第三十五話  温室育ちの猫と野生の獣+おまけ

「元々チャップマン家は王家に商品を卸してたんだ。生鮮食品から日用品、色んなものを取り扱ってた。王家に卸すものだからもちろん管理はかなりきっちりしてたし、実際ずっと問題なかったんだけど、ある時、いつも使ってる船が途中で難破しちゃって商品が届かなかった事があったんだよね」

「まさかそれで王家から切られたのか?」

「流石にそれはないよ。その時に事情をちゃんと説明すれば良かったんだけど、当時の当主はそれを隠そうとしたんだ。代わりに違う所から仕入れた物を新商品だと偽って献上した。それが化粧品だったんだけど、その化粧品、とっくの昔に廃盤になっていた物だったんだ。理由は、それを使うと顔が腫れ上がるほどの劇薬が入っていたから。もちろんすぐには気づかないよ。それどころか、最初はとても綺麗になるんだって。抜けるような白さが手に入るとかで、当時は一瞬大陸の方で大流行したらしいけど、すぐに廃盤になった。それを知らずに当主は新商品だと言って王家に売りつけたんだよ」

「悪魔の水……」


 ポツリと呟いたノアの声にリアンが驚いたような顔をした。


「よく知ってるね」

「噂に聞いた程度だけどね。ごめん、それで?」

「うん。それで、王妃様の顔が二目と見れないぐらいに腫れ上がって、そこから先は王子も知ってるんじゃない?」

「ああ。元の顔に戻すのに半年はかかったと聞いている。そうか、あれはチャップマン家の持ち込んだ物だったのか」

「そう。当時伯爵家だったチャップマン家は王家との契約を切られ、子爵家に落とされ、殆どの領地が没収された。当主もその責任を取り、祖父に家督を譲ってとっとと隠居。それで出来たのがチャップマン商会だよ。それまで使っていた取引先を全て変えて、一からどうにか今の地位にまで回復したんだけど、それをあの馬鹿は……」


 ダニエルの顔を思い出したリアンは小さく舌打ちをして、すっかり冷めた紅茶を一気に飲み干した。ついでにポットに残っていたお茶も自らカップに注いで飲み干す。


「三代前も相当だけど、ダニエルも相当だと、そういう事?」

「そう。親戚の中では馬鹿の再来だとか何とか言われてるよ。ほんと、いいのは顔だけ」


 ノアの質問にリアンはブスっとして答えた。


「わ、私はリー君の方がダニエルよりもカッコいいと思うけど」


 自暴自棄になりそうなリアンを慮ってライラがいうと、ほんの少しだけリアンが微笑む。


「ありがと。そんな事言うのは昔からライラだけだよ」

「そんな訳で、うちを伯爵家に戻すの至難の業だと思うんだけど? あ、これ美味しい」


 目の前にあったお菓子を食べてリアンが目を細めると、ルイスが同情したかのような顔でそっとリアンにそのお菓子を置いてやっている。


「もっと食べていいぞ。そうか、お前も身内で苦労してるんだな」

「ルイスは父親がねぇ」

「ああ。だがいい反面教師ではあるな。もっとも、それに気づいたのは最近だが」


 そう言ってため息を落としたルイスにカインもキャロラインもアランも苦笑いしている。


「とりあえず次の休暇に遊びに行った時にダニエルに会えたら一番手っ取り早いんだけど」

「呼ばなくても来ると思うよ。父さんがダニエルに言ったみたいだから」

「そうなの? じゃ、いっか。あ、でもアリスとライラさんはダニエルに近づかないようにね」


 ノアの言葉にライラは首を傾げたが、アリスはしっかり頷いた。迂闊に攻略対象に出会ってしまったらどうなるかをアリスはよく知っているのだ。まあ、ダニエルはアリスの攻略対象ではないので大丈夫だとは思うが、慎重になるに越したことはない。


