18話:誰でも良いとはいうけども

 それから私は、音楽部の部室で実さんと昼食を一緒に摂るようになったが、彼女が私に手を出すことはなかった。私を落とすとか言ったくせに。おかずは毎回分けてくれるが…もしかしてこれが私を落とす作戦なのだろうか。餌付け作戦だろうか。

 と、思っていると今日は甘えるように肩に頭を預けてきた。


「…食べにくくね?」


 問うと、彼女は箸を止めた。


「…今日は食欲がないから、あと食べて」

 

「…大丈夫?保健室行く?」


「…いい」


 そうは言ってもしんどそうだ。額に手を当てると「触らないで」と振り払われた。熱はなさそうだった。


「…お腹痛い?」


「…少し」


「…ちょっと席外しますね」

 

「…駄目。ここに居なさい」


「…トイレ行きたいんすけど。漏らせと?そういうプレイですか?」


「…早く行きなさい」


 弁当を置いて部室を出る。トイレに行きたいというのは口実だ。ああ言わないと離してもらえない気がしたから。

 自販機にお金を入れ、温かいお茶を買い、部室に戻る。よほど辛いのか、彼女は先程まで座っていた場所で顔を顰めて横になっていた。隣に座り、膝を枕として貸し出し、買った温かいお茶を彼女の腹に当て、ブレザーを脱いで彼女の下半身にかける。


「…優しくしたって何も出ないわよ」


「…弁当くれたお礼ってことにでもしておいてください」


「…触っていいわよ」


「あ?」


「…わたしの身体、好きにしていいわよ。…それが望みなんでしょう」


「はぁ…。…誘うならもっと元気な時に誘ってくださいよ…」


 誘いを無視して箸を進めていると、左手を掴まれた。掴んだ私の左手を、彼女は自身の胸に押し付ける。ため息を吐き、そのまま左手に少し力を込めてやると彼女は顔を顰めた。見つめあったまま、左手だけでブラウスのボタンを一つ一つ外す。開いた隙間から手を滑らせ入れると、彼女は怯えるように固く目を閉じた。

 そんな顔するなら誘うなよ。馬鹿。


「…はい、触って良いって言われたんで触りました。以上」


 手を引っ込め、右手も使ってブラウスのボタンを元に戻し、何事も無かったかのように再び箸を進める。


「…なんでしないのよ…」


「だから言ってるじゃないっすか。嫌がってるのに無理矢理するのは趣味じゃないって。それより痛みは?引いた?薬とかあるなら教室行ってとってきてあげようか。何組だっけ…経理科ですよね?」


「…六組。…前の入り口から一番近い席。カバンのポケットの中のピンクのポーチの中に入ってる。…分からなかったら柚樹か静に聞きなさい。二人とも六組にいると思うから」


「…ん。分かった。取ってきます」


 彼女の頭を膝の上からそっと退かし、部室を出て小走りで二年六組へ向かう。教室を開けると視線が集まるが、気にせず彼女のカバンのポケットを漁る。見つけられずに静さんに聞きにいこうとすると、彼の方から声をかけてポーチを出してくれた。


「探しものはこれですよね?お嬢さ…実さんに頼まれたのでしょう?」


「そうっす。あざっす」


 ポーチを持って部室へ急ぐ。途中ぶつかりそうになった教師に「廊下を走るんじゃない!」と叱られたが、形だけ謝り、ぶつからないように気をつけながら走る。部室を開けると彼女はよっぽど痛いのか丸まって呻いていた。


「実さん、薬持ってきましたよ」


「…遅い…」


「これでも急いだんだよ。身体起こせる?」


 ポーチを差し出すと乱暴に私の手から奪い取り、中を開けて薬を口に運び、私が買ってきたお茶で流し込んだ。ほっと一息つくと再び私の膝を枕にする。


「…私に何か言うことない?」


「…ありがとう」


 珍しく素直な返しに驚いてしまう。


「…よっぽど弱ってんだな。…保健室行きます?行くなら伝えてきてあげるよ。同じクラスなのは静さんだっけ?」


「…えぇ」


「…行く?保健室」


「…そうね。ちょっと…午後の授業と部活に耐えられる気がしないわ」


「ん。じゃあ行こうか」


 弁当を片付けて彼女からブレザーを返してもらい、彼女を退かして立ち上がる。彼女も立ち上がろうとするが、よっぽど痛いのか上手く立ち上がれずに崩れてしまう。咄嗟に抱き止める。


