第二十八話  ドラゴンの知られざる生態

 辛辣すぎるノアの言葉に一同はシンと静まり返った。


 定期的に出て来る話題ではあるが、今までそういう世界で生きてきたのだから仕方ない。そう簡単に思想は覆らないのだ。アリスの力を使えば簡単なのだろうが、それでは意味がない事もノアは十分理解している。だからこそこういうやりとりも大事なのだ。これも過程の一つだ。


 そんなノアの意思を正しく汲み取ったのか、カインは茶化すように言った。


「ね? ノアはこういう奴だよ。この先もしかしたら王の意見に対抗しないといけない事も出て来るかもしれない。その時に怖気づいてるんじゃ、未来はないって事なんだよ。まあ、ノアはいつだって言い過ぎだけど」

「そこについては否定しません。ノア様もお嬢様とは違うベクトルで一言多いので」

「キリ~? それは君もだからね」

「はい、自覚してます。ただ、私とノア様はあえて一言付け加えているので、お嬢様とは質が違いますが」


 どちらも質は悪いが、無意識にいらない事を言うアリスに比べればまだマシである。キリの一言にノアはきょとんとしているアリスを見て深く頷いた。


「言えてる。アリスの無意識の一言にどれだけの人が心を抉られたか……最早凶器だよ。で、話を戻そうか。とりあえず来週の頭に視察隊が来る、と。それで?」

「あ、ああ。そこであの改善策が妥当かどうかを判断するそうだ」

「どうやって?」

「それは分からん。だが、ただ授業を見学するとか、そういう事では無さそうだが……。

そこで了承が取れたら、全校集会で発表するつもりだ」


 一般生徒には決定してから伝えた方が変な期待をさせないでいい。そう判断したのはカインだ。


「あと俺からも。ドンの事親父に話したよ。案の定、一度連れて来なさい、なんて偉そうに言ってたけど、やんわり断っといた。あの様子だと絶対に討伐とはならないだろうから安心してね」


 カインはそう言ってノアの膝の上で仰向けになって眠りこけているドンを起こさないように抱き上げると、自分の膝の上に移動させた。その動作があまりにも自然すぎて、一瞬何が起こったか分からなかったほどだ。


「アランは? 何かないの?」

「ありますよ。ドンちゃんについてなんですが、ドラゴンは火を噴くじゃないですか? でもドンは火を噴かないのでどうしてだろう? と思って調べていたら、面白い事が分かりまして」


 そう言ってアランはローブの下からドラゴンノートを取り出した。


「ドラゴンはどうやら火を体内で生成する訳ではないようなんです」

「え? そうなの?」


 意外なドラゴンの生態にキャロラインは目を丸くした。元々生き物が苦手なキャロラインだが、多少撫でるぐらは出来るのに、ドンだけはどうしても苦手だった。でもそれは多分怖いのだ。ドラゴンと言えば火を噴くし大きい。そのイメージが強すぎる。


「ええ。ドラゴンが体内で生成するのは可燃性のガスのようなんです。これはドラゴンに限った話ではないですが、ドラゴンはそのガスの量が尋常ではありません。ドラゴンの胃には食べ物を分解してガスを発生させる微生物が他の生物よりも大量に生息しているようです。そして、そのガスをドラゴンは操る事が出来る」

「凄いね」


 感心したようなノアにアランは頷くと、さらに話を続けた。


「凄いのはここからですよ。いくらガスが生成出来ても、それだけでは火は出ません。そこで、ドラゴンの口の中には奥歯のさらに奥の部分に小さなポケットがついているそうで、そこに火打石を詰められるようになっているんだそうです。火を噴きたい時はその火打石を舌で押し上げて歯で刺激すると火花がガスに引火して、火を噴く」


 そこまで一気に話したアランは目をランランと輝かせた。


「凄くないですか⁉ 体内で出来たガスを利用して自ら火をつけるなんて、他のどんな生物もしません! だからドラゴンの口の中は鉄のように厚い皮で覆われているんです! 口の中が粘膜ではなくて皮膚だなんて! それだけでも物凄い進化ですよね⁉」


 そう言ってアランは口を開けて仰向けになって寝ているドンの口の中を覗き込んでみた。確かに他の生き物のようにドンの口の中は赤ではなくて真っ黒だ。


 古い書籍を調べていると、最初はこの口の中の色のせいでドラゴンの肉は黒いと思われていたようだが、実際に死んだドラゴンを解剖した医師の手記を読むと、ドラゴンの口の中は皮膚よりも固い皮である、と書かれていた。


 触ってみたい……唐突にそんな考えが浮かび、気づけばドンの口の中に手に入れようとした所で、カインにその手をはたき落された。


「何やってんの⁉ 気持ちよく寝てるのに、突然手突っ込まれたらビックリするだろ⁉」

「そうです! 何てことするんですか! アラン様!」

「その通りですよ! こんなにも気持ちよさそうなのに、可哀相じゃないですか!」


 カインとオスカーとミアにぼろくそに批判されたアランはシュンと首を垂れた。こんなアランだから、この中で唯一ドンが近寄ろうとしない。


「アラン、駄目だよ。いくら可愛くてもドラゴンなんだから、うっかり指落とす事になるよ」

「そうですよ~。いくら賢くても生き物は全て何しでかすか分かりませんからね~」


 そう言うアリスとノアの手にはドンがつけたであろう引っ掻き傷がたくさん出来ている。それを見て何かを察した一同は、思わず口を噤んだ。


「そうだ、カイン様。ドンにそろそろ飛行訓練をさせようと思うのですが、時間のある時にこの鷹を貸していただけませんか?」


 突然のキリの言葉にカインは首を傾げた。


「それは別に構わないけど……俺も参加していい?」

「もちろんです。オスカーさんもお願いします」

「喜んで! すっごい楽しみだね! いつやる? 明日とか⁉」


 予想もしなかったお誘いにオスカーは両手を組むと目をキラキラさせる。すっかり敬語も忘れたオスカーが、聞いてもいないのに自慢の鷹の話をしだした所で秘密の夜会は終了した。



 アリスは部屋に戻るとそのまま仰向けにソファに倒れ込んで大きなため息を落とした。


「どうしたの? 疲れた?」


 真上からアリスを覗き込んだノアは心配そうにアリスのおでこに手をあてて熱を測る。


「兄さま、このループが上手くいかなかったらどうしよう……もしかしたらもう兄さまには会えないかもしれないの?」


 さっきのノアの言葉がアリスの脳裏にこびりついたように離れない。次があったとしても、そこにはもうノアは居ないかもしれない。そう考えただけで泣きそうになる。


 うっすら涙を浮かべてそんな事を言うアリスに、ノアは目を丸くしている。


「ほんとにどうしたの? いっつもあんな事ぐらいじゃこんなヘコまないでしょ?」

「そうだけど……嫌なものは嫌なんだもん。兄さまはずっと私と一緒でしょ?」


 両手を伸ばしたアリスをノアはためらうことなく抱きしめてくれた。


 何か悲しい事があった時は、ノアはこうしていつも抱きしめてくれる。母親が出て行ってしまってから、それこそずっとだ。


「よしよし。良い子だから泣かないで。大丈夫だよ。きっと全部上手くいくから」

「ほんと?」

「ほんと。僕が嘘ついた事ある?」


 ノアの質問にアリスは過去を思い出すように視線を彷徨わせていたかと思うと、次の瞬間、半眼でノアを見上げてきた。


「……あるよね?」

「あー……あったっけ?」

「あるよ! いっぱいある!」

「そうだっけ?」


 マズイ。そう思った時には既に遅かった。アリスはソファから起き上がって指折り数えてノアが今までついた嘘を並べ始めてしまった。そこにキリまで加わってくるから始末に負えない。


 でも、そのおかげでアリスはすっかり元気になったようで、結局プンプンしながら寝室へと引っ込んでしまったのだった。


「ノア様、流石です」

「何が?」

「自分の非をあえて囮に使う事でお嬢様の機嫌を取るなんて」

「いや、別にそういうつもりだった訳じゃないんだけど……僕、結構アリスに嘘ついてるね」

「ええ。細かい嘘ならもっとあるかと」


 そう言ってキリが口を開こうとすると、ノアは慌ててそれを遮った。


「いや、いい。思い出さなくていいよ。それよりも、リアンは信じてくれると思う?」

「大丈夫じゃないでしょうか。リアン様もある意味お嬢様と同じように単純なタイプなので。ただ、今は反抗期の真っ最中なのだそうで、少々天邪鬼かもしれませんが」

「なにそれ、可愛いね」


 反抗期で天邪鬼だなんて、真っ当な家の子という感じがして良い。意外な所でリアンの好感度が上がったノアは目を細めた。


「まあ、最悪ルイス使って脅せばいいか」


 王子の命令だとでも言えば渋々従ってくれるだろう。あの権力をこういう時に使わなければいつ使うというのだ! 


 いや、明らかに使いどころを間違えているのだが、生憎ここに突っ込みは存在しない。


 ノアの言葉にキリも深く頷いた。ちょっと話した感じ、感性は誰よりもまともそうなリアンとライラが加わる事で事態が少しでも良い方に向かえばいい。

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