終章:愛なのかもしれない

17話:あの頃の彼もこんな気持ちだったのだろうか

 翌日。電車に乗り、約束の時間に約束の場所へ向かう。電車を降りた頃には約束の時間の30分前。待ち合わせ場所は地上に出て目の前の時計のあたりだが、早く着きすぎてしまった。

 とりあえず階段を駆け上り地上に出る。地上が近づくにつれて、何やら揉める声が聞こえてきた。一人の少女がガラの悪そうな男性三人に囲まれて泣いている。穏やかじゃない雰囲気——いや、よく見たら三人は知り合いだ。


「ウメ、タケ、マツ。どうした?」


「あぁ……?……って、満さん!お、俺らが泣かしたわけじゃないっすよ!道端でわんわんうるせぇからどうしたんだって声かけただけで…」


 三人の中で一番小柄なマツが答える。見た目はヤンキー、中身もヤンキーな三人だが、小さい子供を泣かせるような悪い奴らではないことは知っている。三人ともいかついから子供から泣かれることは多いが。


「子供に声かけるならもうちょっと優しい顔してやれよ。…お嬢ちゃん、お兄さん達は顔は怖いけど悪い人じゃないんだ。私の友達。お嬢ちゃんが泣いてるからどうしたのか心配で声をかけてくれたんだよ」


「…うぅ…」


「どうして泣いてるか教えてくれるか?」


「…うさぎさんが…」


「うさぎ?」


 少女の指差した先には木に引っかかるピンクの風船があった。


「風船が木に引っかかっちゃったのか」


 こくりと少女は頷く。


「あぁ!?んなくだらねぇことでぎゃーぎゃー泣いてんじゃねぇよ!」


 三人の中で一番大柄で威圧感のあるタケが怒鳴る。少女は再び泣き出してしまった。


「お前こそくだらねぇことで怒鳴るんじゃねぇよ馬鹿」


 彼の横腹に軽く蹴りを入れる。


「うぐっ…すみません…」


「怖がらせて悪かったな。お嬢ちゃん」


「タケ、ただでさえ顔怖いんだから…」


 そう苦笑いするウメは三人の中では一番大人しい。が、やはり見た目はヤンキーだ。あと、喧嘩をすると三人の中で一番手がつけられない。怒らせると怖いタイプだ。


「で、誰か風船取りに行けるか?」


「…俺、高いところ無理なんすよ」


「…俺は虫無理なんで」


「情けねぇなぁ。俺が行くわ」


「「絶対枝折れるからやめとけ」」


 ウメは高所恐怖症、マツは虫嫌い、タケは行く気満々だったが、体重的に枝が折れそうだからと二人に止められる。


「…はぁ…分かったよ。私が行く。荷物持ってて。その子怖がらせたりすんなよ」


 三人に荷物を預け、風船がひっかかる木によじ登る。スカートを穿いてこなくてよかった。


「あった」


 枝に引っかかるウサギの形をしたピンクの風船を手に取り、傷つけないように木から飛び降りようとすると地下鉄の駅を出てきた実さんとちょうど目が合った。手を振るがそっぽを向かれてしまった。


