第九十話 この世界に無いものこそが世界を救う!……かもしれない
アリスはメニューを凝視してあるモノを探した。やはり無い。
「これは……いける!」
ポツリと漏らしたアリスの言葉にノアもキリも首を傾げた。
「何か思いついたの?」
「うん。あのね、この世界って麺が無いなって」
「麺って……うどんですか? 確かにバセット領以外で見ませんね」
「あれはアリスがやりだした事だからね。うちの領地だけだよ、食べてるの」
あれは何年前だったか、ノアが酷い風邪を引いて食事も喉を通らなくなった事があった。ハンナが困っていると、そこへ寝ぼけたアリスがやってきて、突然パンに使おうと思っていた小麦粉に塩と水を入れて袋に入れて踏み出したのだと言う。止める皆を振り切って出来上がった小麦粉の塊で作ったのがうどんだ。
鰹節で出汁をとったうどんには卵とネギが入っていてはほんのり甘く、のど越しも良くて喉が腫れ上がったノアでも容易に食べる事が出来た。
まさかそんな料理が出来上がるとは夢にも思っていなかった使用人達は、一口食べて驚いていた。そこから一気に領内で広がり、今ではバセット領では風邪を引いたらうどんを食べるのが習慣になっている。
「麺ってね、実はもっと沢山種類があるの。ずっと思ってたんだよね。穀物はこんなにも豊富なのに、麺類が無いんだなって」
「多分、それはずっと穀物はパンを作る物っていう先入観があったからなんだろうね。それで? 今日買った粉はその為に買ったの?」
「そう。中華麺とパスタが出来るなって思って。中華麺とパスタは汎用性が高いから、あると絶対便利なんだよね。それに、そのまま乾かして乾麺にしたら保存期間は大体1~2年は余裕だよ」
「それは凄いね! ちょっとそれも視野に入れとこう。で、それ美味しいの?」
基礎とも言える質問にキリも頷いた。結局、どれだけ保存がきこうが問題は味である。そんな二人にアリスは自信満々に頷いた。
「美味しい。はっきり言って、めちゃくちゃ美味しい。パスタは一つの料理でも味付けの仕方は無限大だし、中華麺はそれだけで焼きそばにしたりラーメンにしたり……とにかくめちゃくちゃ美味しいんだから!」
「そっか。じゃあ学園に戻ったら試食会しようか。学園で上手くいったらアリス工房で取り扱おう」
「その名前は決定なんですね」
「え? キリ工房にしようか?」
「いえ、遠慮しておきます。アリス工房の方が覚えやすくていいと思います」
自分の名前がそのまま商会名になるなんて、一体どんな地獄だ。キリは躊躇う事なくアリスを売った。ノアは気付いているだろうが、アリスは全く気付かず喜んでいるので問題ない。
「ところでずっと聞きたいと思ってたんだ。アリスが前世を思い出したのはあの日だよね? でも、それよりも前からアリスはしょっちゅう僕達の知らない料理とか作ってたじゃない?」
「うん」
「それはどうして? 今なら分かるんだよ。前世の記憶があるからだって。でも、食に関しては思い出す前から作ってたよね?」
「う~ん、なんかね、寝ぼけてると出来たみたいなんだ。でもちゃんと起きたら作り方忘れてたから、夢遊病の一種なのかも」
「なるほど?」
「夢遊病で見た事もない料理を作られるこっちの身にもなって欲しいですね、全く」
「言われてみればアリスが変な料理作るのはあの時だけだったもんね。潜在意識って奴だったのかな……。まぁ、疑問も解決した所で、じゃあ明日は領主の所に行って小麦の生産量を確かめてから本格的にオリバー探しをしようか」
「はい」
「うん!」
相変わらず朝にはひと悶着あったものの、今日はチェレアーリの領主に会いに行く事になっていた三人は、脇目も振らず領主の屋敷を目指して歩き出した。ルイスに頼んで領主へ一筆書いてもらった。今回は小麦の生産量を抜き打ちで行っているという設定だ。
抜き打ちと言うところがポイントで、前もって知らせてしまうと小細工する領地があるだろうというのがカインの考えだった。カインは現宰相であるロビンの仕事をすぐ隣で見ているので、ほとんどの領主の事を信用していない。
領主の屋敷は小高い見晴らしのいい場所にあった。ちょうど屋敷の真裏には小麦畑が広がっていて、きっと毎日ここから小麦の畑を見下ろすのだろう。
「突然申し訳ありません。少し王都に気になる手紙が届いたので、今、全ての領地を回って小麦の収穫量を調査しているんです」
そう言って頭を下げたノアは、今は王家からの使者を名乗っている。
髪を後ろに撫でつけて伊達眼鏡でも掛ければ、多少の年齢のサバは読めるだろうというキリの言葉を信じたのだ。
突然訪ねてきた思わぬ客にも、ここの領主は寛大だった。ルイスの手紙を見せると、すぐに家令に伝えて帳簿を持ってきてくれる。
「いやはや、こんな田舎までご苦労様です。これが帳簿ですね。ここ二、三年のものです」
「いえ、出来れば二十五年前からの5年分とここ5年分を見せてもらえますか? それを見れば大方の予想は着くので」
「に、二十五年前と今の、ですか? おい、あるか?」
「はい、ございます。ただいまお持ちします」
「ええ、よろしくお願いします」
「畏まりました」
そう言って家令は部屋を出た。
「それにしても……そんなに前のも見るんですか?」
そんなもの見てどうするんだ? 領主の顔にはしっかりそう書いてある。
「ええ。見たいのは傾向なので。覚えてらっしゃいますか? 十八年前にルーデリアに起こった飢饉の事を」
「え? え、ええ。あの時はうちも悲惨でしたから」
「それの兆候がまた出始めている可能性があります。なので、二十五年前からの分をお願いしたのです」
ノアの言葉に領主は驚いたように目を丸くした。今年は作物の状態が非常に良くて、大豊作だったのだ。だからそんな事を言われてもあまりピンとこない。
そこへ、分厚い資料を持って家令が戻ってきた。
「お待たせいたしました。申し訳ありません。定期的に虫干しはしていますが、やはり昔のものは汚れが酷くて」
「構いません。ありがとうございます。キリさん、アリスさん、前回の飢饉の前後の部分をお願いします。私は最近の物を確認するので」
「はい」
「はい」
渡された資料を穀物に絞って確認していく三人に、領主も家令もゴクリと息を飲んだ。こんな調査自体が初めての事だ。これはもしかしたら大事かもしれないと思い始めていた。
「あの、飢饉がまた来るかもしれないというのは、王のお考えなのですか?」
「いえ、ルイス様です。私達はルイス様の家臣としてやってきました。つい先日、王の元にとある領地から手紙が届いたのです。内容は作物の豊作を喜ぶ手紙でした。近年まれにみる豊作振りに喜びの手紙だったのですが、これを聞いたルイス様の婚約者でいらっしゃるキャロライン様がルイス様に進言したのです。これはもしかしたら飢饉の前触れかもしれないから、すぐに全国に使者を派遣して調べるべきだ、と。ルイス様はその意見を受け入れ、私達が参りました。急ぎの調査だったので、先触れを出している間が無かったのです」
ペラペラと嘘をつくノアを横目にアリスとキリはひたすら小麦の収穫の数字を追っていた。するとどうだ。やはり大飢饉の前の数字がおかしいではないか!
「ノアさん、やはり思った通りです。十八年前の飢饉以前の時の収穫量と、今年の収穫量の動きが類似しています」
キリが言うと、領主も家令もギョっとしたような顔をしてキリの手元を覗き込んだ。
「ノアさん、こっちもです。大豊作の年が二年続き、次の年には虫害が酷いです。さらにその年は積雪が例年よりも多く、小麦の苗が根こそぎやられたみたいですね。そして翌年、例の飢饉です」
アリスとキリの見ている資料とノアが見ている最近の資料を照らし合わせるように領主に見せると、領主はゴクリと息を飲んだ。
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