第七十五話 アリスの家庭教師は元傭兵⁉
その後、アリスの小銭を盗みサボっていた者達は全て、王の命により爵位を取り上げられ、家族ともども流刑に処された。アリスではなく暗殺者だったらどうなっていたかを考えると、生温いぐらいの対処とも言えると王は最後まで言っていたそうだが、中にはかなり長い間王家に仕えていた家柄もあったようで、結局流刑に落ち着いたのだという。
鼻息を荒くして憤慨したルーイにノアが引きつりながら言った。
「か、考えておきます」
「ええ、是非!」
目を輝かせたルーイ達の見送りを受けつつ馬車に乗り込んだ一同は、誰ともなく大きな息をついた。
「はぁぁぁ……終わった……」
大きく手足を伸ばしたリアンは、心の底からホッとした。何だかんだ言いつつやはり緊張していたのだろう。そんなリアンの隣でライラが既に船を漕いでいる。こちらも多分疲れが溜まっていたに違いない。
「あの歌聞きながらよく眠れるよね~」
そう言ってカインはもう聞きなれてしまったアリスの歌に耳を傾けた。今日も朝から元気なアリスである。
「ライラちゃんはアリスと同室だったから、一番気疲れしたんじゃないかな」
「いつ抜け出すか分かりませんしね」
「ただでさえ王城に居て緊張してるのに、その上アリスが深夜に出て行くんだよ。叩き起こされたと思ったらアリスが泥まみれになって戻ってきてさ。一番大変だったと思うよ」
毎夜泥まみれになったアリスを世話してくれたのは、他の誰でもないライラだ。最初はメイドがやってくれると言っていたのだが、ライラが初めての王城で知らない人に突然世話されるのは慣れてないアリスには不安だろう、という理由でその役を買って出てくれたのだ。
「ほんと、ライラは昔からお人よしなんだよね。馬鹿みたい」
リアンはそう言って完全に眠りについてしまったライラの頭を自分の方に引き寄せると、上着をかけてやりながらそんな事を言う。
「ある意味、ライラちゃんが一番ヒロイン向きだよね」
ちょっと引っ込み思案だが、温厚で優しくて気が利くライラ。容姿は地味かもしれないが、可愛くない訳ではない。
突然のノアの一言にリアンが眉根を寄せる。
「どういう意味?」
「いや、深い意味はないよ。ヒロインに向いてるよねって思っただけ。まあ、実際はあれがヒロインな訳なんだけど……何でああなっちゃったのかなぁ」
ヘタクソアレンジの利いた歌を大音量で歌うアリスの方をチラリと見たノアが、ため息を落とした。
昨夜も一晩中暴れ倒しておいて、どうしてあんなに元気なのだ。無尽蔵なアリスの体力にも恐怖だが、あれがヒロインだという事実も本気で恐怖だ。
「それについては同感です。どうしてヒロインがああなってしまったんでしょう?」
「うーん。アリスの設定集にはあそこまで書いてなかったから、やっぱり環境って大事だね」
「なるほど。せめて幼少期にちゃんとした人を家庭教師につけるべきでしたね」
納得したように頷いたキリに、ルイスとカインが目を丸くした。
「え、アリスちゃんって家庭教師ついてたの⁉」
その言葉にノアとキリは頷いた。
「ついてたよ。だって、でないと困るじゃない」
「いや、とてもついていたようには思えない……んだが?」
脳髄にまで響いてきそうなアリスの歌を聞きながらルイスが尋ねた。
「何て説明すればいいのか……とりあえず母親代わりだったのはメイドのハンナなんだよ。でもハンナだけじゃ教えられない事を、最初は領地の皆で手分けして教えたんだよね」
バセット家に立派な家庭教師を雇うようなお金は無かった。領主のアーサーも資金繰りに必死で子供達の世話にまで手が回らなかったのだ。
仕方なくハンナはノアとアリスとキリを連れて、領地の中でも最も変人と言われる、ある人に教えを乞いに行く事にした。この人こそ、アリスの家庭教師である。
「何者なの? 聞いてるだけで怪しいんだけど」
「うん、実際怪しい人だったんだよね。でも、色んな事知ってた」
「ナイフの使い方から毒のある食べ物、汚れた水の濾し方などですね」
「な、なるほど。丸々アリスだな」
「すんごく納得したよ、今」