「…歩けます?」


 私にもたれかかったまま、彼女は首を振る。


「…じゃあちょっと失礼しますね。弁当持ってて」


「へっ…な、何…ちょっ…!」


 2人分の弁当とお茶を彼女に託し、彼女を横抱きにする。いわゆるお姫様抱っこだ。

 そのまま足で部室のドアを開け、足で閉めて鍵をかける。


「…貴女、見た目のわりにゴリラね」


「よく言われますけど、人間です」


「…メスゴリラ」


「…お口が悪うございますわよ。お嬢様」


「…ふん…」


 しかしなんだかんだ悪態をつきながらも彼女は暴れたりせずに大人しく運ばれてくれた。

 視線が気になるのか、私の肩に顔を埋めて隠してはいたが。


「失礼しまーす」


「はーい。どうし…」


 保険医の先生は私の姿を見ると固まってしまった。


「お腹痛くて歩けないって言うんで」


「そ、そう…あなた…見かけによらず力持ちね…」


「この人が軽いだけですよ」


 まぁ、80キロ近いうみちゃんや望くらいまでならかつげるくらいの力はあるが。あの二人と比べるからかもしれないが、実さんはかなり軽く感じた。


「先生、ベッド借りていいっすか?歩けないくらい辛いみたいだから」


「ええ」


 カーテンの開いているベッドに彼女を降ろす。


「…弁当ありがと。私は教室戻りますね。ここにいること静さんに報告しておくから」


 弁当を受け取って戻ろうとすると袖を引かれ止められた。


「…何?」


 振り返って言葉を待つが、彼女は何も言わない。やがて手を離してそっぽを向いた。


「…実さん、弁当ありがとね。美味しかった」


「…私が作ったわけじゃないわ」


「じゃあ作った人に代わりにお礼言っておいて」


「…伝えておく」


「うん。またね、実さん」


 ベッドのカーテンを閉める。「ありがとう。月島さん」と小さな声が聞こえた気がした。それが幻聴でないなら、初めて名前を呼ばれたことになる。

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で「どういたしまして」と返して保健室をあとにする。二年六組の教室に寄って彼女が保健室にいることを静さんに伝えてから教室に戻る。


 彼女はだんだんと私に心を開いてきてくれている。…気がする。…自惚れかもしれないが。

 それが嬉しいとは感じている。だけど相変わらず、私の心は動かない。彼女と距離を詰めると聞こえる少し早い心音は、きっと私のものではない。無理矢理掴まされた彼女の胸から伝わってきた鼓動は早かった。だけど私の心は…言うまでもなく。

 まるで私、人間の感情を知りたいと願うアンドロイドみたいだなと苦笑する。ファンタジーでよくあるやつだ。心がなかったはずのアンドロイドに、なんらかのきっかけで感情が芽生えるやつ。私はそんな感じだ。実さんを通して恋を知ろうとしている。しかし一向に芽生える気配はない。

 愛してはいる。それはもう、確定事項だ。だけど恋ではないのだ。だって、ドキドキしないし、彼女とエッチなことをしたいという気にもならない。いや、したくないわけではないのだが、相手が彼女じゃなきゃいけないとは思えないのだ。どうしても。一般的にはクズだとか最低だとかビッチだとか言われるが、私は相手が女性であれば誰でもいいのだ。実さんである必要がない。だから手を出さない。嫌がる女性を無理矢理犯したいという変態的な嗜好はないから。そんな一方的な行為、一人でするのと何が違うのか。




