完成しそうだと工場長から連絡があったらしくて、出来上がったらその手柄をキャスパーが横取りしようとしてたみたいです。だから、完成したら俺に工場長を消せって――」
「まあ、そんな事だろうなとは思ってたけど、俺達はアランからその話を聞いてすぐにお前の母さんを探したんだよ。そして、ありもしない罪で拘束という形で保護したんだ。もちろん、そんな罪状なんて彼女にはかかってないから安心して。実はさ、キャスパーについてはうちの親父が度々頭を悩ませててね」
キャスパーが収める領地から、税率が上がりすぎて払えない! という嘆願書が去年から急に増えたのだという。しかしいくら調べてもそんなに税率を上げる程、領地が切迫している訳でもない。それなのにどんどん税率が上がり、とうとう餓死するものまで出て来たというのだ。さすがの王もこれには怒り、キャスパーに登城するよう命令をしたが、肝心のキャスパーが一向に捕まらなくて、ルカもロビンも困り果てていたのだ。そこに浮上した今回の問題である。
「俺達はすぐにこの事を進言したよ。で、お前の母さんを保護して、アランと一緒に様子を見てたんだけど、やっぱりオピリア中毒で間違いないみたいだ。今頃、あの工場には王家の騎士団の監査が入ってる。あと、お前が潜伏してた『リーフプランツ』も」
「なんで、そんな……だって、俺達は庶民なのに……」
気づかぬ間に大事になっていた事を知ったオリバーは、放心したまま呟いた。そんなオリバーを慰めるようにリアンが言う。
「仕方ないって。この人達、基本的にほんとお節介だから。気づいたら周り全部固められてて、従うしかなくなるんだから」
「酷い言い草だな、リー君。俺達にとって国民は宝だ。立場や爵位など関係ない。手を差し伸べるべき者には手を、過ちを犯した者には罰を。それに、王家の仕事は民を一人も殺さない事なのだそうだ。まあ、それが一番難しいらしいが」
ルイスはそう言ってノアを見た。ノアは満足げに頷くと、口を開く。
「さて、とりあえずそんな訳だからオリバー、安心してキャスパー伯爵に縁を切られてきてよ。そして君のお母さんを救う手立てがないか考えよう」
「すく……う? どうやって……」
「うーん、考えたんだけど、その薬ってさ、脳にどう影響する訳?」
「思考をシャットダウンして、薬の事しか考えられなくなるようですね。文献と彼のお母さんを見ていると、そんな感じです」
「なるほど。じゃあアリス、出番なんじゃない?」
「へ? 私?」
突然話を振られたアリスが首を傾げると、ノアは頷いた。
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