口々にそう言う友人たちに、ノアは笑って頷いた。
「アリスのルーツは間違いなくそこだよね。僕もそう思う。僕が六歳になった時、僕にはちゃんとした家庭教師がつけられたんだ。キリは隣の町の領地で住み込みで執事見習いとして勉強しに行ってて、暇だったんだろうね、アリスは」
家督を継ぐ長男には、ちょっと奮発してでもいい家庭教師をつけた方がいい。やたらと利発なノアを見ていてハンナはそう思ったのだろう。アーサーにそう進言して、アーサーはそれに頷いた。すると、ハンナはどこから手配したのか、格安で本当に優秀な家庭教師を二人、ノアに紹介してくれたのだ。今思えば、あれはハンナの城で努めていた時の旧友だったのだろう。
同時期にキリも隣の領地で住み込みで執事の見習いをしてみないか? と声をかけられ(隣の領主から直々に声がかかったのだ!)住み込みでしばらくバセット家に居なかった時期があった。
「空白の三年間と、バセット家では呼んでいます」
「く、空白の」
「三年間……」
「……こわ」
「アリスはその家庭教師の事が凄く気に入っててね、ハンナもハンナで家にアリスが居ると家事がままならないから、まあ、体よくそこに預けてたんだよね。そして三年後、立派な今のアリスが出来上がってたんだ。不思議」
「全然不思議じゃないよね⁉ 原因は全部その変態じゃん!」
「リー君、変態ではなくて変人だぞ」
「どっちでも良くない? ていうか、何でその人もそんな小っちゃい女の子にそんなの教え込んだの」
「それについては僕達も不思議に思って聞いたんだ。そしたら、どこまでいけるか試してみたかったって言ってた。元々師匠気質の人だったんだろうね」
「よ、他所の子捕まえていけしゃあしゃあと……」
呆れた顔をするリアンにノアも頷く。全くである。
幼い頃からずば抜けて身体能力の高かったアリスを見て、何かが疼いたのかは分からないが、彼は何でもこなすアリスに途中から楽しくなってきてしまったのだろう。あるものは何でも使いながら戦う戦法をアリスに教え込んだ。
それからというもの、アリスは森に入って遊ぶのが日課になり、ノアやキリがドン引きするような技を繰り出すようになり、それに付いていかなくてはならない為に自分達もその変人に教えを乞い、今のバセット家になったのである。
「今思えばね、あの人元々どっかの傭兵だったんじゃないのかな? って思うんだよね。でも、そこから逃げてきたんじゃないのかな」
「薬や毒の知識といい、戦術の豊富さと言い、そうなのかもしれませんね。バセット領は基本的にはどんな人でも受け入れますから」
「でもどうしてあえてその人選んだの? そこが一番謎なんだけど」
「それは簡単だよ。何でもよく知ってたからだよ。領地では変人だけど賢者って呼ばれてたんだ。何でも知りすぎてて変人って言われてたんだけどね」
「で、その人は?」
「もう亡くなったよ。最後を看取ったのはアリスだったんだ。彼女の毎日の日課だったんだよね。彼のお墓参り」
「……そうか。それは……寂しいだろうな」
いくら変人でも居なくなったら寂しいだろう。少ししんみりとした空気になりかけた所に、
「お嬢様はお墓の前に行くと刀で藁を切ってたので、師匠も喜んでたと思います」
「あ、あれまだやってたの?」
「はい。最近では腕がなまると言ってスミスさんの小屋の裏に巻藁を作ろうとしていたので流石に止めましたが、いつまで持つことやら」
「ねぇ! 墓の前で何やってんの⁉ 儀式でもやってんの⁉」
刀で藁を切ると言う単語が不穏すぎてピンと来なくて叫んだリアンに、ライラがピクリと反応した。
「う~ん……ゆうなぎの~ころぉ……の……」
「可哀相に、うなされてるじゃん」
呻くようなライラにリアンはそっとイヤーマフラーをつけてやる。
「しかもあれ、星送りだしね」
「嘘でしょ⁉」
「嘘だろ⁉」
「マジで?」
同時に突っ込んでくる三人に笑いながら頷いたノアは、今日もよく晴れた空を見上げた。
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