「おねえさん…うさぎさんは?」


「あぁ、ちゃんと取ってきたよ。ほら」


 タケ達と一緒に駆け寄ってきた少女と目線を合わせて風船を渡す。紐をぎゅっと握って、少し恥ずかしそうにお礼を呟いた。


「ん。今度はちゃんと持ってろよ。手離したらうさぎさん逃げちゃうから」


「うん」


「あと、おにいさん達にお礼言ったか?」


「うん。…おにいさんたちもうさぎさんたすけようとしてくれたから…」


「そうだよ。ちゃんとありがとう言えて偉いな」


「…えへへ…」


 褒められて嬉しそうに笑い、タケ達の方を見た。彼らは照れ臭そうに顔を逸らす。

 ところで、実さんはどこへ行ったのだろう。振り返って彼女の姿を探すと、物陰から覗く彼女を見つけた。


「実さん!」


 声をかけると引っ込んでしまった。なんなんだ。ヤンキーを三人も連れているから怖くて近づけないのだろうか。


「私行くわ。友達と待ち合わせしてるから」


「俺らこれからパチンコ打ちに行くんすけど、友達も一緒にどうっすか?」


「…いや、私まだ未成年だし。お前らは大学生だから良いかもしれないけど」


 彼らは私に敬語を使っているが、三人とも高校を卒業している。全員同学年で私より三つ上だ。うみちゃんの兄と同い年。


「またな。もう子供泣かせんなよ」


 三人と少女と別れて実さんの元へ小走りで向かう。上品な白いワンピースを着て黒い日傘を差した彼女を見つけた。


「実さん、なんで無視すんの」


「…他人のフリしたくもなります。不良っぽい人引き連れて女の子泣かせてたり、突然街中の木を登りだしたり…」


「女の子の風船取ってあげてたんだよ。見てたなら分かるだろ?」


「…あの不良達はなんですか?舎弟ですか?」


「まぁ、そんな感じです。けどあいつらは女の子泣かせてたわけじゃなくて、泣いてたから事情聞こうとしてただけですよ」


「…貴女、やっぱり不良ね」


 はぁ…とため息を吐く実さん。交友関係で判断しないでほしいと言いたいところだが、否定出来るかというと難しい。


「でも私、校則とか法律に違反するようなことはしてませんよ。制服も着崩さずにちゃんと着てるし、タバコも酒もやってないし。品行方正な人間です」


「…それ、自分で言うものじゃないと思う」


「まぁまぁ。そんなことよりほら、行きましょうよ」


 ぐちぐち言う実さんの手を引いて目的のカラオケボックスへ向かう。


「ご希望の機種はこざいますか?」


「実さんあります?」


「…分からないからお任せするわ」


「じゃあおまかせで」


「かしこまりました。ではお部屋は2階の20番になります。ごゆっくりどうぞ」


 受付でドリンクバーのコップを受け取り階段を上がって部屋へ向かう。


「実さん、ドリンクバーの使い方分かる?」


「…わかります。カラオケくらい来たことありますから」


 カラオケ来たことないだろうなと思っていることは見透かされていたようだ。慣れた手つきでドリンクバーをいじり、お茶をコップに淹れてさっさと部屋に入っていく彼女を追いかける。せっかくのデートだというのになんだか不機嫌だ。かと思えば、部屋に入るなり隣に座れと私に手招きをして、私が隣に座ると膝に頭を乗せてきた。


「…」


「…」


 沈黙が流れる。甘えたいのかと思って頭を撫でようとすると、ペシっと払われた。なんだこの人。猫みたいだ。


「…リモコン取りに行きたいんで一旦退かしますね」


 彼女の頭をそっと退かし、リモコンとマイクを取りに行く。この部屋にはリモコンが二台あるようだ。一台はマイクと共に彼女の側に置く。

 それにしてもよく分からない人だ。私のこと嫌いとか言いながらデートに応じてくれたり、不機嫌そうにしているかと思えば人の膝を枕にして甘えてきたり。

 彼女は何を思って私と距離を詰めてきたのだろうか。何か企みがあるのは確かだと思うが、まだ分からない。ただ、とても歌えるような空気ではない。


「…実さん、私に何か言いたいことある?だから今日誘いに乗ってくれたの?」


「…別に。家にいるよりはマシだと思っただけよ。用事を作って外に出たかった。それだけ」


「…ふぅん…家、嫌い?」


「…そうね。わたしは家族が大嫌い。…貴女は好きそうね」


「そうっすね。好きですよ。弟も両親も、それから犬も」


「…羨ましい。…幸せな家庭に生まれたんでしょうね」


「妬ましくて、壊してやりたくなる」と彼女はボソッと呟いた。私に対する妬みや憎しみの感情がストレートに突き刺さる。やっぱり似ている。あの頃のうみちゃんに。


「…私の家族を壊したって何にもなりませんよ」


 彼女を抱きしめてやる。彼女は驚き、押したり叩いたりして抵抗の意を示すが、力を加えて抑え込むと諦めた。


「なんなんですか…なんなんですか貴女は…なんでわたしに優しくするの…」


「…言ったでしょう。あんたは私の友人に似てるって。死んでしまいたいって泣いていた頃のあの子に。だから放っておけないんすよ」


「わたしはその子ではありません。同情なんて要りませんし、死にたいとまでは思っていません。離してください」


 素直に腕の力を弱める。すると身体を押され、ソファに押し倒された。


「…カメラありますよここ。そんなに我慢出来なかったの?」


「…ムカつく…なんで動じないのよ…」


「昨日、私が迫ったらあんなに怯えてた人が私を襲えるとは思えないんで」


「…馬鹿にして…っ…!」


 顔が近づく。彼女は一瞬だけ躊躇い、私に唇を重ねた。キスをされたって、やっぱり私はドキドキしない。しかし、私の唇を離した彼女の泣きそうな顔を見た瞬間、心がざわついた。その潤んだ瞳に吸い込まれてしまう。


