番外編 丸く収める方法

「さて、じゃあ明日は領主の所に行って小麦の生産量を確かめてから、本格的にオリバー探しをしようか」

「はい」

「うん!」


※上の会話の後のお話になります※


 翌朝、アリスはベッド、ではなく長椅子で目を覚ました。長椅子は思ったよりも固く、腰が痛い。兄と従者はベッドでぬくぬくとまだ眠っている。一応ノアが昨夜毛布をもう一枚借りて来てくれたので寒くはなかったが、とにかくあちこちが痛い。

「むぅぅ……可愛い妹を長椅子に押しやるなんて……」

 昨夜ジャンケンで負けたのはアリスだ。正々堂々と勝負しようと言い出したのはノアで、キリもアリスもそれに従った。だから文句は言えないのだが、何か釈然としない。

 その時、ノアの目がうっすらと開いた。もしかしたら、アリスのただならぬ気配を察知したのかもしれない。

「っ⁉」

 二つのベッドの間に仁王立ちでこちらを見下ろしている、アリス。

 ノアは息を飲んで飛び起きると、すぐさま防御の型を取った。それに驚いてキリも目を覚まし、やはりノアと同じような反応をする。

 そんな二人を見てアリスはフンと鼻を鳴らした。

「おはよう」

 アリスは朝の挨拶をした。憮然とした態度のアリスにノアもキリもアリスの顔を窺ってくる。

「お、おはよう。起きてる……よね?」

「……この寝ぼけ方は初めてですね」

「起きてる! おはよう! お湯貰ってくる!」

 昨日と同じようにズンズン歩くアリスの背中に、戸惑ったような二人の声が聞こえて来る。

「あ、うん。行ってらっしゃい……ありがとう」

「ありがとう……ございます」

 激しい足取りで出て行ったアリスを見送った二人は顔を見合わせた。

「やはりジャンケンはまずかったのでは」

「でも僕だってもう長椅子は嫌だったんだよ」

「仕方ないですね。今日は俺が負けます。明日はノア様が負けてください」

「了解。仕方ないなぁ、もう。ここに居る間も縛り付ける? いっそ」

 別にベッドから深夜に叩き出されないのならいくらでも一緒に寝るが、いかんせんアリスは寝相が悪い。屋敷や寮のベッドなら端っこで小さくなっていれば被害は最小限で済むが、こういう安宿のベッドではそうはいかない。どれだけホールドして寝ても、アリスは必ずそれを振りほどきベッドから叩き出そうとするのだ。

「まあ、大人しく順番に長椅子で寝ましょう」

「だね。はぁぁ、それにしてもビックリした。刺されるかと思った」

「俺もです。あんな心臓に悪い起こし方は止めて欲しいですね」

 小麦の収穫量を調べ、オリバーの潜伏先を突き止めた三人は、その日の夜もジャンケンをした。結果はキリの一人負けである。

「やった~~! 今日はベッドだぁ~!」

「良かったね、アリス」

「うん!」

「……」

 キリが黙り込んだのは別に悔しいからではない。どうしてここまで分かりやすいイカサマに気付かないのだ? という呆れからである。

 アリスはジャンケンをすると必ず初めにグーを出す。だから今までそれに合わせて勝ったり負けたりしてきた。ずっと勝っていてはバレるというのがノアの考えだったが、最近ではそんな小細工をしなくても、言わなければ一生バレないような気さえしている。