「起立、礼」


「ありがとうございました」


 5時間目の授業が終わったところで、ノートを写し終えてから彼女の様子を見に保健室へ向かう。


「先生、実さん生きてます?」


「今日はもう無理そうだから早退させる。多分もう家の人が迎えに来ると思「失礼します」」


 保健室にスーツ姿の若い男性が入ってきた。20代くらいに見える若い男性だ。


「実お嬢様のお迎えにあがりました」


「そこのベッドです」


 お手伝いさんが何人か居ると言っていた。このスーツの男性もそうなのだろう。とても彼女の父親には見えない。というか、お嬢様って言ってるし。父親ならそんな呼び方しないだろう。


「お嬢様。お迎えに参りましたよ。入ってもよろしいでしょうか」


 ベッドに向かって男性が呼びかける。物音が聞こえ、カーテンが開いた。


「よっ。もう痛みはおさまりました?」


 私がそう声をかけると彼女は不機嫌そうな顔をする。


「…早川。帰るわよ」


「はい。…彼女はご学友ですか?」


「違う。勝手に懐いてる犬」


 いつも通りの悪態を吐く彼女。それに少し安心してしまった自分に苦笑する。それにしても、ご学友ってリアルで初めて聞いた。本当に使う人居るんだと少し感動してしまう。


「…いくわよ早川」


「はい」


 早川と呼ばれた男性は私に頭を下げて、彼女を連れて保健室を出て行った。


「…あなた…えっと…」


「一年一組の月島満です」


「月島さんね。…一条実さんとは仲良いの?」


 良いです。なんて言ったら睨まれて舌打ちされそうだ。


「…一緒にお昼食べてます」


「天宮さんや安藤さんと?」


「いや、二人で」


「えっ、珍しい。あまり人に心開くタイプじゃないのに。昔から仲良いの?」


「高校入ってから知り合いました」


「へぇ…。…先生も未だに心開いて貰えないのになぁ…」


 羨ましそうに先生は呟く。死ねとか、ビッチとか、毎日のように悪態をつかれているのを知っても羨ましいと思えるだろうかと苦笑いしてしまう。


「…先生から見た実さんってどんな人ですか?」


「大人しい子よ。必要最低限しか喋らないし、笑ったところを見たことがない。…月島さんはある?」


 彼女のことを思い浮かべると、浮かぶ顔はいつも不機嫌そうな顔だ。


「私といるときはほとんど顰めっ面ですね。嫌われてるんで」


「…お昼一緒に食べてるなら嫌われてない気がするけれど」


「…複雑な感情向けられてるんすよ」


 私は彼女から嫌われていると説明するが、彼女から向けられる感情は"嫌い"の一言では表せないと思う。


「嫌われてるって思うのにどうして一緒にいるの?」


「…中学生の頃、友達が凄く病んでて…死にたくて仕方ないって、泣いてたんです。…あの人はその頃のあいつに似てるから放っておけないんすよ」


 私から彼女に向ける感情もそれだけではない。彼女と一緒にいることで恋という感情を知ることができないかもしれないという期待もある。一言では説明できない。


「その子は…」


「あぁ、別に死んでないですよ。今は元気っす。まだちょっとメンタル不安定かなって時はあるけど…その辺は元々の性格なんで。いつもニコニコしてるから図太い奴だって誤解されがちっすけど」


「…その子のこと、好きなのね」


「好きですよ。あ、言っておきますけど、恋愛的な意味じゃないっすよ」


 本当に?とニヤニヤする先生。苦笑いしてしまう。


「そいつには今は恋人が居るんすけど、その恋人に対して妬いたりとか全然無いんで。だから恋愛感情は一切ないです。…そもそも私、恋愛感情ってやつがわからないんです。…アロマンティックって聞いたことありますか?」


