第二十七話  兄は怒っている!

「アリス、リアン・チャップマンを仲間に引き入れよう。出来れば、ライラ・スコットも」

「ええ⁉ ダ、ダニエルは⁉」

「ダニエルを伯爵にする為にだよ。それに、アリスの書いた設定集を見る限り、ダニエルを仲間に入れるのは得策じゃない気がするんだよね」

「確かに……」


 『花冠2』の攻略対象であるダニエル・チャップマンは、いわゆる俺様系で、キャラとしてはそれで良かった。溺愛系で強引にヒロインを振り回すキャラ設定は、好きな人は大変好きだろうから。しかし、かなり強引であまり人の話を聞かないのが玉に傷で、そんな人と現実に付き合いたいかと言えば、答えはノーである。


「でもリー君、仲間に入ってくれるかなぁ?」

「そこはアリスの腕の見せ所だよ。多少のオイタはしてもいいから、どうにか説得してみて」

「ノア様リアン様の事、お嫌いなんですね……」


 憐れむようなミアの声にノアは笑顔で頷いた。


「嫌いだね。僕のアリスが可愛くないなんて、目が節穴どころか、むしろ節の穴が詰まってて何も見えてないんじゃないの? ってレベルだよ」


 妹溺愛系兄としては、ちょっと黙っていられないノアであるが、背に腹は代えられない。ダニエルは絶対に人の話を聞かないタイプだし、それこそアリスにちょっかいをかけられたらと思うと、気が気じゃない。


「とりあえず、僕からは以上だよ。他には誰か何かある?」

「俺からも一つ報告だ。来週の頭に王都から学園に視察隊が来る事になった」

「あら! じゃあもしかして……」

「ああ。学園改善案を提出したんだ。どう転ぶかはまだ分からないが、視察隊が来るという事だけは念頭に置いておいてくれ」

「それは構わないんだけど、誰がくんの?」

「分からん。流石に父は来ないだろうが……」


 そう言ってルイスは頭を抱えた。父は来ないだろうと思う。思いたい。


 けれど、あの父だ安心は出来ない。


 現王でありルイスの父、ルカ・キングストンはとにかく面白い事が大好きだ。若い頃は相当に無茶ばかりして周りを振り回し、祖母が父しか産めなかった事をずっと悔やんでいた。


 決して悪い人間ではないのだが、横暴で何でも自分の思い通りにならないと気が済まない、典型的な王族なのだ。だからカインの兄の話を聞いた時も、あの父ならやりかねない、とさえ思った。結果、優秀な人材をフォルスにやってしまう事になったのだから、父は本当に反省してほしい。


 そして、そんな血がルイスにも流れているというのを、あの宝珠を見て思い知った。父のせいで色々と苦労した母を間近に見ていたのに、あんな風にはなりたくないと思っていたのに、自分がした事と言えば、父とそっくり同じ事だった。


「王様ねぇ。まあ、あれだ。ルイス、ファイト!」

「全然そんな風には思っていないだろう? ノア」

「んー……というか、ぶっちゃけもう現王はほとんど機能してないでしょ? 今ルーデリアの政動かしてるの、ほとんど宰相さんじゃないの?」

「……」


 ノアの忌憚のない意見にルイスは黙り込んだ。隣でアランも言葉を詰まらせ、キャロラインなど青ざめている。


「ノ、ノア様、それは不敬罪に当たるかと……」


 思わずというように口を挟んだトーマスに、悪びれる事なくノアが言い返す。


「不敬罪? そんなのが怖くてこのループから出られると思うの?」


 ノアの一言に皆は黙り込んだ。確かにノアの言う通りだったからだ。このループから抜け出せない限り、未来はない。


「それに、皆勘違いしてるみたいだから一応言っておくね。今までループしてたんだから、もし今回間違えた選択をしても、また次にやりなおせばいい。そう思ってるなら、それ、大きな間違いだからね」

「え?」


 青ざめていたキャロラインが呟くと、おそらく同じことを考えていたであろうアランも目を丸くした。


「だって、どこにそんな保障があるの? この世界は物語じゃない。現実だ。そう思ってるのに、どこかにリセットボタンでもあると思ってる? ループはこれで最後かもしれない。そう思って動かないと、何が原因でループが起こってるのか分からないんだから」

「ループが最後かもしれないのなら、それはそれでいいんじゃないか?」


 安直なルイスの答えにノアは大きなため息を落とした。


「あのねぇ、それが例えば飢餓エンドみたいな最後だったらどうするの? どのみちルーデリアは滅びて終わりでしょ? 良い結末を踏みたいのなら、過程が何よりも大事なんだよ。結果っていうのは、過程があってこそなんだから」

「ノアの言う通りだね。不敬罪とか王とか国の政は今はどうでもいいよ。俺達がやるべきことは、何よりも未来を掴む事だよ。未来がなきゃ国も王も無いんだから」

「そ、それはそうですが……」

「トーマスの言いたい事は分かるよ。ノアもいくらここに王が居ないからって正直に言いすぎだけど、実際、今のノアの言葉がほぼ下級貴族や平民の総意なんだと思う。多分うちの父も思ってる。もちろん、俺も」

「カイン!」

「それにさっきから聞いてたらここに居る人達はそういうのは一旦忘れてるって俺は思ってたんだけど、もしかして違うの? そうじゃないならノアは力なんて貸してくれないよ。でしょ?」

「まあ、そうだね。ここにそんな話を持ち出すのなら、僕たちは僕達で勝手にやるよ。もしかしたら僕達だけでもループから外れる事も可能なのかもしれないし、その可能性もゼロじゃないはずなんだ。はっきり言って、僕はバセット領だけ救われればそれでいいとすら思ってるからね」

「……兄さま……それは流石にどうなの?」


 知っていた。兄はこういう人だ。基本的には誰も信用してないし、信頼もしてない。

 つまり、やりかねない!


「だってアリス、いちいちこういう面倒な事挟んでる場合じゃないんだよ。今回はたまたま僕がいる。でも、もしかしたら次はまた僕は居ないかもしれない。キリにもきっと記憶はない。そんな状態でアリスだけでどうにか出来る? そもそも次があるっていう保証もないけど」


 ノアの質問にアリスは考える間もなかった。どうやらそれはキリもだったようで、二人は同時に口を開いた。


「無理だ!」

「無理ですね」

「ほらね。僕は出来るだけの事はするつもりだけど、カインの言ったように国とか階級とか、そんな狭い範囲でしか見れないような奴はここにはいらないよ」

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