第三十六話  流行とは、誰かが仕掛けているものなのです!

「手っ取り早くチャップマン商会を伯爵位に戻すには、やっぱり何か功績上げるのが早いよね?」

「そうだな。王家に契約を切られたのなら、もう一度王家に認められるような商品を扱うのが早いんじゃないか?」

「その匙加減が難しいな……聖女に流行を作ってもらうか。カイン、カインのお兄さんって、ペット商品しか扱ってないの?」

「いや、それだけじゃ流石に厳しいみたいで、ハーブも扱ってるよ」

「ハーブか。ありがと。もしかしたら今後、ちょっと色々頼むかも」

「いいけど、何しようとしてんの?」


 何やら不穏なノアの動きにカインは訝し気にノアを見ている。


「んー、流行を作ろうと思って」

「流行を……作る?」

「そう。流行りものっていうのは、絶対に誰かが仕掛けてるんだよ。それに皆が乗っかるから流行る。その元を作って、その販路をチャップマン商会にやってもらおうと思って」

「言いたい事は分かるけど、そんな事簡単に出来るの?」

「簡単ではないね。まず商品を決める所から始めないと。アリス、何かいい案はないかな?」


 突然話を振られたアリスはお菓子を食べる手を止めて首を捻った。


 食には煩いが、それ以外はとんと疎いのがアリスである。


「皆が困ってる事を調査してみたらいいんじゃないかなぁ?」


 名付けて自分で分からない事は人に任せてしまえ作戦である。そんなアリスの心の中など知らないノアはポンと手を打つ。


「なるほど。一理あるね。と言う訳で皆、身近な人が何か困ってないか聞いて回ってくれる? どんな些細な事でもいいよ。ていうか、些細な事の方が流行りを作りやすいから」

「例えば?」


 突然そんな事を言われても、誰に何を聞けばいいのか分からない。ルイスは目の前でどんどん消えていくお菓子を眺めながら呟いた。犯人はドンである。


「例えば……そうだな、もっと汚れが落ちる洗剤が欲しい、とかそういうのだよ」


 例えが庶民すぎるが、そこは許してほしい。ノアもまた庶民をちょっぴりアップグレードした程度の男爵家なのだ。


「つまり、あれば便利だなって物って事かしら?」

「そうだね。そういうのを集めてきてほしいんだ。どんな物でもいいよ」


 本音を言えば市井の人達の声を重点的に聞きたいのだが、この面子ではなかなかそれは難しいだろう。しかし貴族の間で流行ればおのずと庶民の間でも流行るものだ。となれば、市民向けの商品と、貴族向けの上位版を作ってやればいい。


「兄さま、石鹸とかどうかな? 安くて洗剤にもなるし、いいやつだったら顔も洗えるよ!スミスさんの所が火山の近くなんだって。軽石も取れるって言ってたし、きっと火山灰も沢山あると思うんだよね。火山灰って、汚れをすごく取るしミネラルもたっぷりだからお肌にも良いんだよ!」

「いいね、アリス。そういうの思いついたらどんどん教えて。キリ、悪いけど書き留めておいてくれる?」

「はい」


 すぐさま手帳にメモし始めたキリを他所にライラが呟いた。


「そう言えば……私、よく手紙を書くのですが、羽ペンにいちいちインクを付けるのが面倒なんです。もっとどうにかならないかな? とは思うんですが……こういうのもアリですか?」

「アリだね。何か解決策が――」


 ノアの話を遮ってアリスが手を上げた。


「ボールペン! ライラ、それはボールペン作れば解決だよ!」

「ボールペン? それはどういうものなの?」

「えっとね、長細い筒の中にインクが入ってて、先がこんなのになってるの。で、ここに小っちゃい玉がついてて、玉が回る事でインクが玉について文字が書けるっていう……」


 拙いアリスの絵を見てノアがすぐさま清書してくれた。


 その絵を見て感心したように考え込んだのはアランだ。


「これは便利ですね。なるほど、原理はとても簡単ですが、この筒を加工するのが大変そうです。商品の開発もですが、それを作れる所も確保しておかないといけませんね。そもそもここまでやってしまうと、それはもう商人の管轄ではないですし」

「そうなんだ。だからもう一つ商品の開発会社を作りたいんだよね。父さんの名前を借りるか」

「ノア、会社を興すつもりか⁉」


 驚いたルイスに対してノアはコクリと頷いた。


「アリスの記憶にはきっと便利なものがもっと詰まってるんだろうけど、それを再現出来なきゃ意味がない。だから商品化していけそうな物から開発会社で作る。出来た商品はチャップマン商会の独占販売にしてもらうとして、もちろん本業の商家の方でその間に知名度をもっと上げておいて欲しいな。調べなきゃ分からないぐらいの知名度では困るんだ」

「そうする事でどちらの会社にも出資者が増える、か。確かに独占販売にされると一枚噛もうとして金出す奴は絶対出て来るよな」

「うん。いずれキャロラインが聖女になれたら全身チャップマン商会の商品で埋め尽くしてもらって歩く広告塔になってもらうつもりだから」

「なるほど。公爵家の令嬢で次期お妃が身に着ける物はそれだけで価値がある。その上聖女となったら、嫌でも噂になるね」

「問題はさー、期間短すぎじゃない? 2が始まるのって三年後だっけ?」

「リー君の言う通り。その前に来年までにシャルルを大公にしておかなきゃいけないんだ」

「駄目じゃん!」


 商品開発とか言ってる場合じゃない。どう考えてもまずはシャルルの方に取り掛かるべきだ。


「でも、時間がかかるのは恐らくチャップマン商会の方だよ。商品を作って売りだして流行を作って王族にまで届かせなきゃならないんだから。最悪大公の方は暗殺という手も……」

「ノア!」

「いや、流石にそれは僕でもしないけど。穏便に隠居してもらう手がないかを調べる為には情報が必要でしょ? その情報を仕入れる為にチャップマン商会とカインのお兄さんに頼る以外ないんだよ、今は」

「分かった。じゃあ僕からもフォルス公国の情報仕入れてみるよ」

「え、そんな伝手あるの? リー君」

「僕だって腐ってもチャップマン家だよ。フォルスで商人やってる友人も何人かいる」

「う~ん、リー君は思っていたよりも有能だなぁ。じゃあ、情報収集よろしくね」


 しみじみと呟いたノアにリアンはフンと鼻を鳴らしたが、その横顔は満更でもなさそうだ。


「会社の名前考えないとなぁ……アリス工房にしようか?」

「どこまで妹馬鹿なの?」

「覚えやすくない? 大体チャップマン商会は長すぎ。そもそも覚えにくい。会社名はもっとキャッチーじゃないと」


 何故か異様に経営に詳しいノアにトーマスは感心したように頷いている。


「こうして話していると、ノア様の父上が王に『私は雀だが、息子は鷹だ』と言っていた意味が分かりますね。確かに一男爵家にしておくのは惜しい人材です」

「父さんそんな事言ってたの? ただの身内びいきだよ」

「俺はそうは思わんぞ! 学園を出たら是非王都に!」

「ねえルイス、話聞いてた? 僕は会社を立ち上げるの。王都で仕事なんてしないよ」


 はっきりと拒否したノアにルイスの顔が歪む。


 結局、この日の会議はこれでお開きになった。

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