「アロマンティック?」


 首を傾げる先生。他者に対して恋愛感情を持たないという、セクシャルマイノリティの一種だと説明するとうんうんと頷いた。


「…アセクシャル…みたいなものかしら」


「あぁ、そんな感じです。アセクシャルの人は性的なこともしたいと思わないらしいんすけど、私はその辺の感情はあるんで」


「…な、なるほど…」


 ちょっと引いているように見えるが仕方ない。これでもオブラートに包んで説明したつもりだ。これ以上オブラートに包めと言われたらもう「ネットで調べろ」の一言につきる。


「…月島さんってなんか、見た目と中身のギャップが激しいわね」


「よく言われます。けど、これが私のチャームポイントなんで。ギャップ萌えってやつっすよ」


「…自分で言うのね…」


『ギャップじゃなくてギャップだろ』と言われたりすることも多々あるが。


「…まぁ、私は昔からこうなんで、今更見た目通り可愛く生きろとか言われたって無理っす。耐えられないんすよ。キャピキャピしてる自分に。…演劇部なんでそういう役やらされることもありますけど」


 それはもう仕方ないし、役は役で私は私では無い。私の身体を貸してやっているだけだ。


「身体を貸してるだけ…なんだか物凄くプロっぽい発言ね…」


「演劇は好きですけど、プロになるつもりはないです。そこまでの熱意があるわけじゃないですし…ネットに書き込まれる悪口に対して大人な対応できる自信も無いですし…」

 

「…そこなのね…」


「そこ大事じゃないですか?私、自分で言うのもなんですけど、血の気が多いんですよ。殺害予告とかされても『上等だ、かかってきな』とか言って煽っちゃうタイプですよ」


 実際、不良と喧嘩している時に刃物を向けられたことがあるが…私はどうも、殺意を向けられると楽しくなってしまうたちらしい。殺されることに対する恐怖がないわけでは無いが、私を弱い人間だとなめてかかって、返り討ちにされて悔しがる顔を見下ろす瞬間が最高に楽しい。

 …実さんに対しても若干そういう気持ちがあるのかもしれない。


「…引きました?」


「…若干。でも…なんか、個性的で面白い子ね。あなた」


「ははっ。ありがとうございます」


「…一条さんのこと、よろしくね。あなたならあの子の抱えている何かを取り除いてあげられる気がする」


「…そう思いますか?」


「うん。…でも…無理はしないでね」


「…先生もあの人のことが心配なんですか?」


 そう問うと、彼女は俯いて「あなたと同じ理由でね」と呟いた。


「…あなたのお友達と違って、私の友人は…」


 その先は言わなかったが、言わなくともその人に何があったのかは空気で察した。


「…だから…助けてあげたいの。…エゴかもしれないけど…」


「…」


 私のしていることもエゴだろうか。…いや、いつも呼び出してくるのは彼女の方だ。私から無理にぐいぐい行っているわけではない。それに、エゴだというのならわざわざ自分のことを話したりしないだろう。


「…私も同じ気持ちです。あの人の抱える闇を振り払いたい」


「…私に出来ることがあったら言ってね。協力する」


「ありがとうございます。教室戻りますね」


「えぇ」


 先生に頭を下げて保健室を出ると、男子生徒が立っていた。実さんの兄の柚樹さんだ。


「…よっ。妹に飼われてる可愛いわんちゃん」


「…どうも。何か用っすか?」


「用というか…口説きにきた」


「はぁ…」


「放課後暇?デートしない?」


「今日は部活あるんで」


 柚樹さんは悪い噂が多い。危険な男だと先輩達は口を揃えて言う。『遊べなくなるから本気の恋愛はしない』というのがモットーらしい。実さんは私を『柚樹と同じ』だと言っていた。私も彼のことは気になっていた。


