第二十九話  アイスクリームは自宅で簡単に作れます

 翌日から、アリスのリアンとライラ攻略が始まった。とはいえ、ライラの放心状態はまだ続いているので、まずはそれを治さなければならないのだが。


「ね~え、ライラ? いい加減元に戻らな~い?」


 優しく問いかけてもライラは頷くばかりで反応しない。リアンは隣のクラスだから話す機会と言えば食事の時ぐらいだし、一体どこから手をつければいいのか。


「で、なんでお嬢はここに来るんだ?」

「っス。ここ、お嬢の愚痴り場所じゃないっス」


 ひとしきりアリスの愚痴を聞いたザカリーとスタンリーは、今日もイカリングを揚げながら厨房のすみでさっきからずっと何かをしているアリスに聞いた。


「んー……やっぱ、こういう時って甘いものかなって思って」


 アリスがさっきから一生懸命作っているのは、クレープだ。まず生地を作る所から始まり、生クリームをホイップして冷やしている間に余った牛乳でアイスクリームを作る。


「袋に塩と氷入れて~中の袋にはミルク~振り回す!」

「うおぉぉ! こら! 何やってんだ!」

「お嬢、今度は何作ってんスか?」


 段々アリスのやる事に慣れてきたスタンリーが近寄ると、アリスはスタンリーにミルクの入った袋を渡した。


「はい、スタンリーさんはこれしばらく揉んだり振り回しといてね」

「はあ?」


 言われるがままスタンリーが袋を振り回していると、ザカリーまで寄ってきた。


「つかお前、氷こんなに使って! 貴重なんだぞ! 氷は」

「大丈夫だも~ん。この氷はキャロライン様に出してもらったやつだから」

「お、おま! な、なんつー事させてんだ! 未来の国母だぞ⁉」


 恐ろしい。一体どんな顔をしてキャロラインに氷を出してと頼んだのか。いや、アリスの事だ。どうせ普通にお使いでも頼むように頼んだのだろう。


「ザカリーさん、この余ってる果物もらうよ~」


 アリスは焼いたクレープ生地にホイップしたクリームを乗せてその上に果物を散りばめる。


「おお! なんか固まってきたんスけど!」

「いい感じいい感じ! ありがとね、スタンリーさん」


 袋を開けて中からアイスクリームを取り出し果物の上に乗せて、あらかじめ用意しておいたチョコソースをかけて巻けば……。


「じゃじゃーん! クレープの完成です! はい、頑張ったスタンリーさんが一番乗りね」

「あ、どもっス」


 見た事もない形状のスイーツを受け取ったスタンリーだったが、入っている物はどうやってもまずくなることが無い物ばかりだったので、今回は安心できる。そう思ってクレープを食べ始めたのだが……。


「う、うまっ! な、なんなんスか⁉ コレ! ヤバ!」


 さっきスタンリーが振り回していたミルクがこんな食べ物になるなんて! 感動したスタンリーは気づけばクレープを一瞬で食べてしまっていた。


「お、おい、そんな美味いのか?」

「ヤバイっス。これは受けるっス」

「クレープが嫌いな女子はいないよ~。中に入れる物も色々あるんだよ! はい、ザカリーさんのね。皆のも作んないと! 忙しい忙しい」

「サンキュー……」


 滅多にテンションの上がらないスタンリーが一瞬で食べてしまったクレープとやら。一体どんな味がするのか……。スタンリーは一口ずつ慎重に口に運んで、やがてアイスクリームに到達した時に目を見開いた。


「な、なんじゃこりゃぁぁ!」

「ね? 美味いっしょ? 美味いっスよね⁉」

「お、お嬢、お前、これどんな魔法使ったんだ⁉」


 興奮した二人にアイスクリーム製造袋を渡したアリスは、人差し指を立てた。


「はい、振り回してね! 魔法じゃないよ。氷に塩入れてめっちゃ温度下げたの。で、振り回して空気入れながら凍らせると――あら不思議! アイスクリームの出来上がり~!」

「……わかるか?」

「わかんねっス」


 原理はよく分からんが、とりあえず振り回せと手渡された袋を振り回す事十分程。作業台の上にはズラリとクレープが並べられている。そこに次から次へとアリスがアイスクリームとチョコシロップをかけて巻いていく。


「さて、これでは持ち歩きが不便ですね?」

「持ち歩く? これを? いや、無理だろ」


 スタンリーとザカリーが食べたクレープは皿に乗っていた。それをきちんとフォークで食べたのだが、どうやらアリスの思うクレープはそんな食べ方はしないらしい。


「ところが出来るのです! この形状! これがポイントです!」


 そう言ってアリスは揚げ物用の袋、少し長いバージョンを即席で作ってみせた。そこにクレープを入れてクルリと余った部分をクレープに巻き付けて接着テープで止める。


「ドヤ!」


 見まごうことなく、どこからどう見てもクレープの出来上がりである。


「おおお!」

「これ、絶対当たるっス! 間違いないっス!」

「そうであろう、そうであろう? 作っていいよ! 販売してもいいよ~。ちなみに、このアイスクリームはそのまま食べてもいいし、色々味を変える事も可能です! 良かったら試してみてね! それじゃ、ありがとね~」


 場所を借りたお礼を言うと、アリスは人数分のクレープを氷が入った縦長の容器に詰めて厨房を後にした。放課後、食堂に集まるように皆に伝えておいたのだ。もちろん、ライラとリアンも呼んである。


 食堂と談話室は放課後、上流階級の溜まり場になる。だからこそ、あえてそこを選んだ。


 アリスが両手に容器を抱えて食堂に入ると、食堂の中央に皆が居た。そこから少し離れた所にライラとリアンが居心地悪そうに座っている。いや、ライラは相変わらずボーっとしているが。


「アリス! 一体どうしたの? 今度は何やらかしたの⁉」

「ひ、ひどい! キャロライン様ってば、私=何かやらかしたって思ってません⁉」


 まあ、大抵の場合そうなのだが。そんな言葉を飲み込んだアリスは皆の居る机の上にクレープの入った容器を置いた。


「さあ、召し上がれ~! アリス特製クレープです!」


 突然目の前に置かれた得体のしれない三角錐の何かを一番に手に取ったのはドンだった。


「キュキュ!」

「お、ドンちゃんいいね~いいよ~。冷たくて美味しいよ~~」

「キュウ!」


 大きな口を開けてクレープにかじりついたドンは、アイスクリームの所まで食べて目を輝かせた。キラキラした顔でアリスを見上げてくる。


「溶けるので皆も早く食べてくださいね!」

「……溶ける?」


 不思議そうに呟いたルイスの声を無視して、アリスは容器から三つのクレープを取り出してリアンとライラの元に向かった。

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