「!」


 身を乗り出し、私から彼女に唇を重ねる。びくりと大きく飛び跳ねた。私の身体を押して抵抗するが、腰を引き寄せ、頭を抱え込む。

 彼女の唇の柔らかさをしばらく堪能してから離してやると、彼女は息を切らしながら私を睨みつけた。


「…実さん、キス下手くそだね」


 そう揶揄ってやると彼女は私の頬を叩いた。


「貴女なんて嫌いよ」


「…知ってますよ」


 私に近づいた理由がなんとなく見えてきた気がした。


「あんたさ、私が傷付く顔が見たいんでしょ。私が嫌いだから」


「…」


「ははっ。嫌いな人間の嫌がる顔見たくて近づくとか、悪趣味ですね」


「…貴女ほどじゃないわ。わたしを揶揄って楽しい?」


「…そうですね。楽しいかも」


「…イカれてるわ」


「どっちがっすか」


「…どっちもよ」


 彼女の瞳から涙が溢れる。ハンカチを差し出すと奪い取り、自身の顔に押しつけた。そして私の肩に頭を押し付ける。


「…貴女はわたしのこと嫌いにならないんですか」


「…めんどくせぇなとは思うけど嫌いではないですね。何度も言うけど、あの頃のあいつに似てるから放っておけない。…それだけです。こうやって甘えられてもドキドキしない。キスされたって、きっと、触れられたって。…あんたに恋人や愛人が出来たって嫉妬しない。むしろ、あんたの心の闇を振り払ってくれる人が現れるなら、それは喜ばしいことです」


「…貴女自身がそうなりたいとは思わないわけね」


「…私がなれますか?あんたの心の闇を振り払える人に」


 彼女は答えず、私の背中に腕を回した。私も彼女の背中に腕を回して抱きしめ返すが、もう抵抗はしなかった。むしろ、すがるようにきつくしがみついてくる。そこには多少の憎しみもこもっているように感じたが、嫌な気はしなかった。

 何故か彼女の心臓の音がうるさいのは、苛立ちで興奮しているせいだろうか。キスで息が上がったせいだろうか。それとも…私に恋をしているからだろうか。


「…貴女なんて大嫌い」


 憎しみのこもった声で彼女は呟く。では、この心音の速さは単に息が上がっているせいだろうか。


「…知ってますって」


「…絶対、貴女の心をぐちゃぐちゃにしてやるから」


「…それは…私を惚れさせたいってこと?」


「そうよ。…わたしに惚れさせて…ぼろぼろになるまでこき使って捨ててやる」


「…それ、私に話しちゃっていいの?」


「…恋には抗えない。誰も。貴女や柚樹だって例外じゃないはずよ」


 セクシャリティは証明できないものが多い。恋愛感情は形のない曖昧なものだから。特にアセクシャルやアロマンティックはまだ運命の相手に出会っていないだけだと言われがちだ。私は何度もそう言われた。きっとこの先も言われ続けるだろう。ほとんど常識となっているはずの同性愛者でさえ、異性を知ったらそっちの方が良くなると言われることがあるらしい。うみちゃんもそう言われてブチ切れていたことがあった。


「えー…私多分アロマンティックなんすけど」


「認めないわ」


「認めないって。…まぁ、良いですよ。せいぜい頑張ってください。の、前にあんたが私に惚れちゃうかもしれないけど」


 彼女がどう頑張ったって、私が彼女個人にドキドキする日が来るとは思えない。彼女の演奏を聴いている時は別として。


「…貴女みたいなクズ、好きになる人いるのかしら」


 鼻で笑う彼女。よっぽど私が嫌いらしい。しかし、離れようとはしない。


「私、結構モテますよ」


「…見た目だけでしょ」


「まぁ、大半は。中身が残念とはよく言われます。でも…性格も好きだって言ってくれたやつもいましたよ」


 彼らの好意を煩わしく思ったことがほとんどだった。見た目だけで好きになった人からの好意は特に。中身まで好きだと言ってくれた人からも、恋人になってほしいと望まれるのは迷惑だった。恋人になれば自分だけを見てほしいと束縛されるから。

 自分以外に優しくするなと言われても無理な話だ。私にとってはうみちゃんも大切な存在だし、望も同じくらい大切な存在だ。きっと、二人と並ぶことはあっても上になる人はいない。

 しかし、私にも愛はあるんじゃないかとユリエルは言っていた。実さんに対する感情はそれじゃないかと。私もそう思う。今彼女を抱きしめていてドキドキはしないけど、愛おしさは感じているから。私は彼女のことが好きなのだろう。


「…ねぇ、貴女はどうして恋を知りたいの?」


「…みんな知ってるのに自分だけ知らないって悔しいじゃないっすか。…今はもう…私はそういう人間なのかもしれないって半分諦めてますけど」


 人によっては私の実さんに対する感情は恋だと結論づける人もいるかもしれないが、ドキドキしない恋は恋と呼べるのだろうか。


「…あんたが、私の心を震わせてくれる人なのかなってちょっと期待したんすよ。でもね…」


 彼女の頭を自分の胸に移動させる。


「…ドキドキしてないでしょ?」


 彼女は答えない。離すと、彼女の顔は真っ赤になっていた。見ないでと顔を逸らしながら手で隠す。ドキドキはしないが、ちょっとムラッとした。彼女の胸に耳を寄せ、心音を確認する。


「…ふぅん」


 彼女の心音はかなり速い。


「な、何よ…あんな大胆なことされたら誰だってドキッとするでしょう…」


「私はしないっすけどねー」


「あ、貴女がおかしいのよ…貴女には人の心が…」


 "人の心が無い"。そういいかけたのだろう。私がその言葉で傷付くことは知っているくせに。私をズタズタに傷つけたいと言うくせに。


「…っ…」


「…傷つけたいんじゃなかったの?」


 彼女は答えない。しばらくして小さく「ごめんなさい」と謝った。そして泣き出してしまう。


「気に入らない…気に入らないわ恋なんて…貴女なんて大嫌い…大嫌いなのに…なんで…こんなに…私はもう二度と女性に恋なんてしたくないのに…普通になりたいのに…!なんで…なんで貴女なのよ…!」


『貴女なんて嫌い』と、彼女は私をぽこぽこと叩きながら、泣きながら繰り返す。だけど、私から離れようとはしない。『私は貴女に対してドキドキはしない。だけど愛してる』なんて、いまの彼女には伝えるべきではない気がした。何も言わずに抱きしめたまま、彼女の吐き出す感情を受け止める。激しい悲しみも、私に対する理不尽な憎しみも。




 結局、一曲も歌わないまま時間が過ぎた。泣き噦る彼女を抱いたまま内線に出て「残り時間10分です」というコールに返事をする。


「…一曲くらい歌います?」


 腕の中の彼女はふるふると首を横に振る。そして「帰りたくない」と震える声で小さく呟いた。


「…うち来ます?」


「…嫌よ。何されるか分からないもの」


「そういうつもりは一切ないけど、あんたが望むならしてあげても良いよ」


「…そういうところが嫌いだって言ってるのよ。このビッチ」


「うわ、お嬢様なのにそんな汚い言葉知ってるんだ。お嬢様なのに」


「…見た目だけは可愛いのに、性根が腐ってる貴女に言われたくないわ」


 性根が腐ってる…。性格が悪いということだろうか。


「実さんだって性格悪いじゃん。この間のコンサート、わざと音外してたらしいし」


「…あら、貴女耳がいいのね」


「いや、私は気づかなかったけど空美さんと柚樹さんがそう言ってました」


「あぁ…そう。貴女みたいな凡人が気付くわけないわよね」


「実さんの演奏が上手いってことくらいは分かりましたよ。でも、コンクールの時の実さんの演奏では私の心は震えませんでした。…その辺の違いはわかります」


「…あのコンクールは出来レースだもの。うちが主催だから。どれだけ下手に弾こうが、わたしは忖度される。…真面目に弾いてやる意味なんてないのよ」


 なるほど。だから音をわざと外したのか。しかし、それでも彼女は金賞を取った。一人しか受賞できない最高の賞だ。あれは忖度だったというのだろうか。


「…でも私は実さんの演奏が一番良かったよ」


「…どうせ寝ていて他の人の演奏なんて聴いてなかったんでしょう」


「…聴いてましたよ。最初の2〜3人目くらいまでは」


「…10人居たのだけど」


「実さんの演奏はちゃんと聴いたよ。弾き始めから最後まで。音を外したところは気づかなかったけど」


「…素人の耳じゃ気付かないわ。柚樹と空美は絶対音感があるから気付くと思ったけど。あと、静もなんとなく気付いたんじゃないかしら」


 確かに静さんも『今日はギリギリを攻めてますね』と呟いていた。


「…クロッカスの人ってもしかして全員絶対音感持ち?」


「静ときらら以外はそうね」


「マジか…」


 今まで私の周りで絶対音感を持つのは空美さんだけだったが意外と居るものだ。

 などと他愛もない話をしていると、カラオケのテレビの電源がぷつりと消えた。時間が来てしまったようだ。


「…私、ちょっと本屋寄りますけど一緒にどうです?」


「…仕方ないからもう少し付き合ってあげる」


「とかなんとか言って、私と一緒に居たいんでしょ」


「…死ねば良いのに」


「あと7、80年くらい待ってくれたら死にますよ。


「…何言っても傷付かないわね。ほんとに」


 私が傷付く言葉を彼女はもう知ってるはずだ。それを使わないということは、本気で傷つけたいわけではないと私は解釈する。


「…ねぇ、貴女、寂しさを紛らわせる相手が欲しかったって言ってたわよね」


「ん?何?あんたがなってくれんの?」


「…わたし以外の人とそういうことしないって約束してくれるなら」


 冗談のつもりだったが、そんな返事が来るとは思わなかった。


「…それ、実質告白じゃね?」


「相手してあげるのはわたしがしたい時だけよ。貴女からの誘いには応じないし、わたしが貴女以外の人とそういうことしても文句は言わせないわ」


「はぁー…なるほど。ヤリたいときだけヤラせろと。やっぱりあんたの方がよっぽどクズじゃん」


「…断るなら貴女とはもう口聞かない」


「酷い脅しだなぁ」


 私は誰かの物にはなりたくはないと思っていた。束縛されるのは面倒だと。だけど…


「…肉体関係を持たなければ、二人きりで遊びに行くのはセーフ?」


「それは好きにすれば良い」


「…ふうん。なら良いかな。別に私、相手は誰でも良いし」


 そう。私は別に不特定多数の人と関係を持ちたいわけではない。一人いれば十分なのだ。だから、実さんじゃなくても良いけど実さんがいれば別に他の"遊び相手"は必要ない。


「…で?今のは冗談ですか?本気ですか?本気にしちゃいますよ私」


「…すれば良いわ。どうせわたしが貴女とそういうことしたくなることなんてないもの」


「ふぅん…なるほど。…じゃあ」


 隣を歩く彼女の腰を抱き寄せ、耳元で囁く。


「私がその気にさせれば良いってことっすね?」


 すると彼女は私を突き飛ばし、真っ赤な顔で私を睨んだ。


「ははっ。冗談にするなら今ですよ。実さん」


「…冗談じゃないわ。本気よ」


「あぁそう?じゃあ私も本気にしますね。契約成立です」


「…貴女にメリットは何もないのに」


「デメリットも無いっすよ。セックスしなくても死ぬわけじゃないし。実さんこそ、私のこと嫌いなんでしょ?」


「嫌いよ。…大嫌いよ。貴女の苦しむ顔が見たい」


「ふぅん。そのために繋ぎ止めておきたいと。悪趣味〜」


「…絶対落としてやる。貴女の心を掻き乱して、ぼろぼろにしてやる。貴女に恋の苦しみを味合わせてあげる」


 その前に私は彼女がぼろぼろにならないか心配だ。だけど、今私が側を離れてしまえばきっと、彼女の心の闇は晴れないまま。晴らしてやりたい。


「…期待してますよ。実さん」


 今はただ、彼女の側に居られるならどんな関係でも良い。例え理不尽な憎しみをぶつけられようとも、いつか貴女の心の闇を晴らせるなら、今は喜んで八つ当たりに付き合おう。

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