第七十四話 難航するスカウト

「……」

「私の勝ちですわね!」

 ステラは上機嫌でグラスに残っていた酒を飲み干すと、それをカチンとルカのグラスに当てた。そう、この二人は途中から賭けをしていたのである。いくらアリスが人間離れをした動きをするとは言え、あの数の騎士に追われたら流石に捕まるだろう。ルカはそう思っていたのに、ステラは、いいえ、私はアリスさんが籠を全部取ると思いますわ、と真っ向勝負してきたのである。

『では私は騎士に賭けよう。もしも俺が負けたら、一日何でも言う事を聞いてやる』

『あら、本当に? じゃあ、私はアリスさんね』

 これがつい数十分前の話である。結果は騎士達の負け。勝負はステラに軍配が上がった。

「覚悟していらしてね、あなた」

 そう言って部屋に戻ったステラ。後に残されたルカはまだ伸びている騎士を見下ろして、大きなため息を落とした。

 ルーイがアリスを訓練に使いたいと言って来た時、何を言ってるんだ、と一笑したが、なるほど。武器を持たない騎士達の実力は目も当てられない。いや、下手したら武器を持っていても危ういかもしれない。そんな考えが脳裏を過る。

「どうにかしなければな」

 今までも再三ルーイから言われていたが、まさかここまで騎士団の実力が無いとは思っていなかった。今の所どこかと開戦をする予定などはないが、これは早急に手を打たなければいけない。ルカは真顔で呟くと、グラスの酒を飲み干してそのまま部屋へと戻った。


「い、今あいつ自分の妹に手刀当てなかった⁉」

「当ててた……な」

 一番容赦ないのはやはりノアでは。ルイスとリアンは顔を見合わせて冷や汗をかく。そしてそんな事は日常茶飯事だとでも言わんばかりのキリのロープの巻き方も、女の子にする扱いではない。

「いや~それにしても凄い戦いでしたね~」

「本当に。一体どんな訓練をしたらあんな風に動けるんでしょうね……」

 もはや人間ではないのでは。一瞬そう思いそうな程アリスの動きは凄かった。

「多分、動物をお手本にしてるんじゃないですかね、あの動き」

「動物、ですか?」

 その言葉にトーマスが首を傾げると、オスカーは頷いた。

「はい。多分ですけど、要所要所の動きが動物っぽいなぁ~って思って。だから随分理に適ってる動きをしてるなぁ~って、見てて思いました」

「なるほど。一理ありますね」

 そんな会話を隣で繰り広げている間、ルイスとリアンは頭を悩ませていた。

「なあ、どう思った? リー君」

「いやぁ、どうって言われても、あいつが凄かった、としか……」

「そうだよなぁ。俺の騎士団は一体どうなるんだ……」

 まさかルイスもあそこまで皆がコテンパンにやられるとは思っては居なかった。誰か一人ぐらいは一矢報いるのでは? と期待していたのだが――。

「もういっそアリスをスカウトすれば?」

「それだと一緒にノアとキリもスカウトしなきゃならないじゃないか! リー君はあの三人を俺が制御できるとでも思うのか⁉」

「いや、全く思わないけど、自信満々に言う事ではないよね?」

 大きなため息を落としたのと同時に、アリスを寝かしつけたノアとキリがまた戻ってきた。

「いや~服の汚れ方があのクマの時以来の汚れ方だったよ」

「壮絶でしたもんね。クマの時は」

「うん。破かれてるし返り血浴びてるし、ヤバかったよね~」

 楽しそうに言うノアにドン引きしている一同なのだが、そんなノアを見てリアンはルイスに言った。

「ごめん、アリスだけじゃないもんね。この二人もって、誰にも無理だよ」

「だろ⁉ 俺の敵にクマは想定していないからな!」

 あくまでも敵は人間である。ルイスは頭を抱えてう~んと唸った。とりあえずアリスが居る間に見当ぐらいはつけておきたいのだが、どうやらそれは難しそうだ。

「でもさ確かに全然敵わなかったけど、参加してたのは比較的一般騎士のが多かったじゃない」

「そうなんだ。騎士団の連中にこそ本当は参加して欲しいみたいだったけどな、ルーイは」

 その会話を隣で聞いていたノアは、少し考えて言った。

「それは難しいんじゃない?」

「どうしてだ?」

「だって、面目丸つぶれじゃない? 男爵家の、ましてや女の子にしてやられるなんてさ。小さい頃から騎士道の何たるかを叩き込まれた連中が、アリスの戦い方を見て騎士道に反する! とか言い出すのは目に見えてるんだけど」

 バケツを投げたり奇襲してみたり。アリスの戦い方ははっきり言ってめちゃくちゃである。

「でも戦争じゃそうはいかないじゃん。そんな騎士道なんて甘っちょろい事言ってて勝てんの? 誰も正々堂々となんて戦っちゃくれないでしょ?」

「リー君の言う通り。騎士道なんか守ってたら戦えないと思うよ、実際には。だからルーイさんはアリスに頼んだんじゃないのかな。決められた型しか使えない騎士団なんて、ただのお飾りでしょ」

 見た目が派手で何となく格好いい。そんな理由で騎士を目指す者が少なくない訳ではない。   

「で、期待してるとも思うんだよね。ルイスの作る騎士団に」

「期待? 俺にか?」

「うん。王の騎士団はそれこそ騎士道うんぬんかんぬんの人達で出来た、いわゆるお飾り騎士団で出来てるでしょ? でも、今ルイスが作ろうとしてるのは、実力の伴った騎士団な訳だよ。そりゃ期待してるって」

「そ、そうか」

 自分のやろうとしている事を肯定されたようで、ルイスは素直に照れた。

「僕としては誰が誰か分からなくなるから、次からはゼッケンなりつけた方がいいと思うよ。今日のは模擬だったって事にして、次からはちゃんと参加者を募ってさ。物々しくしないで、あくまで夢遊病の女の子を捕まえよう! みたいなゲーム感覚でいいんじゃない? その方が実力を測るにはいいと思うよ」

「あ! それならちょっとした賞品用意してみたら? 何にもないんじゃつまんないじゃん」

 遊び感覚で参加する方が参加する側も楽しいに違いない。リアンの提案にルイスも頷いた。

「じゃあ早速、張り紙を作るか! 賞品は何がいいと思う?」

「まあ、普通に金一封でいいんじゃないの?」

 そういう事で、この日から毎夜、アリス捕獲ゲームが城の中で開催される事になった。

 不思議なもので、ゲームにした途端に参加者は増え、騎士以外に使用人達も参加しだした。

 さて、では誰か金一封を手に入れられたのだろうか? 金一封を手にしたのは、意外にもサラと言う名のメイド長だけだった。

 サラはアリスの習性を読み、シェフに断ってキッチンを解放することで、野菜を持ち帰り料理しようとした所を捕まえる、という案外誰も考えつかなかった方法で捕まえたのだった。

 金一封を手にしたサラは、その金一封でメイド達全員にお菓子を買ってきてやるという粋な計らいをして喜ばれた。

 このサラ、実はあのハンナのすぐ下で働いていたメイドだったのだが、それはまた別のお話である。

 結局、アリス達が城に滞在したのは一週間。この一週間の間にアリスはほぼ毎日寝ぼけて深夜に徘徊していた。

「やっぱりベッドに括りつけてないと、結構な頻度でこの時期は出歩くね」

「そうですね。皆が捕まえてくれるので、私達としては大助かりでしたが」

「言えてる」

 学園に戻る前日にそんな話をしていたノアとキリだったが、学園に戻る直前になってルーイにこんな事を頼まれた。

「是非また来年もいらっしゃってください! 王には既に許可も頂いてますので!」

 返答に困っていたノアとキリにルーイは言った。

 何でも、アリスにしてやられた事で一部の騎士団の人達に影響があったらしい。もちろん良い影響だけではない。プライドをズタズタにされて辞めてしまった者もいたが、逆に鍛錬に身が入った者達も居たそうだ。ようやく騎士団としての意識が芽生え始めたのだろう。遅すぎるぐらいだが。

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