 キリは長椅子に毛布にくるまって体を横たえた。

 キリの身長はノアよりは少し低いが、アリスよりは大分高い。だからやはり足が一番のネックである。

 足を折りたたんだら絶対に痛くなるし、かと言って伸ばせば手すりの所に投げ出す形になり、それもそれで痛くなる。どうしたものか。

 キリはさっきからずっとこんな事を繰り返していた。そんな事をしているうちに既に深夜だ。

 これはもう観念して一晩中起きているか? レースでも編んでいればすぐに朝だ。しかし明かりを点ける訳にはいかないのでそれは諦めた。

 ベッドの方からは二人の規則正しい寝息が聞こえてくる。それが妙にイライラさせるのと同時に、今朝のアリスを思い出した。

 仁王立ちでこちらをじっと見下ろしていたアリスは、きっとこんな気持ちだったに違いない。

 毛布を持ったキリは、長椅子から立ち上がりそっとノアのベッドに近寄った。

 スヤスヤ気持ちよさそうに寝ているノアを両手で起こさないようにそっとベッドの端に寄せる。そして出来た隙間に、キリは潜り込んだ。

 アリスと違い、ノアは寝相がいい。大概一度寝たら朝までそのままなのだ。幼い頃はそれこそよく一つのベッドで三人で寝ていたからよく分かっている。

「ふぅ。最初からこうしておけば良かった」

 そう言ってキリは目を閉じた。明日からはもうこれで寝よう。これが一番丸く収まる。

「ふぁ……んー?」

 何だか二日ぶりにちゃんと寝た気がする。

 ノアはそんな事を考えながら目を開けると、何だかやけに自分がベッドの端っこに寄っている事に気付いて目を擦った。

 珍しいな。寝がえりでもうったかな。そう思ってふと隣を見ると、そこには何故かキリが居た。しっかり毛布にくるまって、ベッドの半分を占領している。

「あぁ、うん」

 何かに納得したノアは起き上がると、まだ寝ている二人を起こさないように部屋を出て湯をもらいに行く。

 キリはアリスとノアに比べると繊細だ。きっと、長椅子で眠れなかったのだろう。

「ふふ、可愛いなぁ、もう」

 アリスにしてもキリにしても、本当に手のかかる弟と妹だ。

 ノアは貰った湯を片手に軽い足取りで部屋に戻った。

「おはよう! 二人とも朝だよ~」

 ノアの声にパチリと目を覚ましたアリスとキリに、ノアはにっこり微笑んだ。

「ほら、早く支度して、二人とも」

「はい。おはようございます」

「おはよ~……何でキリ、兄さまのベッドに居るの?」

 眠い目を擦りながらそんな事を言うアリスに、キリは深いため息を落とした。

「すみません、俺はどこででも眠れるお嬢様とは違って繊細なんで。やはり眠る時はベッドでないと眠れないみたです」

 そう言っていかにも悲し気に視線を伏せたキリを見てノアが軽く笑う。

「アリスに比べたら大抵の人は繊細だよ」

「言えてますね」

「言えてないよ! 私だって腰痛かったもん! 寒かったもん! 繊細だもん!」

 拳を振り上げて言うアリスを見てノアがさらに笑った。キリはも笑った。鼻で。全く、どの口が言うのか、である。

「まぁまぁ、喧嘩しないの、二人とも。とりあえず今日からは僕とキリが寝るって事でいい?」

「はい」

「いいよ! やった~ベッド一人で使い放題だ~!」

 広いベッド最高! と万歳して喜んだアリスを見て、ノアとキリが白い目をアリスに向ける。

「……」

「……ノア様、一発殴っても?」

「イラっとするのは分かるけど、止めてあげて。アリスも、もうちょっと大人しく寝る練習しようね?」

 ノアも内心はイラっとしているのだと、ノアの笑顔を見て気付いたキリは、それでもアリスに対して決して怒らないノアに改めて尊敬の念を抱いた。

「……はぁい」

 にっこり笑顔のノアの圧力が怖くて頷いたアリスは、いそいそと着替えて準備をする。

 ノアのもらってきたお湯で顔を洗って、いつものようにソファに座り、ノアに髪を梳かしてもらう。

「今日は領主さまのところに行くから、ちゃんとしてなきゃ駄目だよ。この制服着て変な事したら、全部ルイスのせいになるんだからね?」

 そう言ってノアはアリスの髪をしっかり結い上げた。どこからどう見ても出来る女っぽい。

「お嬢様にそんな事が出来ますか? いっそ口をきかない方がいいのでは?」

「大丈夫だもん! 大人しくするもん!」

「どうだか」

 白い目を向けつつ、アリスに上着を着せたキリは、持ってきていた小道具の眼鏡をノアに手渡した。自分も着替えて、これで完了だ。

「キリもこっちおいで。髪やったげるから」

「? はい」

 自分で出来るが、何だかノアが楽しそうなのでまぁいいか。そう思いつつキリがソファに座ると、ノアに髪をセットされた。こんな事は子供の時以来で何だかむず痒い。思わず昔を思い出して笑いそうになった所に、アリスのニヤニヤした顔が飛び込んできた。

「ふへへ、何かキリがそんな事してもらってるの貴重じゃない?」

「……ノア様、やっぱり一発殴っても――」

「止めてあげて。分かるけど。今日は二人とも仲良くお行儀よくね。はい、出来上がり」

「ありがとうございます」

「じゃ、行こうか」

「はぁい」

「はい」

 いざ、出陣である。

 三人は普段は絶対着ないであろうきちんとした制服に身を包み、気を引き締めると、宿を後にしたのだった。

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