「…テスト週間になっちゃいますけど…金曜日とかどうです?」


 明日からテスト週間に入る。うみちゃんの家で勉強する約束をしているが、金曜日は彼女がバイトだ。

 こちらから日にちを提示すると、彼は苦笑いして私と距離を詰め、とんっと壁に手をついて私を見下ろす。


「…口説きにきたってことは、そういうことなんだけど…分かる?」


「…私は話だけしたいんで、そういうことは丁重にお断りします」


「えー…誰でも良いんじゃないの?俺とは遊んでくれないんだ?俺、女の子を悦ばせることは得意なんだけどなぁ。試してみたくない?」


 思った以上にチャラい人だ。自分に惚れている女には手を出さないというポリシーがあるというから、もうちょっと真面目かと思っていた。典型的なチャラ男だ。


「確かに私、誰でも良いんすけど…女しか無理なんすよ」


 それに、実さんとの契約もある。バレなければ大丈夫とは言いたくない。私は彼女に信頼してほしい。それなら誠実であるべきだ。


「あー…そうなのか。残念。流石に君と遊ぶためだけに女になる覚悟はないわ。そういうことなら他当たるね」


 あっさり諦めてくれる彼に苦笑いしてしまう。


「マジで誰でも良いんすね」


「うん。…君もそうなんでしょう?」


「…そうですよ。今、あんたが女だったら良かったのにって思ってる」


「俺も残念だよ。…俺と同じ恋愛観を持つ女の子をようやく見つけたと思ったのになぁ…同性しか無理だなんて…はぁ…」


 ため息を吐きながら、彼は私の肩に頭を沈めた。どさくさに紛れて何してんだこの人。まぁ…別に変なことされているわけではないからいいのだが。


「…デートはどうします?話だけなら応じますけど。私、前からあんたと話してみたいと思ってたんすよ」


「…俺も。君のことずっと気になってた。けど、あんまり近づくと実が妬いちゃうかなぁと思って」


 そうため息をついてから彼は一呼吸置いて「金曜日、空けておくね」と私の耳元で囁き、ブレザーのポケットに何かを滑らせて手を振りながら去っていった。ポケットに入れられていたのはアルファベットの文字列が書かれた一枚の紙。スマホのLINKのアプリを開いてその文字列を打ち込む。一条柚樹という名前の、木の実がなる木の写真がアイコンになっているアカウントを友達登録する。なんだこの木。もしかして、柚樹だから柚子の木なのだろうかと苦笑いしていると、すぐに『登録してくれてありがとう。よろしくね』という文言とよろしくと手を振る犬のスタンプが送られてきた。登録してからメッセージが来るまでのあまりの速さに「公式アカウントかよ」と一人でツッコミを入れてしまう。


「つ、月島ちゃん!大丈夫!?」


 慌てた様子で私の元に駆け寄ってきたのは部活の先輩女子だった。心配の理由がわからずに首を傾げてしまう。


「今一緒に居たの一条柚樹でしょ?セクハラされたりしてない?大丈夫?」


 あぁ、そうか。そういえば彼は周りからは見境なく女性に手を出す女の敵扱いされていたんだった。実際は私と同じで同意を得た人にしか手を出さないポリシーがあるのだが。先輩は噂を鵜呑みにして私が彼に何かされたのではないかと心配してくれているようだ。


「別になんもされてませんよ」


「本当?大丈夫?変なところ触られてない?」


「大丈夫です。変なことされたら投げ飛ばしてます」


「そ、そうだった…君、見かけによらず強いんだった…」


「先輩よりは強いんで、心配無用っす」


「お、おう…。…でも…一条兄と何話してたの?」


 口説かれていた。…なんて正直に話したらまた彼に対する偏見が強まりそうだ。質問には答えずに「彼は先輩の思うほど悪い人ではないですよ」と話を逸らす。


「…本当に大丈夫?」


「大丈夫ですって。教室戻りますね」


 先輩を振り切って教室に戻り、金曜日は用事が出来たことをユリエルに伝える。うみちゃんはバイトだが、代わりにユリエルが勉強を見てくれるという話になっていた。


「何かあるの?」


「先輩と遊んでくる」


「テスト週間なのに大丈夫?」と心配するような目で私を見るユリエル。


「1日くらい良いだろ」


「息抜きは大事だよ。百合香もね」


 うみちゃんがそう言うと彼女はため息を吐きながらも許してくれた。一応、柚樹さんに断って許可を貰ってから実さんにも金曜日の件を報告する。『好きにすれば』と返ってきた。『拗ねてる?』と揶揄うとすぐに既読がついたものの、返事が来ることはなかった。

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