「お前たち、何の話をしているんだ?」

「ん? 今度の長期休みにリアン君の所に遊びに行くんだよ。君達も来る?」


 まるで親しい友人を誘うかの如くルイスを誘ったノアの腕をリアンが掴んで首を振った。


「ま、待って! 急に何言い出してんの⁉ 無理に決まってんでしょ!」

「トーマス、次の休暇、俺は何か出なきゃならん行事はあるか?」

「次の、というと秋の休みですね。いえ、秋にはありません」

「そうか! リアン、俺の予定は大丈夫だぞ!」

「ルイスが大丈夫ならうちも大丈夫だな」

「私はどうかしら……ミア、どう?」

「お嬢様は残念ながらマリア様から別荘で紅葉狩りに誘われていますね」

「そう、残念だわ……」

「私も無理ですね。秋はポーションの材料が豊富に採れるので一家総出で山狩りです」


 次々に聞かれてもいない予定を語りだしたのを聞いて、リアンはガタンと勢いよく立ち上がって握りこぶしを作った。


「あんた達の予定なんか聞いちゃいないよ! 無理なのはうちの方だってば!」

「リ、リー君! そんな口の利き方したら……」

「いいや、言うよ。あんた達はもうちょっと自分の立場理解してよね! それに、言っとくけどうちは引くほど狭いから! どうせ従者とかゾロゾロ連れて来るんでしょ⁉ そんなに入らないからね! 寒空の下野営してもらう事になるんだから!」

「リアン君は言うねぇ。大丈夫。俺は連れて行くとしてもオスカーだけだから」

「俺もだぞ。トーマスだけだ。な?」


 嬉しそうに振り返ったルイスを見てトーマスは苦笑いを浮かべた。突然そんな事を言い出した最重要人物たちにリアンは怒り心頭である。


「それも心配だよ! バカなんじゃないの⁉ 何かあったらどうすんの? いっそ騎士団丸ごと連れて来なよ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るリアンを見てルイスもカインも楽しそうに笑っている。二人とも完全に面白いおもちゃを見つけた顔だ。


「でもね、リー君。この二人が居た方が色々と役に立つと思うんだよ」

「待って。ねえ、何であんたまでリー君呼びなの? あと、役に立つって何?」

「まぁまぁ、そこはいいじゃない。だってね、牽制になるよね? ダニエルへの。僕としてはこれ以上ダニエルがオイタ出来ないように静かにしといて欲しい訳。だからリー君にダニエルは頭が上がらない状態に持って行くのが好ましいんだよね。ダニエルって馬鹿なんでしょ?」


 ノアの質問にリアンはコクリと頷いた。酷い従弟である。


「だったらこの二人の存在は丁度いいよね? なんならチャップマン商会にとってもこの縁は繋ぐべきだと考えるんじゃない? ていうか、そう仕向けたい」

「つまり?」

「つまり、表のお飾りの看板はダニエルにやってもらって、裏ではリー君がチャップマン商会を動かして、って事」


 それを聞いたリアンは訳が分からないと言わんばかりだ。


「出ましたね。ノア様の馬鹿とハサミは使いよう、略してハリボテ作戦」

「全然どこも略せてないけど⁉」


 いちいち突っ込むリアンと、それをハラハラしながら見守るライラ。


「確か私もハリボテをさせられるのよね?」

「キャロライン様のは違います。実際にキャロライン様にも動いてもらうので、キャロライン様のは、アリスとキャロラインの仲良く聖女半分こ作戦です」


 大した違いはないのでは。誰もがそう思ったが、そこはあえて黙っておくことにした。いや、それ以上にキリのネーミングセンスがどうかしている。ついでにシレっとキャロラインを呼び捨てにした! 


「そ、そう」


 引きつった笑みを浮かべたキャロラインを見て、リアンは腹をくくったようだ。


「……分かった。一応、宿とかも何部屋か取っとく。言っとくけど! 絶対に護衛は連れて来てよ⁉ 何かあってもうちじゃ責任持てないからね!」

「分かった。ちゃんと連れて行こう。トーマス、手配を頼む」

「畏まりました。ところでリアン様、実家はどちらなんです?」

「北の方。めちゃくちゃ寒いから覚悟しててね」


 フンと鼻を鳴らしたリアンはお菓子に手を伸ばす。


 そんな様子にカインの手がさっきからずっとソワソワしているのだが、きっと猫みたいなリアンを撫でまわしたいのだろうとオスカーは推測していた。何故なら、オスカーもまた撫でまわしたいからだ。しかしリアンは人である。たとえ猫のようでも、人間である。


「リー君可愛いなぁ~。部屋に欲しいわ~」

「あんたまで! もういいよ、リー君で……くそ、何でこんな事に……」


 気付けばボソボソとお菓子を食べるリアンにそっと餌付けするルイスとカイン。それを無言で受け取って食べるリアンという不思議な構図が出来上がっている。


「ねえ、ねぇねぇ、ヒロイン私だよ?」


 何だか置いてけぼりのアリスが思わず言うと、ノアがよしよしと撫でてくれた。


「アリスは野生の獣だけど、リー君は温室育ちの猫って感じだから仕方ないよ。あ! でも僕にとってはアリスが一番可愛いからね。懐かない野生の獣を手懐ける快感っていったら、それはもう言葉に出来ないほどで――」

「ノア様、皆がドン引きしてます。自重してください」


 どんどんヒートアップしそうなノアの語りをキリが止めた。すっかりヒロインをリアンに盗られたアリスはしょげていたが、よく考えればいい傾向である。アリスは攻略対象から外れる為ならば、たとえそれが男子であっても友人であっても売るつもりである。ただの鬼畜である。


「じゃあ、秋休みは皆で旅行ですね! キャロライン様とミアさんにはちゃんとお土産買ってきますね!」

「ええ、楽しみにしているわ。気を付けてね。それから、リアン君とライラさんに迷惑をかけては駄目よ?」

「はい!」


 いっちょ前に良い返事をしたアリスにリアンはため息を落とした。


「……絶対ない。迷惑かけられまくるの目に見えてる……」


 先が思いやられるとはこのことだ。そんなリアンを慰めるようにライラが肩を撫でてくれた。どうやら、ライラだけがリアンの味方のようだ。






                おまけ


 キャロラインが『猛獣使いのお姫様』になったいきさつ。



「そう言えば、お前たちさっきまで森に居たと言っていたな?」

「うん。畑の整備してたけど?」

「大丈夫だったか? お前たちがここに来る前、森の方からそれはもう不気味な獣か何かの唸り声が聞こえてきて、学園内が少しザワついたんだ」

「……」


 ルイスの心配そうな顔を他所に、ノア、キリ、ライラ、リアン、キャロライン、ミアの視線が一斉にアリスに集まった。


「え、えっとー……だ、大丈夫です! ほら、みんなピンピンしてますよ!」

「そうか、ならいいんだ。物凄い声だったからな。てっきりドラゴンに次いで古の猛獣でも復活したかと思ったぞ」

「あ、あはは」


 思わず苦笑いを浮かべたアリスを隣からノアが、堪らないと言った感じでギュっと抱きしめて来た。


「ほらもう~可愛すぎるでしょ~! こんなヒロインなかなかいないよ~。獣通り越して猛獣だって!」

「こんなヒロインも居ませんが、それを溺愛できる兄もなかなか居ないと思います」

「……言えてます。結局その猛獣はお嬢様が宥めたのでもう大丈夫ですよ、ルイス様」

「あのキャロライン様の雄姿は是非みなさんに見せたかったです。思わず私も拍手してしまいました」


 従者二人の言葉はアリスのなけなしのプライドを守る為だったのだが、それをルイスとカインは本物の猛獣をキャロラインが追っ払ったと受け取ったようで、キャロラインを尊敬の眼差しで見つめて言った。


「そうか。ありがとう、キャロ。しかし、無茶はするなよ? 怪我などしたら一大事だ」

「え? え、ええ。あの、あなた達何か誤解してるんじゃないかしら」


 あの声の主はアリスなのだが。


 キャロラインが目を泳がせてアリスを見ると、指で小さな×を作って首を振っている。なるほど、知られたくないのか。


 キャロラインは小さく頷いてアリスの名誉の為に言った。


「猛獣にも、きっと色々事情があるんでしょう。もう悪さはさせませんわ」


 言い切ったキャロラインを見てルイスは頬を染め、カインは深く頷いている。どんどんこうやって誤解を招いて行く訳だが、アリスの為だ。仕方ない。


 キャロラインは静かにお茶を飲んで、ふぅ、と息をついたのだった。

 

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