番外編  王都に行かない理由

 はっきりと王都になど行かない! と言い切ったノアに、カインがずっと不思議に思っていた事を聞いてみる事にした。


「聞いて良い?」

「うん?」

「何でそんなに王都で仕事すんの嫌がんの? 稼ぎかなり良くなるよ? バセット家の事なら、アリスちゃんが婿養子でも取れば解決するんだし――」


 そこまで言った時、ノアが人差し指をカインの鼻に押し付けてきて言う。


「そこだよ。アリスがバセット家を継ぐ? それで僕が王都に? あのねぇ、何度も言うようだけど、僕は誰が何と言おうとアリスの側を離れる気はないの。例えばの話をしようか。僕が王都に行ったら、確実に次はどこそこの令嬢と結婚をってくるよね?」

「ま、まあそうだろうね」

「馬鹿なの? 僕だよ? 妹溺愛系を自称する僕が、まともに他の誰かと結婚出来ると思う?」


 この一言にみんな沈黙した。思うかどうかと言われれば、思わない一択だ。


「キャロライン、例えば嫁いだ先の旦那がさ、四六時中妹の話してたらどう思う? 週のうちの五日は実家に帰って、妹に何かあったら何があってもそっちを優先する。もしも嫁と妹が同じ時に事故にでもあったら間違いなく妹を優先する旦那、どう?」


 ノアの言葉にキャロラインは少し想像してみた。


 王都からの仕事を終えて帰ってくるなり、アリスに手紙を書くノアが容易に思い浮かぶ。アリス以外にはさして興味を持たないノアである。


 きっとそつなく結婚生活はこなすのだろうが、それでも生活の中心は恐らくアリスだろう。


「絶対に嫌ね。最初はいずれは自分の方を見てくれるだなんて淡い希望もあるかもしれないけど……あなたでしょ?」

「そう」

「じゃあその線は消えるわね」


 きっぱりと言い切るキャロラインにみんな頷いた。


「それで嫌なのか?」

「そうだよ。それ以外に理由なんてないけど?」


 どこで働こうが、ノアの心は一つだ。ずっとアリスと一緒に居る。それ以外の願いなど無い。


「な、なるほど。しかしなぁ……惜しいなぁ……」

「まあ、友情が終わる訳じゃないんだから、たまになら相談ぐらいには乗るよ。まあ、その時には僕も伯爵位ぐらいは手に入れてる予定だから、今よりは動きやすくなるんじゃない?」


 あまりにも自信たっぷりのノアの言葉にルイスは息を飲んだ。本気で言っているのだろうか? 男爵位が伯爵位を取ろうだなんて、相当な努力が必要だ。それをノアはさも簡単な事のように言う。そんなルイスの心を読んだようにキリが言った。


「ノア様は昔からやると言えば必ずやります。逆に出来ない事は絶対に言いません。だから、ノア様はおそらく将来は確実にどんな手を使ってでも伯爵位をもぎ取ると思います」

「そ、そうか」


 キリまでそんな事を言うのなら、ノアならやるのだろう、きっと。やはりコイツは鷹なのだ。


 頷いたルイスにノアはにっこりと笑った。


「ま、そんな訳だから諦めて。それか王都がうちの領地に引っ越してきてよ。そしたら僕は毎日でも通うよ」

「……」


 やはり――ノアはノアだ。


 机の上にあれだけあったお菓子もほとんどドンとアリスのお腹に収納され、トーマスは目を丸くしている。そりゃそうだ。貴族の令嬢と言えば出来るだけ細く見せる為にこんなガッツリ食べない。


「ルイス様、次回はもっとこう、お腹に溜まる物を用意した方がいいのでしょうか?」


 あまりの食いっぷりの良さにトーマスが思わずそんな事を尋ねると、ルイスもようやく机の上に残った空になった皿を認めて苦笑いを浮かべた。


「そうだな。育ち盛りの男子も多いし、その方がいいかもしれないな」

「食べたのほとんどこの子達だけど」


 リアンがそう言ってチラリと視線をアリスとドンに向けると、二人はスッと視線を逸らした。  


 食べられるときに食べておけという過去アリスからの教訓が、潜在意識の中に今もあるのかもしれないな、なんて思いながらノアはよく食べるアリスを見ていたが、実際はそんな高尚な理由ではない。ただ単に今回のアリスの食い意地が張っているだけなのだ。



 部屋に戻って早速部屋着に着替えたアリスはソファに座ってドンの毛づくろいをしていたノアの隣に座った。


「美味しかった? アリス」

「うん! 兄さまも美味しかった?」

「美味しかったよ。でも僕はやっぱりバセット領のお菓子の方が好きかな。キャシーのミルクから出来るバターサンドなんて格別だよね」

「私も! 私もそう思う!」


 既に懐かしいキャシーの姿を瞼の裏に思い浮かべたアリスは、ノアの肩に頭を乗せた。


「会いたいなぁ……皆元気かなぁ?」


 何となく呟いただけだったけれど、それを聞いたノアが申し訳なさそうに呟く。


「ごめんね、こんな所に連れてきて。アリスにはここは少し窮屈だよね」


 あれだけ普段から野山を駆け回って遊んでいたアリスだ。ここでも比較的自由にしているとはいえ、やはり退屈だろう。


「兄さまのせいじゃないよ。それに、ここも色んな人が居て楽しいよ。何より今回は兄さまも一緒だし、きっと過去アリスの中で私が一番幸せだよ!」


 ノアを見上げて笑ったアリスを見て、ノアは泣きそうな顔で笑って頭を撫でてくれる。そんな事をされてるうちに、アリスは瞼がだんだん重くなるのを感じていた。しばらくして。


「……アリス? 寝ちゃったの?」


 急に肩が重くなってふと見ると、アリスの目はしっかりと閉じられていた。どうやら頭を撫でられてるうちに眠ってしまったらしい。ついでに言うと膝の上で毛づくろいしていたドンも、いつの間にか裏返って眠ってしまっている。


 ペットは飼い主に似ると言うが、あまりにもそっくりなアリスとドンにノアが笑いを噛み殺していると、キリが部屋から出て来た。


「眠ってしまわれましたか」

「うん。起こさないように運ばないと。キリ、どっちがいい?」


 そう言って視線だけでアリスとドンを見ると、キリは間髪入れずに答えた。


「ではドンで」

「あ、ズルい」


 おかしそうに笑ったノアの膝からドンを抱き上げたキリは、従者仲間が作ってくれたというドン専用のベッドに運び込んだ。


「お嬢様の世話は昔からノア様がすると決まっていますので」

「そんな決まりいつ出来たの?」

「ペットの世話は飼い主が責任を持って生涯見るべきだと言ったのはノア様です」


 アリスは人型をした人間ではない何かだと思っているキリが真顔でそんな事を言うと、ノアは肩を揺らして笑った。


「確かに。じゃあ僕のお姫様をベッドまで運びますか。キリ、ドア開けて」

「はい」


 こうして、いつもバセット家の夜は更けていくのであった――。


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