第9話
「まっ、待ってくれ!」
「嫌ですよ、この後大切な魔術の講義があるので遅れられません」
更に呼び止めようとする声を無視して、俺は全速力で走り出した。
こそっと身体を強化する魔術と風の魔術を使ったので早々追い付くことは出来ないだろう。
というか追い付かれたら怖い。
後方を何度も確認し、撒ききったことがわかると安堵し息を吐く。
あの騎士、馬鹿みたいに体力ある設定抱えてたから本当は追いかけっこは最適解じゃないんだよなぁ。
苦肉の策というやつだ。
頭の中をライアンから講義のほうへと切り替える。
今日の魔術の授業は、単なる授業ではなく講義だ。
なんでも、魔術講師を呼んでいるとかなんとか。
特別に呼ばれる魔術講師は攻略対象の可能性がなくもないが、あの人が出てくるのは隠しルートだし、早くても物語中盤からしか出てこないので多分大丈夫だろう。
講義のある教室に着くなり隅の方の席を取り、腰を下ろす。
先に座っていた女子や、今来たばかりの女子からの視線が痛いくらいに刺さるが本を読んでやり過ごせば問題ない。
暫くして騒がしかった教室が静かになったことに気付き、本を閉じて顔を上げるとそこには顔も手もしわしわの穏和そうなおじいちゃんが自分よりも高さのある杖を持って立っていた。
「....リフ先生?」
俺は目を見開いた。
リフ先生とは最近俺の影響を受けたシトレイシアが愛読書として毎日のように読んでいる魔術の指南書の著者だ。
学園の卒業生で有名になった人の絵画が飾られる廊下にこのおじいちゃんの絵とユクシオル・リフと書かれた札があったのを覚えている。
要約するとこのおじいちゃんはすげぇ人で、俺とシトレイシアはおじいちゃんのファンだ。
うわー、生のリフ先生!動いとる!!!
"まさか会えるとは思ってもいませんでしたわ!"
と、心の中ではしゃぎまくっている俺たちを尻目にリフ先生はさっそくとばかりに講義の準備に取りかかっている。
「....おや、今年度の若者は中々良いのがおるのぅ」
ふと気付いたかのように準備をする手を止めて俺の方を見るリフ先生。
多分俺だよな?と思いつつ平静を装って軽く会釈した。
「おぬし、ちょっと手伝ってはくれぬか。ここの器材はどれも重くてじじいにはたまらんわい」
「わかりました、準備するものを言ってもらえればお手伝い致します」
まだまだ現役だというのにわざとらしく腰をさすって年寄りぶるリフ先生は、さしずめ俺....というよりもシトレイシアの持つ魔力を近くで視るために呼んだのだろう。
魔術に長けた者は他人の持つ魔力をだいたいだが視認したり大まかな魔力量を量ったり出来る。
勿論リフ先生も出来るわけで、準備中は何となくだが視線を感じた。
「....リフ先生、終わりましたよ」
「おお、すまんのう。助かった助かった、」
準備も魔力の確認もできて満足そうなリフ先生はにこやかに"つまらんものじゃがお礼にもらっとくれ"と俺の手に何かを握らせる。
掌の中にあったのは小さな指輪だった。
銀製っぽい台座にはめられている小振りな魔石には小ささに反比例するかのような魔方陣が敷き詰められている。
「ありがとうございます」
一応笑顔で例を言って席に戻ったが、貰った指輪の詳細が気になって仕方ないのと、つい先程から魔力が消費されていく感覚が気になって上手く意識が切り替わらない。
なんなんだ?この指輪。
"あら........ハヤト様。私達、リフ先生に試されていますわ"
試されるもなにも魔力はさっき確認してただろ?
"魔力の具体的な保有量が知りたかったのでしょう、この指輪、魔力を吸っていますわ。痛くも痒くもありませんけど、並の生徒なら一時間もしない内に魔力枯渇で倒れてしまいます"
この世界の魔術師は物好きや変人が多いとシトレイシアから聞いてはいたが、まさかまさかのリフ先生もそっち側の人間なのだろうか。
普通の、というより常識のある魔術師は初対面の人間にこんな指輪は渡さない。
魔力量が多くて助かったなぁ、とシトレイシアと気の抜けた会話をしつつ、やっと始まったリフ先生の講義を終始困り顔で聞き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます